第48話『切迫』

 氷室さん達と一緒にリビングに戻ると、さっきよりも重い空気が漂っていた。それでも、羽賀さんは腕を組みながら冷静に何か考えているようだ。


「羽賀さん」

「逢坂君、氷室から聞きましたか?」

「はい。自宅に菅原博之はいましたが、息子の和希がいないってことですよね」

「そうです。今、菅原和希の捜索を行なっています」


 やっぱり、一筋縄ではいかないか。


「ところで、菅原博之はあの事件の捜査や、僕の裁判に対して圧力をかけたことは認めたのですか?」

「いいえ、認めていません。私の知り合いの警察官が、逢坂君や恩田さんが集めた証拠を使って説明したそうですが、息子がやったと認めたり、第三者から見て明らかにそうだと断定できたりしないのに、わざわざ警察や司法関係者に圧力をかける必要なんてないだろうと。これ以上、言いがかりをするようなら、出るところに出ると言われたそうです」

「そうですか。やはり厄介な相手ですね」


 息子がその場にいないのをいいことに、そもそも圧力をかける必要はないと主張しているのか。


「それで、今……警察はどうする方針なんですか?」

「菅原和希本人に恩田さんの事件やいじめについて話を聞かないと、事実は明らかにならないと判断し、知り合いの刑事には菅原家に居続けてもらっています」

「そうですか。菅原和希を見つけない限り、事態は進展しないということですね」

「ええ。ですから今、彼の行方を追ってもらっているのです。あと、捜査資料を調べ、当時の担当警察官に話を聞いたところ、上からの命令によって、菅原和希が事件に関わっていたという逢坂君の供述については捜査せず、調書にも記載しなかったという証言が取れました。もちろん、その担当警察官については然るべき処罰を下すつもりです」

「……そうですか」

「今は彼らの証言を基に、上層部の関係者を捜査しているところです。そのことで菅原博之から圧力をかけられたという証言が取れると一番いいですね」


 担当警察官に命令した上層部の人間が、菅原博之という名前を明言するだろうか。現在も与党所属のやり手の衆議院議員である彼の名前を。


「ただ、上にいくほどそういうことは話さないイメージがあるな、僕は」

「あの議員に忖度して、事実を喋らない可能性はありそうだな」

「そうなると、菅原和希の方から攻めていくのがいいですね、羽賀さん」

「そうですね」


 僕も同じ考えだ。菅原和希に琴葉の事件に関わっていたことを認めさせ、父親に圧力をかけてもらったと証言してもらえるのが一番いい。

 もし、圧力のことまで言ってもらえなかったら、息子が罪を認めたことと、捜査に圧力がかかっていたという警察官の証言を突きつけて、菅原博之に認めさせるか。何にせよ、菅原を見つけないとどうにもならないな。


「そういえば、逢坂君。羽賀達に伝えたいことがあるんじゃないかな?」

「あっ、そうでした」

「何か気付いたことや、思い出したことが?」

「2年前のことではないです。実は今、家の前の道路に何人かの若い男性がこちらを見ながらうろついているんですよ。まるで、僕らのことを監視しているかのように」

「本当なのか、玲人」

「ああ。沙奈会長もそうだろうって言っているよ」

「玲人君が集めてくれた証拠の写真に写っていた男の子に似ているんです。例の事件が起こる寸前に玲人君が撮影した写真に写っていました」

「そうですか。今、その写真を画面に表示させます」


 ケーブルを使って、ノートパソコンの画面をテレビに表示させている。こうしてフォルダを見ると、琴葉と僕でかなりの数の写真を撮ってきたのだと分かる。


「これですね」


 テレビには菅原達によって琴葉が雑居ビルに連れ込ませる瞬間の写真が表示される。菅原の顔もはっきりと映っている。


「この短髪でメガネをかけている子と、ロン毛の子ですね。でも、どうして玲人君の家が分かったんだろう……」

「木曜日の放課後に月野学園に来たときじゃないかと。マスコミ関係者のこともあって、僕も周りに注意しながら家まで帰っていたのですが。どうやら、僕に気付かれずに家の場所を知ったようですね」


