第9話『コスプレ-後編-』

 会場の中に入ると、サークル参加の人、一般参加の人、僕らのようにコスプレ参加の人、運営スタッフの方。様々な人がいるけど、みんな楽しみながらイベントに参加しているのが分かる。


「これが同人誌即売会なんだね! レイ君!」

「楽しそうな感じが伝わってくるね、琴葉」

「そうだよね! あと、こういうところに初めて来たからか、新しい世界を見ているような気がするよ」

「確かに、それは言えているかもしれないね。僕もこういうイベントに参加するのは初めてだし、女性キャラクターにコスプレしているからな……」


 小さい頃、琴葉や姉さんなどの服を着せられたことはあるけど、ゴシックドレスを着るのは昨日が初めてだから尚更。


「草原先生オンリーだけれど、色々な作品の同人誌を売っているんだね、玲人君」

「そうですね。草原先生はデビューしてからたくさんの作品を発表していますからね。それぞれの作品にファンも多くいるのでしょう」


 さすがは、女性のライトノベル作家の中では最も人気と評されるだけはある。

 パンフレットによると、頒布する同人誌の作品によって、サークルのスペースが振り分けられているようだ。その中でも、代表作である『ゴシック百合花に私達は溺れる』と『未必の恋』の同人誌を頒布するサークルさんが特に多い。


「ねえねえ、玲人君。あそこのサークルさんのポスター、とてもセクシーなアリシアちゃんが描かれているよ。すっごく可愛いね」

「ええ。可愛らしいですが『For Adult』って文字も見えますので、成人向けの同人誌を扱うサークルさんじゃないでしょうか。絶対に買っちゃダメですよ。あと、自分が読みたいからといって姉さんに買わせるのもNGです。何かあったとき、販売したサークルさんにも多大な迷惑がかかりますし」


 その姉さんも見た目が子供っぽいので、販売してくれるかどうかは微妙だけど。高校の制服にコスプレしているし。


「そうだね。成人向けは成人になったときのお楽しみにしておくよ。今は頭の中で妄想するか、玲人君と……えへへっ」


 そんな厭らしい笑いは、クレアの清楚でお淑やかなイメージからかけ離れている。


「みんな、あそこがコスプレスペースだよ。このイベントでは会場内なら、許可さえ取れば写真を撮ってもいいことになっているんだ。その専用スペースがコスプレスペースなの。あとはコスプレした人との交流の場でもあるんだよ」

「そうなんですね。あそこには特にコスプレした人やカメラを持った人が多くいますね」


 アリシアにコスプレしている人はいるけれど、いずれも女性によるコスプレであり、男性は1人もいないな。沙奈会長達がコスプレしているキャラクターにコスプレする人もそれぞれいる。さすがは代表作のキャラクターだ。

 コスプレスペースに辿り着くと、コスプレしている方もそうでない方も僕らの方を注目してくる。


「凄くクオリティの高いコスプレイヤー集団が来たぞ」

「アリシア様がとても綺麗でかっこいい! 中の人は女性かな? でも、背がかなり高いから男性かも……」

「クレアが原作よりもかなりスタイルがいいけど、これはこれでいい……」

「『未必の恋』のヒロイン3人組もかわいい!」


 どうやら、僕らのコスプレはかなり好評なようだ。あと、コスプレをする人のことをコスプレイヤーって言うのかな。


「あの、すみません!」


 琴葉や真奈ちゃん達に黒髪の女性が声をかけてきた。コスプレはしていないけれど、デジカメを持っているな。


「あたし、『未必の恋』のメインキャラクター3人が大好きで! みなさんとっても可愛らしいですね! あと、寄り添っている3人のお姿の写真を撮りたいのですが……」

「おっ、いいじゃん。やってみようよ」

「そうだね、麻実ちゃん。コスプレしているキャラクター的に、麻実ちゃんと真奈ちゃんがあたしに寄り添うってことになるのかな?」

「そうですね。では、麻実さんとあたしで琴葉さんのことを抱きしめましょう」


 まるで作品の世界観を表現するように、真奈ちゃんと姉さんが琴葉のことを抱きしめて、顔を寄り添わせる。


「いいですね! 最高です! では、撮りまーす!」


 女性は、3人がピースサインをしたところを写真撮影する。


「最高の写真が撮れました! ありがとうございました!」

「はーい、ありがとうございました」


 さすがは真奈ちゃん。写真を撮影できたことで興奮している女性に対して、落ち着いて対応している。


「僕らも写真撮影を頼まれたら、今みたいに対応すればいいんですね、副会長さん」

「そうだね。今くらいの要望ならその通りに応えてもいいけれど、過激な要求だなって思ったら遠慮なく断っていいからね。コスプレする私達だって人間なんだし。もちろん、断るときにはやんわりとね」

「そうですね。心がけます」


 当たり前の話だけれど、コスプレしている人もそうでない人も、みんなイベントに参加している人間なんだよな。どうしてもダメなときはダメだと伝えるのも重要だよね。


「あ、あの! すみません!」

「はい」


 声をかけられたので、声の主の方に顔を向けると、目の前には茶髪の女性が。


「アリシアちゃんのコスプレ、とても美しいですね! 写真を撮ってもいいですか?」

「いいですよ」


 僕は女性の要望でピースサインやウィンクなどのポーズをして撮影に応じる。最初は恥ずかしいけれど、喜んでくれる様子を見るとこちらまで楽しくなってくる。


「ありがとうございます! あと、もう一つお願いがあるのですが……」

「はい、なんでしょう」

「私、アリシアとクレアのカップリングが物凄く好きで! お二人が腕を絡ませて会場に入ってきた姿を見ましたし、もし大丈夫であれば、お二人がキスしている姿を撮影したいのですが! ネットにはアップしませんので!」

