第32話『僕として-後編-』

 殺人未遂の罪により、僕は1年間、刑務所で生活していた。懲役刑ではなく禁固刑なので、ずっと独房にいたけれど。


「玲人君、刑務所での生活って……」

「ええ。禁固刑でしたので、看守さんに見張られながら、独房の中でずっと過ごしていました。ただ、当時は中学生だったこともあってか、教科書や問題集、ノートは配布され中学校の勉強はさせてくれました」

「……そうなのね」


 きっと、中学生ということで、刑務所側も僕に色々と配慮してくれたのだろう。


「何もしないのは辛いですから、勉強が娯楽に感じましたね」

「……理由は何であれ、勉強が娯楽って言った人は玲人君が初めてだよ」


 苦笑いをする沙奈会長。僕もきっと、勉強が娯楽なんて言う人と出会うことは今後ないんじゃないだろうか。


「勉強に打ち込んでいる僕が好印象だったのか、看守さんも優しくしてくれました。あと、たった1人だけですが、3歳ほど年上の友人もできましたし」

「その友人はちなみに……女の子?」

「男ですよ」


 僕がそう言うと、沙奈会長はほっと胸を撫で下ろしている。女性が関わっているかもしれない話には本当に敏感だな、この人は。


「彼は窃盗やひったくりの常習犯で。一度は出所したのに、すぐに戻ってきたときはさすがにキレました。刑務所内で騒ぎを起こしたのはそれだけですね」

「そうだったんだ」

「禁固生活が終わったのは中学3年の冬頃でした。中卒の就職も選択肢の一つとして考えましたけど、将来のことを考えて高校に進学することを選びました。両親もいくつかの高校へ相談しに行ってくれました。でも、僕のような人間を受け入れられないと断られ続けました。ただ、そんな中で月野学園は学力試験と面接の内容次第で、僕の入学を認めてくれると約束してくれたんです」

「それで玲人君は受験に合格して、うちに入学したわけだね」

「はい。それに伴い、家族で今の家に引っ越して、大学進学を機に1人暮らしをしていた姉さんともまた一緒に暮らすことになったんです」

「なるほどね……」


 ただ、月野学園に合格したときは、まさか生徒会長である沙奈会長とここまで深く関わることになるとは思わなかった。しかも、庶務係として生徒会に入るなんて。逮捕されたときほどじゃないけれど、人生って何があるか分からないなと思った。


「じゃあ、学校関係者の中には玲人君の過去を知っている人がいるのね」

「ええ。一部の先生方だけですが。理事長と校長、教頭、教務主任、あとは僕のクラス担任である松風先生も知っています。混乱を避けるため、そのことは生徒や他の職員には口外しないことになっています。ですから、ここまで詳しく僕の過去を知る月野学園の生徒は沙奈会長しかいないですね」

「そうなんだね。ただ、今の話を知ったら動揺する生徒は多いだろうね」

「はい。しかし、今はみんなスマートフォンを持っていて、SNSを使う高校生はとても多いそうじゃないですか。SNSを通じて僕の過去が知られてしまう可能性は十分にあると思います」


 ただ、今のところはそういった様子はなさそうだ。僕が気付いていないだけかもしれないけれど。今のような状況がいつまで続いてくれるのか。


「報道やメディアでは少年犯罪について、名前を伏せたり、顔写真にモザイクをかけたりするけれど、SNSについてはそういった縛りはないものね。ましてや、一般人なら。もちろん、発信した内容や言い方によっては罪に問われるけれど」

「ええ。いずれはバレてしまうかもしれないなら、普段から周りの生徒とは距離を取っておいた方がいいと思いました。会話も最低限に留め、髪も金色に染めて浮いた雰囲気を出せば、誰も深く関わってこなくなると思って……」


 一人称を「僕」から「俺」に変えたのも、これまでの僕の雰囲気を壊し、気持ちを切り替えるためだった。


「過去が知られても、人間関係の変化は最小限に留められると思ったわけだ」

「……ええ」


 僕の予想通り、周りの生徒からは距離を取られることになった。僕に嫌悪感を見せる生徒が多かったのは予想外だったけれど、それは自分のせいだと分かっている。


「ただ、沙奈会長がここまで深く関わることになるとは予想外でしたよ」

「一目惚れしちゃったもんね。多分、ミッションがなくても、玲人君のことをしつこく追いかけていたと思うよ。ロープで縛り付けることはさすがにないと思うけれど、住所を調べて家に行っていたんじゃないかな」


