第3話『至上奉仕』
夕ご飯を食べ終わり、僕は沙奈会長と一緒に彼女の部屋に戻った。
「夕ご飯、どうだった?」
「締めのうどんまで、とても美味しかったです」
たくさん食べてお腹いっぱいだから、部屋でゆっくりと過ごしたいものだ。その後に沙奈会長と色々とできればいいなと思っている。
沙奈会長はほっと胸を撫で下ろして、優しい笑みを浮かべる。
「……良かった。あと、ごめんね。真奈とお母さんが騒がしくて。お父さんがいたから良かったものの。2人とも、玲人君が泊まりに来るって言ったら、初めてだからかテンションが上がっちゃって。もちろん、私もテンション上がっていたけど……」
「そこのところについては全然気にしていないですよ。沙奈会長と恋人であることを受け入れられていると分かってむしろ嬉しいくらいです。一番気になったのは、3人がメイド服を着ていたことですかね」
「玲人君が初めて泊まりに来るから、『歓迎とおもてなしの意を込めてメイド服を着よう!』って真奈とお母さんが言って。メイド服は夏用と冬用、それぞれ2着ずつあるから」
「そ、そうなんですね」
4着あるならみんなで着てみようって話にもなるか。真奈ちゃんは似合うだろうと思っていたけど、智子さんが娘達に負けないくらいに可愛らしかったことには驚いた。
「今、真奈やお母さんのメイド服姿を思い浮かべていたでしょ」
「3人でメイド服を着たって話をしたら、その姿を思い浮かばない方がおかしいでしょう。みんな似合っていましたけど、沙奈会長が一番可愛いと思いましたよ」
「……ほんと?」
「本当ですよ」
「じゃあ、その証拠にキスして」
「……もちろん。まったく、わがままなメイドさんですね」
僕はメイド服姿の沙奈会長のことを抱きしめて、そっとキスを交わす。こうしていると、もちろんドキドキするけど安心感もあって。それが『好き』という気持ちなのかもしれないと思った。
唇を離すと、ほんのりと頬を赤く染めながらも、嬉しそうな笑みを浮かべる沙奈会長がいて。
「……やっぱり、こうしていると凄く幸せな気分になれるよ」
「そうですか」
「でも、メイド服を着ているからかちょっと厭らしさも感じた。露出度高めの夏用のメイド服だからなのかな」
「メイド服姿の沙奈会長は初めてですから、特別な感じがしますね」
とは言ってみたけど、沙奈会長が「厭らしい」と言った途端、僕もそんな気がしてきた。恋人にコスプレしてもらって、色々なプレイをさせているみたいで。
「そうだ。玲人君が初めて私の家に泊まりに来てくれたんだし、私もメイド服を着ているわけだから、玲人君にたっぷりとご奉仕したい! 玲人君、沙奈メイドに何かしてほしいことってあるかな? 私にできることなら何でもするよ!」
「そうですか。ええと、何にしようかな……」
気持ちは嬉しいけれど、何でもいいからしてほしいことはあるか、っていきなり言われるとなかなか思い浮ばないな。
「どうしたの? 迷ってる? それとも、何も思い浮かばない?」
「なかなか思い浮ばないですね。したいことがあれば何でも、って突然言われると思いつかなくて」
「……そっか。てっきり、メイド服姿のまま愛情を確かめ合いたいけれど、そんなことを言ったら私に厭らしくてマニアックな人に思われるのが嫌で言う気になれないな……とか考えているんだと思ってた」
「そういうことをさらりと言える会長の方が厭らしい感じはしますけどね。……そうだ、メイド服姿の沙奈会長の写真を撮ってもいいですか? さっきは、真奈ちゃんや智子さんとのスリーショットの写真しか撮っていなかったので」
「うん、もちろんいいよ。おねだりしてくれるなんて嬉しい。きっと、玲人君はメイド服姿の私の写真を見ながら……えへへっ」
沙奈会長、ゲスな笑みを浮かべている。何を考えているのかだいたいの予想はついたけど、僕は何かいかがわしいことをするための写真を撮るつもりはない。
「色々な沙奈会長の姿をいつでも見たいんですよ、僕は。そうすれば、きっと幸せな気持ちになれると思いますから。だから、メイド服姿の沙奈会長の写真を撮らせてください」
僕がそう言うと、沙奈会長は顔を真っ赤にして恥ずかしそうな様子を見せる。
「……てっきり、変なこと言うなって怒られると思ったのに、素敵な笑顔でそんなことを言われると凄くキュンとする。……いいよ。たくさん撮って!」
「ありがとうございます。じゃあ、さっそく……」
僕はスマートフォンでメイド服姿の沙奈会長の写真をたくさん撮った。ピースやウィンクはもちろんのこと、ベッドの上で仰向けになっている姿や、ネコのカチューシャを付けた姿。様々な沙奈メイドの可愛らしいを写真に収めた。
「このくらいで十分ですかね。ありがとうございます、会長」
