第27話『朝風呂』

 5月6日、日曜日。

 今日も目が覚めるとそこには肌色の甘い世界が広がっていた。こういう目覚めは2日目だけれど、早くもこれが心地よくなってきてしまった。


「おはよう、玲人君」

「おはようございます、沙奈会長」


 顔を上げると、優しい笑みを浮かべながら僕を見つめる沙奈会長がいて。沙奈会長は僕に目覚めのキスをしてきた。


「ふふっ、今日もいい目覚めができて嬉しいよ」

「そうですか。昨日の夜はブランデー入りのチョコレートをたくさん食べていましたけど、体調の方は大丈夫ですか?」


 酒好きの父さんも二日酔いすることがあるし。未成年の沙奈会長だと、ブランデーのチョコを何粒か食べただけで体調を崩してしまうかもしれない。


「健康そのものだよ。ぐっすりと眠ることができたし、玲人君のおかげか心なしか普段よりもお肌がツヤツヤだし……」

「それは何よりです」

「今日も目が覚めたら、玲人君の可愛い寝顔を見られたから凄く幸せになったよ。思わずぎゅっと抱きしめちゃった」


 沙奈会長は幸せそうな笑みに。何だか、いつも以上に元気だなぁ。今日は最終日だけど観光もするし、特に体調を崩している様子もないので良かったよ。


「玲人君こそ体調はどうなの? 昨日の夜は一昨日よりも激しかったけど……どこか体に痛いところとかはないの?」

「このふかふかのベッドでぐっすりと寝ましたので大丈夫ですよ」


 沙奈会長の言うように、昨日の夜はブランデーチョコによる酔いがあったからか、これまでの中で一番と言っていいほど、沙奈会長のことを強く求めた気がする。会長が可愛いから欲が大きくなっていくのもあったけど。


「それなら良かったよ。昨日の玲人君……たまに、オオカミが乗り移ったみたいに激しくて、Sだったときもあったから」

「……もし、それが嫌だったなら申し訳ないです」

「ううん、むしろ気持ち良かったくらいだよ。それに、私……玲人君になら攻められるのも嫌じゃないし」

「な、なるほど」


 沙奈会長は意外とMなところがあるようだ。昨晩のことを思い出しているのか、うっとりとした表情になっている。


「そういえば、今って何時ですか?」

「今は6時ちょっと前だね。琴葉ちゃん達と朝食に行くまであと1時間ちょっとあるか」

「そうですね。気持ち良く起きることもできましたし、二度寝はせずに7時近くまでのんびりしますか」

「二度寝しないなら、私……1階の大浴場に行きたいな。まだ一度も行ったこともないし」

「いいですね。朝風呂も旅行ならではですもんね。琴葉達に連絡しますか?」

「いいよ、2人きりで行こう。向こうはまだ寝ているかもしれないし、それに……昨晩のことがあってか、まだちょっと恥ずかしいし。朝ご飯になれば会うんだけどね」


 一晩経っても恥ずかしさは消えず、か。まあ、みんなで一緒に入るのもいいけど、1人でゆっくりと入るのもいいよね。


「分かりました。じゃあ、2人きりで行きましょうか」

「うん! ありがとう、玲人君。まあ、お風呂は男女別々になっちゃうけどね。寂しくて露天風呂で声をかけるかもしれない」

「ははっ、そうですか。もし、それに気付かなかったらごめんなさい」

「ふふっ。まあ、話せたらいいなって程度に声をかけるよ。さっ、準備して行こうか」


 今日は髪と体を洗ったらすぐに露天風呂に行こうかな。

 僕は沙奈会長と2人きりで1階の大浴場へと向かうことに。朝6時という時間もあってか、宿泊客とすれ違うことはほとんどなかった。


「意外と静かだね」

「ええ。まだ寝ていたり、起きていてもお部屋でゆっくりしたりしている方が多いのでしょうね」

「そうかもね。じゃあ、また後でね」


 周りに人が全然いないからか、沙奈会長は僕に軽く口づけをしてから『女』の方の暖簾をくぐっていった。

 僕も『男』の方の暖簾にくぐる。ちなみに、このホテルでは2種類の温泉を楽しむことができ、昨日の夕方とは違う温泉にこれから入ることになる。

 脱衣所には昨日よりもさらに人が少なく、朝の時間帯もあってか年配の方のみとなっている。温泉を楽しむ分にはこの方が好都合だけど。

 大浴場の中に入ると、昨日入った方とはちょっと雰囲気が違うな。湯船の造りが違うのか。昨日入った方は大理石でできていて、こっちは檜でできている。

 洗い場で髪と体を洗って、僕はさっそく檜風呂に入る。


「あぁ、気持ちいい」


 僕にとってはちょうどいい湯加減で……ここまで心地よいと寝てしまいそうだ。檜の香りがまたいいな。さすがにこういうのは、ホテルに行かないと味わえない。朝風呂に来て正解だった。