 それを可愛らしい笑顔を浮かべながら、さらりと言えてしまうところが恐ろしい。あと、僕がそっけない態度をとり続けていれば、きっと僕のことをロープで縛り付けていたと思う。


「入学前は1人で静かに高校生活を送ろうと思いましたけど、こうして生徒会に入ってみて、沙奈会長や副会長さんと一緒に生徒会の仕事をすると、誰かと一緒にいるのもいいなって思えてきました。お二人には感謝しています」

「そんなことないよ。でも、玲人君が私や樹里先輩と一緒に生徒会の仕事をする中で、いい方向へ気持ちが変化したのは嬉しいな」

「会長の行きすぎた行動には頭を抱えるときがありますけどね」

「それは……改善していくように努力します」

「期待しています」


 沙奈会長の頭を優しく撫でる。2年前の事件のことを話したからか、無性に誰かの温もりを感じたくなって。沙奈会長ってこんなに温かったんだな。


「沙奈会長。今までの話を聞いて、僕のことを嫌いになりましたか?」

「そんなわけないよ。凄く辛い経験をしてきたんだなって思った。嫌いになるどころか、むしろもっと好きになったよ。想像以上に優しい人だって分かって。あと、無愛想な雰囲気の玲人君も玲人君だと思うし、猫を助けたときのような優しい玲人君も玲人君だと思ってる」

「そうですか」

「今の玲人君は猫を助けたときの雰囲気に似てるかな。玲人君さえ良ければ、学校でも今みたいな雰囲気でいて大丈夫だと思うよ。玲人君のことが好きになる子が出てきそうなのは不安だけれど。私はもう玲人君とキスしたわけだし、特別な関係……だよね?」

「……大切な人ですよ」


 アリスさんから事情を聞いてから、会長には死んでほしくないと本気で思っていたし、ミッションって理由はあるけれど僕からキスをしたからな。


「……ありがとう」


 沙奈会長は満面の笑みを浮かべながら、僕をそっと抱きしめてくる。そのことで温かな気持ちが大きくなっていって。

 もし、当時から沙奈会長が僕や琴葉の近くにいたら、色々と変わっていたかもしれない。沙奈会長なら琴葉をいじめていた人達を容赦なく倒しそうだし、何が何でも学校側にいじめの存在を認めさせてくれそうだ。


「小学生や中学生の頃から、玲人君達と知り合いたかったな。あと、恩田さんをいじめている人を見つけたら、その人が間違いを認めるまでしつこく絡むんだけど……」

「……さすがは会長ですね」


 当時、沙奈会長が俺の通う中学校にいたら、会長1人でいじめを解決まで持っていけそうな気がするな。沙奈会長の恐ろしい姿を目の前にしたら、あの菅原でも怯えて音を上げそうだ。


「ところで、玲人君。自由の身になったし、恩田さんがいじめられた証拠を今も持っているんでしょう? いつかはそれを公表したり、恩田さんをいじめた人達に責任を追及したりするの?」


 真剣な様子で沙奈会長はそう問いかけてくる。今までの僕の話を聞いていれば当然そう考えるか。


「自由の身になってから今まで、受験や引越し、高校生活の準備などで精一杯でしたからね。今も警察や僕の卒業した中学校、マスコミには不信感がありますから、あまり具体的には考えていないです。それに、僕が出所してすぐに琴葉の御両親と会ったんですけど、御両親はしばらくの間、琴葉の目覚めを静かに待ち続けたいと言っていました」

「恩田さんの御両親がそう言うなら、そっとしておいた方がいいのかな……」

「今は菅原達の方から僕に関わってくることもありませんからね。ただ、琴葉に対してひどいことをしてきたのに、何の罰もないというのはまずいと思っています」

「そうだね。それに、与党議員が警察や司法に圧力をかけてきたかもしれないからね」

「それについての証拠はありませんが、おそらく。高校生活にも慣れてきましたので、琴葉のことについては少しずつ考えていきたいと思います」


 ただ、できるだけ早い方がいいというのは間違いないだろう。近いうちに一度、僕の家族や琴葉のご家族と相談した方がいいかもしれない。


「逢坂さんのお話、琴葉と一緒に全て聞かせていただきました」


 アリスさんの声が聞こえたので後ろに振り返ってみると、アリスさんがベッドの上で正座しながら僕らのことを見ていたのであった。

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