「そ、そうですね……」


 クレアにコスプレしているのは沙奈会長だから、キスしても大丈夫だけど、公然の場でキスするのはさすがに恥ずかしい。ネットにアップしないとは言っているけど、どうすべきか。

 沙奈会長とキスするかどうかなので沙奈会長の方を見てみると、彼女はとってもやる気に満ちた表情で僕の方を見ていた。


「玲人君。要望があるんだからそれに応えてもいいんじゃないかな。ねえねえ、アリシアちゃん、私とキスしちゃおうぜぇ」

「クレアのキャラがダダ崩れじゃないですか。まあ、沙奈会長がそう言うのであれば、彼女の要望に応えましょうか。僕は恥ずかしいですけど」

「うん、そうだね。……いいですよ、こちらのアリシアにコスプレしている彼と私は、リアルに恋人として付き合っていますから。ただし、ネットにアップするのは絶対にダメですからね」

「ありがとうございます!」

「……さあ、アリシア様。私に愛情たっぷりのキスしていただけますか?」

「分かったよ、クレア」


 いざというときはクレアになりきるんだから。本当に凄い人だ、沙奈会長は。

 僕は沙奈会長のことを抱き寄せてキスを交わす。その瞬間、


『お~』


 という多くの方の歓声が上がり、明らかに複数台のカメラによるシャッター音が聞こえてくる。アニメ最終話を再現しているようにも見えるこのキスは、多くの人が求めていると思えばいいか。

 唇を離すとそこには顔を真っ赤にする沙奈会長の姿がいて。それが分かった瞬間、周りから歓声と拍手が。


「みなさま、後でこの出来事をSNSで呟くのはかまいませんが、写真をアップすることだけはご遠慮ください。これは次期王女のアリシアお嬢様とクレア様からのご命令です。どうか宜しくお願いいたします」

『はーい!』


 コスプレしたメイドのエトーレ風に注意を促すという副会長さんの粋な演出により、コスプレスペースは大盛り上がり。沙奈会長も笑顔で拍手を送っている。


「さすがは樹里。場慣れしているね」

「そんな感じがしましたよね。ありがとうございます、副会長さん」

「いえいえ。それに、少なくとも、私はこのイベント会場の中ではアリシア様に仕えるメイド・エトーレですから」


 ふふっ、と副会長さんは落ち着いた笑みを見せてくれる。何だか今まで以上に頼りになる人だなと思った。


「あの、すみません。アンナとアリシアの組み合わせが好きなので、2人が寄り添っている写真を撮りたいのですが!」


 眼鏡の男性からそんな要望が来たので、沙奈会長のことをちらっと見ると、会長は笑顔で頷いた。


「分かりました。どんな感じに寄り添うといいですか?」

「さっきのクレアのときのような感じで、アリシアがアンナのことを抱き寄せる形で……」

「了解です。……アンナ、ちょっとこっちに来なさい」

「はい、アリシア様」


 有村さんのことを抱き寄せたところで男性に写真を撮ってもらう。ただ、彼の横では沙奈会長と副会長さんもちゃっかりと写真を撮っている。


「ありがとうございました」

「いえいえ」


 どうやら、満足のいく写真を撮ることができたようだ。


「みなさん、楽しんでいますね」

「あっ、アリスちゃん」

「琴葉から今日のことを聞いていましたので、向こうでの用事を済ませてここにやってきました。琴葉達のコスプレも見たかったですし。琴葉の制服姿はとても可愛いですね。この会場にいる方の中で一番可愛いですよ」

「そういう風に言われると照れちゃうよ。でも、嬉しいな」


 すると、琴葉はアリスさんと抱きしめ合う。

 気付けば、コスプレスペースにはいつものワンピースを着たアリスさんがいた。アリスさんにとっては普段着だけど、ここにいても全く違和感がないな。もしかして、今日は最寄り駅まで一緒に来たりしたのかな。


「琴葉ちゃん、この銀髪の女の子は知り合いなの?」

「ええ。アリス・ユメミールちゃんといいます。ええと、遠い国に住んでいる方で、小さい頃に知り合ったんです」

「そうなんだ。初めまして、有村咲希といいます」

「初めまして、アリス・ユメミールと申します。よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いします。それにしても、とても綺麗なゴシックワンピースですね。ただ、こういった服を着たキャラクターが草原先生の作品にいたかどうか……」

「ふふっ、この服は私服です。あたしの生まれた国では、お出かけのときはこういう感じの服を着る人が多くて。ただ、『ゴシック百合花に私達は溺れる』という作品の世界観には合っていそうですね」

「確かに違和感はなさそうですね」


 アリスさんの存在感が凄くて、僕らを含めてコスプレをしている人達が霞んでいる気がする。アリスさんは異世界で魔法学校に通っている本物の魔女だもんな。あと、アリスさんは草原先生の作品を知っているのか。

 その後も、多くの方の要望に応えながら写真を撮ったり、他のコスプレをしている方と交流したり、同人誌を何冊か買ったり。個人的にも満足だけど、沙奈会長達もとても楽しんでいそうで良かった。

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