 ただ、マスコミ関係者らしき人がいなかったということは、僕の住所をネット上に流していないのだろう。きっと、誰にも気付かれぬまま、僕らのことを襲うつもりなのかな。


「元々、この3連休の間に逢坂君と接触を図るつもりだったのか。それとも、今のように逢坂君が自分を逮捕するために動き始めたことを想定して、我々の行動を阻止するつもりなのか。理由ははっきりしていませんが、このままだと彼らの思い通りになってしまいそうですね。まずは、ここの管轄である月野警察署から何人か応援を呼び、外をうろついている男達を捕まえましょうか」


 羽賀さんはスマートフォンで電話をかける。本当に冷静に物事を進めていく方だなと思う。本庁にいる警視だからかもしれないけれど。


「10分もあれば、こちらに来てくれるそうです。身柄を確保しておくように言っておきました。取り巻きらしき人間が外にいることで菅原和希が今、どこにいるのか少しは絞れそうですね」

「木曜日に彼と再会したとき、ネットがあることで僕の情報を掴み、2年ぶりに僕をいじられて嬉しいと喜んでいましたからね」

「なるほど。月野市にいる可能性は高そうですね。もしかしたら、私達が気付いていないだけで、この家の近辺に潜んでいるかもしれない」

「では、付近の捜索もした方がいいですね」


 いったい、菅原は今、どこにいるんだ。何を考えているんだ。アリスさんならきっと、彼がどこにいるか魔法を使ってすぐに分かるだろうけど。


「親が連絡したってことは、菅原君も警察が家に来ていることを知っているのかな」

「留守番電話にメッセージを残していたり、メールやメッセージを送っていたりすれば分かると思いますよ、樹里先輩」

「確かに。もし分かっていたら、家には帰らないよね」

「ええ。帰りたくないですよね。でも、いずれは捕まると思いますけど」


 沙奈会長や副会長さんの言う通り、父親から警察が来たことを教えられれば、家にはしばらく帰らない可能性は高そうだ。

 でも、今は色々な場所に防犯カメラが設置されているので、居場所はすぐに特定されると思う。身柄が拘束されるのも時間の問題だろう。そんな状況に立っていて、菅原がしそうなことは──。


「もしかしたら……」

「どうかしたの、玲人君」

「……菅原は国立東京中央病院に向かっているかもしれません」

「そこって、恩田さんが入院している病院……まさか、そういうこと?」

「逢坂君、私達にも説明してくれませんか。その病院は知っています。確か、四鷹市にある総合病院ですよね」

「はい。実はそこ……恩田琴葉が入院している病院なんです。菅原は警察から追われていることを知り、自由でいられる時間も限られていると分かっていると思います。きっと、彼は……琴葉のことを襲うという2年前に果たせなかったことをやり遂げようとしているのではないかと思います」


 スマートフォンを確認するけど、病室に着いたとメッセージを最後にゴンからの連絡はない。何も起こっていないのか、それとも連絡ができない状況に陥っているのか。一応、大丈夫かどうかメッセージを送っておこう。


「なるほど。その可能性は高そうですね。判決が出た事件とはいえ、恩田さんが目覚めれば、事件やいじめのことについて、彼女の口から語られてしまうかもしれない。口封じのためにも恩田さんの入院する病院へ行くことはあり得ますね」

「今すぐに病院に向かいましょう! 琴葉は518号室に入院しています。僕もあそこへ連れて行ってください! 今は僕の友人が、琴葉の側についていてくれていますが……」


 そんなことを話していると、何やら外が騒がしくなっている。もしかして、警察が来て家の前でうろついていた男達を捕まえたのか?


