第33話『旅の終わり』

 沙奈会長の家から自宅までは車で10分もかからない。このでっかい車ともあと少しでお別れとなる。最後なのだからシートに顔を埋め、沙奈会長の残り香を楽しもうとも考えたけど止めておいた。


「始まりと同じく3人になっちゃったね、レイ君」

「そうだな、琴葉。行くときは僕が助手席に乗っていたか」

「そうだったね。一昨日はおっきい車でワクワクしたけど、今はこの広さが寂しく感じられるよ」

「確かに……行くとき以上の広さを感じるね」


 6人から3人になったこともあってか、とても広く感じる。そして、琴葉の言うように寂しさもあって。運転席に姉さん、後部座席の1列目に琴葉、2列に僕が座っているからというのもあるかもしれない。


「あたしも琴葉ちゃんの言うことが分かるな。ずっと運転して、基本的に前を向いていたけど……助手席に人がいなくなって、後ろから聞こえてくる声も少なくなって。バックミラーでたまに後ろの様子は見ていたけど、やっぱり4人もいなくなると寂しいな」

「そっか。麻実ちゃんも同じようなことを思っていたんだね。あと、あたしが眠っている間に、麻実ちゃんが運転免許を取って、こんなにも運転が上手だなんて。意外とそこに感動しているんだよね」

「お姉ちゃんも今年で20歳になる女子大生だからね。琴葉ちゃんが眠っていた間に大人になった部分もあるってもんよ」

「大人になったねぇ。胸はちょっとしか成長してなかったけど」

「琴葉ちゃんとそんなに変わらないじゃない。まあ、4学年上のあたしの方が色気はあると思うけど。玲人はどっちが色気あるって思う?」

「……いい勝負なんじゃないでしょうか」


 どっちもどっちというか。

 ただはっきりしているのは……沙奈会長の方が2人よりも圧倒的に色気があると思えるということかな。恋人だからかもしれないけど。


「そういえば、琴葉っていつ家に帰るんだっけ」

「夕方にお父さんとお母さんがレイ君の家に来るの。それで、夜ご飯を一緒に食べたら3人で帰るよ。レイ君や麻実ちゃんは明日からまた学校だしね」

「……そっか。分かった。家に帰ったら、ゆっくりとして少しでも旅の疲れを取ってほしい」

「ありがとう、レイ君。お言葉に甘えるね」


 琴葉とも今日で一旦お別れか。寂しくはなるけど、これまでとは違ってスマホでいつでも会話できるし、会おうと思えば会える。

 そんなことを話していると、高校への通学路を走っていた。もうすぐ家だ。沙奈会長がさっき言っていたように、見慣れた景色を見ると安心するな。


「はーい。家に到着! この家を見て安心できるほど慣れてきたんだな……」

「そうだな、姉さん。あと……運転お疲れ様。姉さんのおかげで、みんなと楽しい時間を過ごせた気がするよ。いい旅行だった……」

「そう言うレイ君はひさしぶりに見るな。でも、確かに麻実ちゃんのおかげで凄く楽しい旅行になったと思うよ。ありがとう」

「……そう言ってくれてお姉ちゃんも満足だよ」


 姉さんは楽しげな笑みを浮かべていた。


「さあ、この車も返さなきゃいけないし、玲人、荷物とお土産を運びなさい」

「ああ、分かった。琴葉は玄関を開けてくれないか」

「うん、分かったよ」


 琴葉は家の玄関を開けて、


「ただいまー」


 大きな声でそう言った。まるで自分の家に帰ってきたかのような元気さで。昔の彼女を見ているようだった。

 荷物を持って玄関に入ると、僕の両親と琴葉の御両親が出迎えてくれていた。昔、琴葉と姉さんの3人で家に帰ってきたときもこんな感じだったな。


『おかえりなさい!』


「……ただいま。楽しい旅行になりました」


 夕ご飯を食べに来るとは聞いていたけれど、もう来ていたんだな。

 僕と姉さんで3人分の荷物とお土産を運び終えると、姉さんはレンタカー屋さんに車を返しに行った。

 父さんと母さんにお土産の温泉饅頭を渡すと、予想通り大喜びされ、緑茶を淹れて琴葉の御両親と4人でさっそく食べていた。幸せそうに食べている両親の姿を見て、あぁ……買って良かったなぁ……としみじみ思う。