「今日、家に帰るのか……」


 初日のことが随分と前のように感じ、沙奈会長が生徒会室でこのホテルの招待チケットを見せたのが4日前だなんて信じられないくらい。そんなことを考えていると、もう家に帰っている感じだけど、まだ最終日が始まったばかりだ。最後まで楽しい旅行にしよう。


「露天風呂の方に行ってみよう」


 檜風呂のすぐ側に外へ出られる引き戸があるので、僕はそこから露天風呂の方へと向かう。


「おおっ、結構寒いな」


 檜風呂で温まったんだけど。この時期でも朝だと空気は冷たく、風も吹いているから寒く感じるのだろう。ただ、露天風呂を堪能するにはこのくらいの寒さの方がいいかな。


「玲人君、そこにいる?」

「その声は沙奈会長ですか?」


 竹で作られた高い仕切りの向こうから、沙奈会長の声が聞こえた。


「温泉がなかなか熱いけど、結構寒いから気持ちがいいくらいだよ」

「そうなんですか? 僕、今来たところですから入ってみますね」


 誰もいない露天風呂に入ってみると、昨日と同じように結構熱いな。ただ、沙奈会長の言うように、結構寒いからこのくらい熱くてちょうどいいかも。


「気持ちいいですね」

「でしょ? やっぱり、ホテルに来たからには一度は入っておかないとね。あと、玲人君……実は……」

「どうしました?」

「沙奈さん、レイ君が露天風呂に入っているんですか?」


 向こうの方から琴葉の声が聞こえたのだ。琴葉達も朝風呂に入りに来ていたのか。


「レーイくーん!」

「はいはい、いますよー。温泉気持ちいいねー」

「うん! 気持ちいいね!」

「琴葉は姉さん達と一緒に来たの?」

「そうだよ。麻実ちゃんと真奈ちゃんと樹里さんは中の湯船に入ってから来るってさ」

「そっかぁ」


 ということは、琴葉は直接ここに来たのか。そういえば、幼稚園の頃に一緒に旅行へ行ったときも、琴葉は僕と姉さんを連れて真っ先に露天風呂に行ったっけ。


「沙奈さん、昨日はよく眠れましたか? あたし、あのチョコを食べたからか2人が部屋に帰ってから30分もしないうちに寝ちゃいました。樹里さんも同じくらいだったかなぁ」

「そんなにすぐに寝たんだね。私も眠かったけど、部屋に戻ってお水を飲んだら酔いも眠気も覚めちゃった。だから、玲人君と部屋で……素敵な時間を過ごしてから寝たよ。でも、あのチョコのおかげか、いつも以上にスッキリとした目覚めだよ」

「ふふっ、そうでしたか。だからか、普段以上に素敵なんですね。お肌もお胸も柔らかい」

「それは体を洗ったからじゃないかな。ひゃっ、そんな風に触らないで。声が玲人君の方まで聞こえちゃうから! ……んっ!」

「1歳しか違わないのに、こんなにも胸が大きくて羨ましいなぁ……」


 この仕切りの向こうでは、沙奈会長と琴葉による裸でのお付き合いが行なわれているのか。沙奈会長の可愛らしい声はこっちまで聞こえているので、こっちに僕以外誰も露天風呂に入っていなくて良かった。


「こーら、琴葉ちゃん。沙奈ちゃんの胸が大きくて羨ましいのは分かるけど、ここは露天風呂だよ。2人の声を聞いて、玲人が妄想して何かしているかもしれないし」

「何にもしていないって、姉さん」

「あっ、普通に話せるくらいのところに男湯があるんだね。そこの仕切りを登って覗きに来るんじゃないよ、玲人。こっちにはあたし達以外の女性もいるからね。小さい子からおばあちゃんまで」

「はいはい、覗かないから安心してゆっくりと温泉を堪能してください」


 沙奈会長がいるからなのか、僕って覗くようなイメージを持たれているのかな。


「さむーい」

「そうですね、樹里ちゃん。風が冷たいです……」

「樹里ちゃん、真奈ちゃん。こっちこっち。とても気持ちいいよ」


 副会長さんや真奈ちゃんも露天風呂に来たのか。みんなで彼女達も露天風呂に浸かったのか気持ち良さそうな声を上げている。


「逢坂君、そっちはどう?」

「気持ちいいですか? 玲人さん」

「とっても気持ちいいですよ。今は寒いですからね。それに、男湯の方は僕しか入っていないんで貸切ですよ。そっちはみんなで入ってどうですか?」


 僕がそう訊くと、女湯の方から何かコソコソと話し声が聞こえる。何かみんなで企んでいそうだな。


「じゃあ、みんなで言うよ。せーの」

『気持ちいいでーす!』


 あははっ、と楽しそうな笑い声が聞こえてくる。温泉を満喫しているようで何よりだ。

 今……みんなで気持ちいいと言った声の中に、アリスさんの声があったような気がした。もしかしたら、本当に沙奈会長や琴葉達と一緒に温泉を楽しんでいるかもな。そんなことを考えながら僕も温泉を楽しむのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る