「逢坂君、確認しに行きましょう」

「ええ」


 僕は羽賀さんと一緒に家を出て、外の様子を確認する。

 すると、さっき部屋の窓から見えた男達が警察官に拘束されていた。拘束されているのは2人か。


「あの写真に写っていた男子生徒達ですね」

「そうです」


 俺がそう返事をすると、羽賀さんはジャケットのポケットから警察手帳を取り出す。


「……警察の者です。君達、菅原和希からの命令でこの家の前にいたのだろう? そして、逢坂君が家から出てきたところを襲え……という感じだろうか。君達に訊きたいのだが、今、菅原和希はどこにいる?」

「わ、分かりません。俺達は菅原から教えられたこの場所に来て、逢坂が家から出たときに襲えって命令されただけだから。襲ったら菅原に連絡して今日の任務は終わりだって」


 万が一、自分の思惑に気付かれても、彼等を使って僕達を足止めするつもりだったのかな。


「なるほど。分かった。ところで、君達は2年前……恩田琴葉を菅原和希と一緒に襲おうとしたな? 彼女をビルに連れ込もうとした写真もあるのだが」

「……はい。菅原と一緒にあのビルの中に連れ込んで恩田を襲おうとしたんです。そうしたら逢坂が来て。逢坂が逮捕された後、菅原からあのときのことは遠くから一緒に目撃したって証言しようって言われて。だよな?」

「ああ、そうだ。俺の言うとおりにすれば、恩田が意識不明になった事件を逢坂のせいにできて、恩田へのいじめも有耶無耶にできるからって自信満々に言ってた。俺の父親がいるから安心だって」

「……なるほど。重要な証言をありがとう。今の言葉は全て私のスマートフォンに録音しておいたよ」


 自然な流れで重要な証言を引き出し、きちんと記録に取る。さすがは警察官だ。


「2年前の事件については証拠がある。罪に問われることになるだろう。これから警察で色々と話してもらおうか。……すみませんが、彼らを警察署に連行してください。あと、この家にいる人の安全を確保するため、2名ほど警察官をここで見張らせてください」

「はっ!」


 家の前にうろついていた男達は、警察によって連行されていった。

 今のやり取りを見ると、本当に羽賀さんは位の高いやり手の警察官だと分かる。


「羽賀さん、やっぱり……」


 家の中から浅野さんが姿を現す。


「ええ。逢坂君や如月さんの言っていたとおり、菅原和希の取り巻き達でした。しかし、彼らは菅原の命令で逢坂君を襲うためだけにここに来ており、菅原和希の現在の居場所は分からないそうです」

「なるほど……」

「しかし、命令を遂行したら連絡するように言われたそうなので、菅原はこの近辺にはいないかと思います。さっき逢坂君が言ったように、恩田さんの入院している四鷹市の国立東京中央病院にいる可能性が高いと考えていいでしょう」

「僕は前の家から何度もお見舞いに行っています。ですから、後を付ければ、琴葉が国立東京中央病院に入院していると知ることができると思います。今、あそこにはゴン……大山太志が琴葉を守ってくれているはずです。大山太志は僕の友人です」

「分かりました。すぐに、四鷹警察署から警察官を国立東京中央病院に向かわせ、恩田琴葉と大山太志の保護をお願いしましょう」


 ただ、さっきまで取り巻き達がここにいたことを考えると、菅原が既に琴葉の所に行ってしまっている可能性もあり得る。ゴン……どうなっているんだ。返事をくれ。


「玲人君、どうなっているの? 静かになったから見に来たけれど……」


 様子が気になったのか、沙奈会長と氷室さんも家から出てきた。


「沙奈会長の思ったとおり、菅原達の取り巻き達の一員でした。僕を襲うためにここにいたそうです。彼らは警察署へ連行されました」

「そっか……」

「今、四鷹警察署には事情を説明し、恩田さんのいる病院に何名か向かわせました。何かあれば私に連絡が入るようになっています。私達も行きましょう。私がここに車を動かしましたので、それまでの間に浅野さんと氷室は荷物をまとめておいてください。逢坂君も一緒に行きましょう」

「私も一緒に行きます! 玲人君の側についていたいし、何か力になれるかもしれませんから……」


 その言葉も本音だろうけれど、きっとミッションのこともあって僕と一緒に菅原と決着をつけたいのだろう。


「……分かりました。私の車は5人までなら乗れます。如月さんも一緒に行きましょう」


 それから程なくして僕は沙奈会長、氷室さん、浅野さんと一緒に、羽賀さんの運転する車で国立東京中央病院へと向かい始めるのであった。

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