 お土産話は夕ご飯のときに聞かせてくれればいいから、今はゆっくりと休んでほしいと言われたので僕は琴葉と一緒に僕の部屋に行く。


「レイ君の部屋だ。一昨日の朝、寝ぼけてあのベッドで寝たんだよね」

「そうだな」


 それを沙奈会長に発見されたときは死を覚悟したけれど。


「一昨日の朝までいたのに、何だか随分と久しぶりに来た感じ」

「旅行に行くとそんな感じがするよね」


 3日前、この部屋で副会長さん以外の5人で、琴葉が持ってきたホームビデオやアルバムを見たんだよな。それがかなり昔のことのように感じる。

 気付けば、琴葉は僕のベッドの上でゴロゴロしていた。昔からこういうところは全然変わってないな、こいつ。


「あぁ、こうしていると旅の疲れがあっという間に取れていくよ」

「それは良かったよ」

「……でも、悪い疲れじゃないよ。レイ君と……みんなと一緒に旅行ができて本当に楽しかった。まさか、こういう日が来るなんて思わなかったよ」

「……そうだな」


 琴葉は2年近く眠り続け、僕は逮捕され1年間の禁固刑を喰らったからな。ここまで早く平和な日々になることはもちろんのこと、琴葉と一緒に楽しい時間を過ごせるとは思わなかった。


「僕もみんなと一緒に行った旅行は本当に楽しかったよ。琴葉も体調を崩すことなく家に帰ってくることができて安心した」

「……うん。体調のことを気にせずに元気に過ごすことができたよ。これもきっとアリスちゃんのおかげなのかもね」


 やっぱり、琴葉も同じことを考えていたのか。


「……あたしはただ、親友の元気な姿をすぐに見たかっただけですよ」


 背後からアリスさんの声が聞こえたので振り返ってみると、勉強机の椅子に座って僕らの方を見るアリスさんがいた。いつもの黒いゴシックのワンピースを着て、静かに笑みを浮かべるその姿は少し懐かしく思えた。


「アリスちゃん!」

「……琴葉。逢坂さん達と一緒に旅行を楽しめたようで何よりです」

「旅行が楽しかったのは本当だけれど、それはたまにアリスちゃんがあたし達の目の前に姿を現してくれたからでもあるんだよ? ふとんの中で一緒におしゃべりしたり、お化け屋敷の中を一緒に歩いたり、今朝は一緒に温泉に入ったり」

「……琴葉がそう言ってくれるのは嬉しいですね」


 アリスさん、少し照れくさそうにして笑っている。あと、やっぱり……今朝、琴葉達と一緒に温泉に入っていたんだな。


「あたしもあたしなりに楽しませてもらいました。琴葉達と一緒にいる時間はいいものですね。あとは足湯も良かったです」

「その足湯、一昨日の夜に沙奈会長と散歩したときに入りました。ホテルからちょっと歩いたところにある24時間開放している無料の足湯ですけど、アリスさんはそれに入ったんですか?」

「そうですよ。あたしは夕方に入りました。ホテルの浴衣姿だったのですが、あたしを外国の方だと思ったのか、隣に座ったご婦人がカタコトの英語で話しかけていましたね」

「な、なるほど」


 アリスさんは銀髪で、肌もかなり白いからなぁ。異世界の人だし、外国人というのも間違いではないか。英語で話しかけたその女性の気持ちも分かる。


「アリスちゃんも楽しめたみたいで良かった。あと、改めて訊くけど、2年近く眠り続けたのにこんなにも元気なんて、これもアリスちゃんの力のおかげなんだよね?」

「ええ。逢坂さんが菅原達と決着を付けた直後、意識を取り戻したらすぐに2年前と変わらず元気に過ごせるよう魔法をかけました。理由は……さっきも訊いたように、あなたの元気な姿をすぐに見たかったから。それに、元気になれば……より多く琴葉が色々なことができると思って」

