第33話『ことはのことば。』

 ――逢坂さんのお話、琴葉と一緒に全て聞かせていただきました。


 気付けば、アリスさんがベッドの上で正座をしていた。彼女は真剣な表情をして僕や沙奈会長のことをじっと見ている。


「アリスさん……」

「1時間ぶりくらいでしょうかね、逢坂さん」


 微笑みを浮かべながらそう言うアリスさん。魔女ということもあって、彼女はどこにでも現れることができるのかな。


「彼女ですよ、沙奈会長。猫を通じて仲良くなったアリス・ユメミールさんというのは。沙奈会長が夢で出会い、ミッションを課したアリスさんと同じですか?」

「うん。同じだよ」

「こうして実際にお目にかかるのは初めてですね、如月沙奈さん。初めまして」

「……どうも、初めまして」


 これまでにいくつもミッションを課せられ、苦しい想いもしてきたからか、沙奈会長はアリスさんのことを鋭い目つきで見ている。


「4つ目のミッション、見事に達成できましたね。とりあえずはおめでとうございます」


 不機嫌そうな沙奈会長を目の前にしても、アリスさんは笑顔で拍手を贈っている。マイペースだ。ミッションを達成すると毎回こうしているのかな。


「琴葉は逢坂さんと如月さんがキスしたことに満足していました。これできちんと気持ちに区切りを付けて、如月さんに逢坂さんのことを任せられると言っていました。あたしの予感に狂いはなかったと」

「そうですか、恩田さんが……」


 琴葉なら今の言葉を言いそうな気がするな。

 でも、僕にとって琴葉は2年前の日から止まっているんだ。自由の身になってから定期的に琴葉のお見舞いには行っているけれど、琴葉は僕の近くで笑っていた中学生のままなんだ。


「……本当に、琴葉がそんなことを言っていたんですか?」


 琴葉がアリスさんと出会い、彼女と一緒に僕や沙奈会長の様子を見ていたのもきっと本当なんだろう。それでも、信じられない気持ちも心にしっかりと居座っていて。


「本当ですよ。笑顔で言っていました。もっとわがままになっていいんだと言いたくなるほどの、優しすぎる心の持ち主だと思います。ただ、2人が口づけをしているときはさすがに涙を流していましたけどね」


 やっぱり、僕と沙奈会長が口づけをしているところを見て、ショックを受けていたのか。会長の命が助かったのは良かったけれど、複雑な気持ちになる。


「アリスさん。初めて私に話しかけてきたとき、玲人君のことが好きなのかって言ってきましたよね。それは恩田さんが関係しているんですか?」

「ええ。琴葉と出会い、すぐに仲良くなって。逢坂さんのことや中学校で受けたいじめのことをあたしに話してくれました。そして、逢坂さんの様子を見始めるようになって間もないとき、あの猫ちゃんを助けた場面を見たんです。そのときに逢坂さんを遠くから見つめている如月さんの姿がありました」


 つまり、琴葉がアリスさんのいる世界に行ったのはつい最近で、沙奈会長が僕に一目惚れする瞬間から僕達を見ていたと。


「逢坂さんを見る如月さんを見たとき、琴葉はこう言ったんですよ。彼女はきっと逢坂さんのことが大好きだろう。彼女なら、逢坂さんと幸せにできると。それに明確な理由はなく、勘とのことですが」

「そんなことを恩田さんは言っていたんですね」


 沙奈会長がそう言うと、アリスさんはゆっくりと頷く。

 そういえば、昔から琴葉は勘がいいというか、運がいいというか。お菓子の当たりくじをよく引いたり、学校のテストで選択問題ではほぼ満点を取ったり。定期テストで山が当たったなんてこともあったか。


「琴葉はそう言ったけれど、あたしには琴葉に幸せになってほしくて。でも、琴葉は如月さんなら大丈夫だっていう考えを曲げようとしなかった。だから、如月さんにいくつかミッションを用意し、達成できたら逢坂さんと如月さんを見守ることにしたのです」