「いえいえ。まさか、玲人君が色々と注文をしてくるとは思わなかったよ」
「沙奈会長がとても可愛らしいので」
メイド服姿でポーズを可愛らしく決めてくれる会長を見ていたら、こういうポーズをしたらどうなるのかなって次々と浮かんできたのだ。いい写真をたくさん撮ることができたな。
「……なるほど。玲人君はメイド服姿が好みってことか。とてもいいことを知った。さっ、他にもしたいことがあったら遠慮なく言って」
「じゃあ、僕らがコスプレする作品である『ゴシック百合花に私達は溺れる』を一緒に観ましょうか。録画したBlu-rayを持ってきたので」
「あら、いいじゃない。私も前に樹里先輩と一緒に全話観たよ」
「そうなんですね」
生徒会室での様子からしてそんな気はしていた。あと、副会長さんはみんなのコスプレの衣装を作るほどだし、アニメは何度も観ていそうな気がする。
「大まかな内容は覚えているんですけど、例えばコスプレするキャラクターの印象的なセリフなんて言えたら面白いかなって」
「よりそのキャラクターになりきれる感じはするね。ふふっ、何だかんだ玲人君もコスプレしようとやる気になっているじゃない」
「まあ……やるんだったらしっかりやりたいというか。Blu-rayを観て、僕らがコスプレするキャラクター達のことを復習したいなと」
「ふふっ、真面目だね。でも、アニメを観たらより楽しくコスプレできそうかな」
「そうですね。全部観るとさすがに時間がかかりますから、沙奈会長が観たい話を観ましょうか」
「それなら、クレアちゃんとアリシアちゃんが結ばれる最終話が観たい! 凄くキュンとなったし、玲人君と2人でコスプレするからとても参考になると思うし」
「分かりました。じゃあ、最終話を観ましょうか」
僕と沙奈会長は『ゴシック百合花に私達は揺れる』のTVアニメ最終話を一緒に観る。最終話はクレアとアリシアがお互いに想いを伝え合い、見事に恋人として結ばれる感動的な内容だ。
ただ、結ばれた後、互いの愛情を確かめ合うために、キスなどのイチャイチャしたシーンもあるので、その部分ではさすがに沙奈会長のことを意識してしまい、彼女の方を見ると目が合ってしまった。その瞬間に、彼女が僕の腕を強く抱きしめる。
「最終話は何度観ても感動してドキドキするね。玲人君」
「そうですね。恋人になった後のシーンは、沙奈会長と一緒に観ているせいかやけにドキドキしました」
「……ああいうこと、私達も何度もやっているもんね」
「……そうですね」
沙奈会長がクレアにコスプレするので、時々、クレアのところに沙奈会長を当てはめて観てしまうこともあって。
「アリシアに玲人君を重ねて観ていたよ。特に告白のシーンとか」
「そうですか。かっこよかったですよね、そのときのアリシア。だいたいですけど、セリフは覚えていますので練習を兼ねて言ってみますね」
僕は右手を沙奈会長の頬に添え、彼女のことを見つめて、
「クレア。私は君のことが好き。これからも身分の違いで辛い想いをしてしまうかもしれない。でも、愛し合うことに身分は関係ないと信じている。それはクレアが教えてくれたことだよ。クレア、私の側にずっといてほしい。……みたいな感じですかね」
「……そんな感じだったと思うよ。というか、今の玲人君……凄くかっこよくて、キュンキュンしちゃって……」
「さ、沙奈会長!」
沙奈会長は顔に今日一番の赤みを帯びて、僕の方に倒れ込んできたのだ。とても体が熱いな。アリシアの告白シーンの再現で、興奮しすぎてのぼせてしまったのかもしれない。そんな会長のことをベッドに寝かせる。
「ごめんね、玲人君。本当は私の方が玲人君に色々としなきゃいけないのに……」
「そのお気持ちだけで十分嬉しいですよ。それに、沙奈会長とこうして2人でゆっくりと過ごしていて幸せですから」
「……ありがとう。何だかこうしていると、初めて玲人君が来てくれたあの日のことを思い出すな。あのときはミッションのことがあったけれどね」
「……そうでしたね」
口づけをするというミッションだったか。あのときのキスが初めてだったのでよく覚えている。それが20日ほど前の出来事であることが信じられない。もっと昔のことのように思える。
「ねえ、玲人君。気分が落ち着くまで、手を握ってもらってもいいかな」
「いいですよ」
「……玲人君さえ良ければ、胸とかも握ってもいいけれど」
「そんなことをしたら、沙奈会長の興奮が収まらないでしょう。……僕が手をしっかりと握っていますから、会長はどうか楽にしていてください」
「……うん」
僕は沙奈会長の手をしっかりと握る。彼女の手からとても強い温もりを感じるのであった。
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