第2話『トリプルメイド』

 僕は一旦家に帰り、家族に沙奈会長の家に泊まることを伝えた。父さんは粗相がないようにと言ったけど、母さんは嬉しそうな表情で頑張りなさいと言ってきた。何を頑張るのかは何となく想像できたので訊かないでおいた。

 また、姉さんが大学から帰ってきていたので、明日、副会長さんの家に一緒に行くとき、お昼に月野駅の改札前で待ち合わせすることに決めた。

 私服に着替え、荷物を纏めて僕は沙奈会長の家に向かい始める。

 陽が沈んだ後だからか結構涼しく、風が肌寒く思えるほどで。これなら、沙奈会長と一緒に気持ち良く入浴したり、眠ったりすることができそうだ。



 午後7時過ぎ。

 僕は沙奈会長の家に到着した。彼女の家に泊まるのは初めてなので緊張してくる。沙奈会長も、初めて僕の家に泊まりに来たときはこういう気持ちを抱いたのだろうか。

 ――ピーンポーン。

 意を決しインターホンを押す。

 そういえば、こうやって1人で来るのは、アリスさんにミッションのことを教えられ、沙奈会長に初めてキスするために来たとき以来か。


『あっ、玲人君。待っていたよ。すぐに行くね』

「はい」


 沙奈会長の声を聞いた瞬間に緊張がほどけた。これが恋人の持つパワーなのかな。

 家の中から足音が聞こえ、中から玄関がゆっくりと開く。


「おかえりなさいませ! ご主人様!」

「……えっ?」


 僕を出迎えてくれたのはメイド服姿の沙奈会長と真奈ちゃんだった。ちなみに、沙奈会長は半袖で膝よりも短いくらいのスマートの露出度高めのメイド服を、真奈ちゃんの方は長袖でロングスカートのメイド服を着ている。

 僕は夢でも見ているのだろうか。それとも、ここに向かっている途中、気付かぬ間に異世界へと転移してしまったのだろうか。そんなことを考えるくらいに、目の前の光景が非現実に思えて。


「どうしたの、玲人君」

「もしかしたら、あたし達のメイド服姿に驚いて失神しちゃったかもしれないよ」

「それは大変! さっそく人工呼吸をしないと……」

「いやいや、ちゃんと意識はありますって。ただ……メイド服を着た如月姉妹が僕のことを出迎えるとは思わなかったので。驚きましたし、何があったんだろうって。もちろん、2人ともとても可愛くて似合っていますけど」

「ありがとう、玲人君。私と真奈の着ているメイド服は、元々、咲希先輩の高校の友達が着ていたもので。ただ、その方……胸が大きくなり過ぎて、キツくなっちゃったから着られなくなったんだって。だから、咲希先輩を通じて私にプレゼントしてくれたの。胸のサイズ的にも私にちょうどいいそうだから。ちなみに、私が着ているのが夏用で、真奈が着ているのが冬用なの」

「そ、そうなんですね」


 沙奈会長も胸は結構大きいけど、それ以上の胸の持ち主がいるとは。メイド服をくれた方もコスプレ好きなのかな。夏用と冬用のメイド服を持っているくらいだし。


「今日は玲人君が初めて泊まりに来るから、精一杯のおもてなしをしたいと思って形から入ってみることにしたのです!」

「お姉ちゃんのその考えに賛同してあたしも着てみました! お母さんも着ているんですよ、玲人さん」

「そ、そうなんだね、真奈ちゃん。そのお気持ちは嬉しいですし、形から入るのもいいんじゃないでしょうか」


 智子さんまでメイド服を着ているなんて。まるで、僕が泊まりに来るのが如月家にとって一大イベントになっているように思える。


「あら、逢坂さん。いらっしゃい」


 奥から、真奈ちゃんと同じメイド服を着た智子さんが現れた。高校生と中学生の子供を持つ方だとは思えないくらいに若々しい。


「お邪魔します。今夜はお世話になります。メイド服姿、とても似合っていますよ」

「ふふっ、ありがとう。沙奈と真奈が着ているのを見たら私も着てみたくなっちゃって」

「そうなんですね。こうしていると3姉妹みたいですね」

「あらあら、嬉しいことを言ってくれるのね。お礼に私達の写真を撮ってもいいですよ、ご主人様」

「……じゃあ、記念に1枚」


 僕はスマートフォンでメイド服姿の沙奈会長、真奈ちゃん、智子さんのスリーショット写真を撮った。その写真を見ると、本当に親子よりも姉妹と言った方がしっくりくる。


「さあ、玲人君。夕飯の仕度もできているし、さっそく上がって」

「はい。お邪魔します」


 僕は沙奈会長の家にお邪魔することに。

 荷物を沙奈会長の部屋に置いて、僕はリビングへと向かう。

 すると、そこにはお仕事から帰ってきたのか、ワイシャツ姿の哲也さんがいた。哲也さんは僕のことを見るとほっと胸を撫で下ろしていた。そうなるのはもしかして、如月家の女性がみんなメイド服姿だからなのかな。