 直感でも、沙奈会長なら僕と一緒に幸せになれると確信した琴葉。

 琴葉に幸せになってほしくて、そのためには僕と恋人同士になるべきだと考えたアリスさん。

 交わることのない2人の考えから導き出された及第点が、沙奈会長に対して僕絡みのミッションを出すことだったんだ。ミッションが成功すれば、沙奈会長のことを認めると。


「琴葉と考えたミッションでしたが、逢坂さんの様子を見たらきっと無理だと考えました。如月さんのことを邪魔に思っているように見えましたから。ペナルティを設定したり、期限に迫ると体調が悪くなったりするように魔法をかけました。しかし、紆余曲折しながらもミッションを達成していき、琴葉はとても嬉しそうでした」

「そうだったんですね。気になったんですけど、どうしてキスのミッションのときに、玲人君にそのことを話したんですか? 私にもミッションが誰にもバレないようにしろと言っていたのに」

「琴葉のお願いからです。キスのミッションはもちろん琴葉も知っていましたが、達成できなかったペナルティが命を失うことは知らせていなくて。でも、琴葉のことを考えたら、如月さんのことが邪魔で仕方なかった」


 ミッションが達成されなければ沙奈会長が死ぬ。琴葉にそれを伝えたら、必ず反対されると考えたんだろうな。


「2人の様子を見て、琴葉は逢坂さんが如月さんをとても大切に想っているように見えたそうで。今朝、如月さんが生徒会室で倒れたところを見て、琴葉は異変に気付いたみたいで。琴葉にはキスされなければ、如月さんは声が出なくなると伝えていましたから」


 確かに、それだけなら今朝のように倒れるほどの高熱は出さないか。


「如月さんが亡くなってしまったら、2年前と同じような苦しみを逢坂さんが味わってしまう。逢坂さんなら絶対にキスをすると信じて、琴葉はあたしに最後のチャンスとしてミッションを教えてほしいと言ってきたんです」

「そして、実際に恩田さんの予想通りになったわけですか。さすがは玲人君の幼なじみですね。私は家に帰ったとき、もう二度と玲人君と会えないかもしれないと思っていましたから」


 沙奈会長は悲しげな笑みを浮かべている。

 琴葉は遠いところから見ているだけなのに、今も僕のことを信じてくれているんだな。嬉しいけれど、不思議な感覚だ。


「アリスさん。気持ちに区切りを付け、会長に僕のことを任せられると琴葉が言ったということは、これで沙奈会長に対するミッションは終わったんですか?」


 キスしているところを見たときには泣いていたそうだけれど。沙奈会長の4つのミッションを考えれば、キスのミッションが最後である可能性が高い。


「……本来ならそのつもりでしたけれど」


 アリスさんがそう言った次の瞬間、くらっとなって……視界が急に真っ暗になった。ここはどこなんだ?


「玲人君」


 すぐ側には沙奈会長がいた。意外と落ち着いた様子で、僕の手を掴んでいる。


「会長、ここは……」

「多分、私達はアリスさんによって気を失わせられたのよ。それに、私はこういった暗い場所でいつもミッションを伝えられていたんだ」

「じゃあ、もしかして……」


 まだミッションは終わっていないのか。しかも、僕までここにいるということは、沙奈会長と一緒に果たさなければならないミッションを課せられようとしているのか。


「今回は逢坂さんと2人で、最後のミッションに挑んでいただきます」


 気付けば、僕らの目の前には真剣な表情をしたアリスさんが立っていた。

 やっぱり、会長と僕の2人でミッションを達成しなければならないのか。沙奈会長の話だと、ミッションは映像と一緒に文字として現れるそうだけれど。


「ミッションはこちらです」


 アリスさんがそう言うと、映像のようなものは全く見えず、赤い文字のみが浮かんできた。


『4月30日の23時59分までに、菅原和希と決着を付けろ』

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