「そう……だったんだね」


 すると、琴葉はベッドから降りてアリスさんのところまで歩み寄り、彼女のことを抱きしめた。


「ありがとう、アリスちゃん。アリスちゃんのおかげでレイ君達と旅行を楽しめたよ。元気になったこの体……大切にするね」

「琴葉ならそう言うと信じていました。でも、嬉しいです」


 すると、アリスさんも琴葉のことを抱きしめる。きっと、この先もずっと琴葉とアリスさんは親友であり続けるのだろう。


「そういえば、唐突だけど、琴葉じゃこれからどうするんだ? まずは高校受験か?」

「そうだね。大変だろうけど、来年……どこかの高校に進学できるように頑張る。その高校の1つに……月野学園高校もあるよ」

「そっか。もし、月野学園に合格したら琴葉の先輩になるのか」

「そうなるね。レイ君先輩……悪くないね。沙奈さんも先輩になるんだ」


 もし、琴葉が来年月野学園に入学してきたら……それはそれで楽しい高校生活になりそうだ。


「どこの高校に受験するとしても、何かできることがあれば僕がサポートするよ」

「レイ君、昔から頭良かったもんね。そのときはお願いするね」


 きっと、琴葉は一歩……未来に向けて歩き出したんだ。僕もこの先、どんな高校生活が待っているか分からないけれ、一つ一つ頑張っていくことにするか。まずは生徒会の仕事を覚えていこう。



 琴葉の家族と一緒に食べる夕ご飯で、旅行のお土産話をたくさんした。僕らの両親はもちろんのこと、琴葉の御両親も楽しそうに聞いてくれた。


「じゃあ、またね。レイ君、麻実ちゃん」

「うん、またね。琴葉ちゃん。楽しかったよ」

「琴葉、いつでも遊びに来たり、泊まりに来たりしていいからね」

「ありがとう。でも、今度泊まりに来るときは寝ぼけないように気を付けないと。だって、レイ君は沙奈さんの恋人だからね」


 琴葉は苦笑いをしながらそう言った。たとえ、寝ぼけでも何度も繰り返したら会長も激怒しそうだな。


「ただ、もし泊まることがあったら、そのときは沙奈さんや真奈ちゃん、樹里さん達と一緒だと嬉しいな」

「みんなと仲良くなれたみたいだね、琴葉」

「うん! 旅行を通じて友達がたくさんできたよ、レイ君。ありがとね」

「……いえいえ」


 沙奈会長や副会長さんとも仲良くなっていたけれど、特に真奈ちゃんと一緒に行動することが多かった気がする。琴葉達が家に泊まりに来るのはそう遠い未来ではないだろう。


「じゃあ、またね」


 琴葉は元気に手を振って御両親と一緒に家を後にしたのであった。



 明日からまた学校だし、旅行の疲れも残っているので早めに寝ようとすると、寝間着姿の姉さんが枕を持って部屋の中に入ってきた。


「今夜は……一緒に寝てもいい?」

「いいけれど、どうしたの?」

「一昨日も昨日も琴葉ちゃん達と一緒に寝たから、一人で眠るのが寂しい。あと、玲人……行くとき沙奈ちゃんに旅行中はあたしと同じ部屋でもいいんだって言っていたじゃない。だから、その……拒否権はないってこと! 家に帰ってきたけど、旅行最終日っていうのは事実だし!」

「はいはい、分かったよ。じゃあ、一緒のベッドで寝よっか」

「……うん!」


 姉さん、とても嬉しそうだ。まったく、一緒に寝たいって言うだけでいいのに。あと、初日の車の中で僕が言ったことをよく覚えていたな。


「玲人。沙奈ちゃんほど大きくはないけれど、あたしの胸に顔を埋めてもいいんだよ? 玲人さえご希望ならあたしの胸に色々としてもいいんだよ? ばぶばぶー」


 とてもじゃないけど、今年20歳になる女子大生が高校生の弟に言う言葉じゃない。呆れすぎてため息さえも出なかった。


「はいはい、お気持ちだけ受け取っておきますのでさっさと寝ましょうか。姉さんも3日間運転をしてさぞかしお疲れでしょうから」

「ははっ、そうだね。お姉ちゃん、旅行中はずっと運転して疲れちゃったから、今夜は玲人のことを抱き枕にして寝よっと」

「そのくらいでぐっすり寝られるならどうぞ」


 ベッドに入り、姉さんは僕に腕枕をするとすぐに気持ち良さそうに寝息を立て始めた。


「旅行中の運転お疲れ様、姉さん。おやすみ」


 もしかしたら、沙奈会長達も寝始めているかもしれないな。


「……みんな、おやすみなさい」


 僕も旅の疲れのせいか程なくして眠りに落ちてゆく。こうして、思い出がたくさんできた3日間の旅行は静かに幕を下ろしたのであった。

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