「逢坂君、こんばんは」

「こんばんは。今日はお世話になります」

「いえいえ、こちらこそ。沙奈の恋人だから、とても嬉しく思うよ。あと、君を歓迎したいということで、うちの女性達がメイド服姿になって。驚いてしまったのなら申し訳ないです」

「そんなことないですよ。その……シュールな光景だとは思いますが、3人とも似合っているのでいいかと」

「……逢坂君がそう言ってくれて良かった」


 哲也さんはほっと胸を撫で下ろす。メイド服姿で僕のことを迎えてはまずいと思っていたのかも。


「さあ、5人で夕食にしましょうか。今の時期も夜は寒いですし、逢坂さんもいるので今夜は寄せ鍋ですよ。締めにはうどんがありますよ」

「僕、鍋はとても好きですよ。やっぱり締めは麺類ですよね。雑炊も好きですけど」

「ふふっ、逢坂さんとは気が合いそう」

「……いいな、お母さん」


 沙奈会長、ちょっと不機嫌そうだ。さっきも智子さんにメイド服姿が似合うと言ったし、嫉妬をしているのかもしれないな。

 僕は如月家のみなさんと一緒に夕ご飯を食べることに。初めての場所で食べるだけでも普段とは違うと思うのに、3人の女性がメイド服姿なので、非日常の極みとも言える時間を過ごしているような気がした。


「はい、どうぞ。玲人君」

「ありがとうございます」


 まるで本物のメイドさんのようにほぼ毎回、沙奈会長に鍋の具を取ってもらっている。たまに、真奈ちゃんがコップに麦茶を注いでくれるし。おもてなしされていると実感するよ。


「逢坂君。沙奈とは順調に交際できているかな」

「はい、できています。今みたいに普段は可愛らしいんですけど、学校の生徒会の仕事をしているときは本当に頼りになるかっこいい先輩で。ゴールデンウィークの旅行でも真奈ちゃん達と楽しい時間を過ごせたのはもちろんですけど、沙奈さんとも本当に思い出深い時間を過ごせました。旅行を通じて、沙奈さんのことがより好きになりましたね」

「……そうか。沙奈から、逢坂君の話を毎日訊いているけれど、逢坂君自身からそういった話を聞けて父親として嬉しく思うよ。あと……とても安心している」


 そう言うと今日一番の安心しきった様子を見せてくる。如月家の女性のことも前に教えていただいたし、もしかしたら沙奈会長と僕の仲について一番に応援してくれているのは哲也さんかもしれない。

 当の本人である沙奈会長は顔を真っ赤にしている。


「ふふっ、お姉ちゃんったら。顔を赤くしちゃってかわいい」

「……ここまで玲人君が、誰かに私のことを素直に話したのが初めてな気がして。ただ、それを家族みんなに聞かれたのが恥ずかしくて」

「なるほどね。照れちゃっているんだ」

「うん。でも、凄く嬉しいよ、玲人君。私も旅行を通して玲人君のことをもっと好きになったからさ。同じ気持ちなのがとても嬉しくて、愛おしいの」

「そうですか」


 そんな風に言われると僕もちょっと照れくさいな。沙奈会長の気持ちが少し分かったような気がする。


「お父さんの言う通り、私も安心しているわ。それに……もし、逢坂さんが浮気とかをして沙奈のことを振ったら、親としてちゃんとそれなりの対処はしようと思っているから。覚悟していてくださいね、逢坂さん」

「母さん、逢坂君なら大丈夫だから安心しなさい。ただ、親として大切な娘と共に末永く過ごしてほしいと思っているよ。これからも沙奈をよろしくお願いします、逢坂君」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」


 何だか、さっきの智子さん……沙奈会長よりも恐ろしく思えた。やっぱり、沙奈会長のあの性格は智子さん譲りなのかな。如月家の女性は嫉妬深くて、勘違いや早とちりをしやすいって哲也さんが以前に仰っていたし。


「今夜は頑張りなさいね、沙奈。真奈も、沙奈と逢坂さんの愛おしい時間を邪魔しないようにしようね」

「もちろんだよ、お母さん」

「……逢坂君。沙奈と楽しい時間を過ごしてほしい。もちろん、お互いに相手が嫌がるようなことはしないように気を付けて」

「ううっ、玲人君と2人きりで色々なことをしたいなって思っているけど、何だか恥ずかしいよ……」


 何というか、沙奈会長のご家族は沙奈会長と僕のことを応援してくれていて、僕のことをとても信頼しているように思える。それは有り難いことだけど、付き合い始めて間もない段階でそこまで信頼していいものなのかとも思ってしまう。

 ただ、哲也さんの言うように、沙奈会長の嫌がることや傷付くことだけはしないよう気を付けなければ。そんなことを考えながら、夕ご飯を食べ進めるのであった。

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