第27話『白銀は灰色に濁る』
もしかしたら、沙奈会長から連絡が来るかもしれないと思って、午後の授業中に何度もスマートフォンを確認した。しかし、会長からは一度も連絡が来なかった。
放課後になり、生徒会室に行く。当たり前だけれど、そこには沙奈会長の姿はない。
「お疲れ様です、副会長さん」
「うん、お疲れ様、逢坂君」
「副会長さんの方には、何か会長から連絡は来ましたか?」
「ううん、特に何もない。ただ、教室を出る前にうちの担任から、病院から処方された薬を飲んで寝ているけれど、あまり具合が良くなっていないって聞いた」
「ここで倒れてしまうほどでしたもんね」
抱き上げたとき、沙奈会長からはかなり強い熱が伝わってきた。そう早くは体調が良くなっていかないか。
「具合が良くなってきたらお見舞いに行こうかなって思っていたけれど、今日は止めておいた方が良さそうだね」
「そうですね」
「……じゃあ、さっそく掲示物の確認をしに行こうか」
「分かりました」
今日は副会長さんと2人で、生徒会室を出て仕事を行なうことに。
校内にはいくつも掲示板があり、4月のこの時期は特に部活勧誘のチラシが多く掲示されているとのこと。ただ、掲示されるチラシには必ず生徒会認可のハンコを押したものでなければならないという決まりがある。たまにそのハンコがない掲示物があるらしい。そんな掲示物はもちろん剥がし、書いた生徒が分かる場合は担任に伝えるか、後日、生徒会室に呼び出すことになっているのだそうだ。
あと、明らかに書かれている内容の期間が過ぎているものについても剥がす。
「意外と認可されていない掲示物ってあるんですね」
「そうそう。認可されたチラシもたくさんあるから、貼ってもバレないだろうって考えるんだろうね。……あっ、これもだ。超常現象研究会って、決まりを守らずに貼るのが超常現象じゃないかなぁ」
まったくもう、と副会長さんは珍しく不機嫌な様子でチラシを剥がしている。
彼女の話によると、毎年、生徒会から勧誘のチラシについて注意喚起しているけれど、こうした許可なしチラシが後を絶たないという。今日のように掲示物をチェックして剥がす仕事は、生徒会の春の風物詩になってしまっているとか。
全ての掲示板を確認して、一旦、生徒会室に戻る。
俺達で剥がした許可されていないチラシについて、制作者が分かるかどうかで分別する。分かるチラシについては現物を持って制作者のクラス担任や部活の顧問に報告し、分からないチラシについては破棄した。
「雑務とは聞いていましたけど、結構しっかりとやりましたね」
「そうだね。ただ、掲示物についてはしっかりやっておかないと。これで少しでも減ればいいけれど、来年の春になったらまた貼られるんだろうなぁ。そのとき、私は卒業しているけどね」
ということは、もしかしたら来年は沙奈会長と俺の2人で掲示物を剥がすことになるかもしれないのか。今日のような苦労が少しでも減るように、効果的な注意喚起のやり方を考えた方が良さそうだな。
「今日はこのくらいにしようか、逢坂君」
「分かりました」
「明日は3人に活動したいけれど、さすがに無理そうだね」
「今週は無理だと思っていた方がいいかもしれません」
「そうだね。この際だから、沙奈ちゃんにはゆっくりと休んでほしいよね」
仮に今週ずっと休んだら、次に3人で仕事をするのは5月に入ってからになる。ただ、今朝の沙奈会長の様子を見たら数日くらいは休んだ方がいいか。
生徒会の仕事が終わり、俺は1人で校舎を後にする。雨は降っていないけれど、朝と同じようにどんよりとした雲が広がっている。弱いながらも風が吹いているので、今朝よりも寒く感じる。
「温かいコーヒーでも買って帰るか……」
雨が降るかもしれないから、こういう日は真っ直ぐ家に帰ることにしよう。でも、途中の公園で茶トラ猫がいたら、抱きしめて温まろうかな。
そんなことを考えながら公園に行くと、いつものベンチでアリスさんが茶トラ猫と戯れていた。見慣れた光景をまた見ることができて安心する。
「アリスさん、こんにちは」
「こんにちは、逢坂さん。今日は寒いですね。ただ、猫ちゃんを抱きしめると温かいですよ」
そう言って、アリスさんは茶トラ猫をぎゅっと抱きしめている。茶トラ猫もまったりとしているからアリスさんに抱きしめられて気持ちいいんだろうな。
いつものようにアリスさんの隣に座ると、アリスさんから茶トラ猫を受け取る。茶トラ猫を抱きしめてみると……うん、彼女の言うように結構温かい。
「今日みたいに曇っている日にもアリスさんはいるんですね」
「雨や雪が降っていなければ来ますよ。それに、猫ちゃんが可愛いですから」
「……確かに」
この茶トラ猫を抱きしめていると、曇っていることとか寒いこととかはどうでも良くなってくるな。アリスさんが猫目当てでこの公園に来るのも納得できる。
「昨日の夕方くらいから急に寒くなりましたけど、アリスさんの体調は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですが。もしかして、逢坂さん……体調を崩されたのですか?」
「俺は大丈夫なんですけど、会長が体調を崩してしまって。今朝、学校で倒れたんですよ。アリスさんにも忠告されたのに。昨日の夜に、俺が一度でも彼女に連絡すれば、何か変わっていたかもしれない気がして……」
昨日の放課後に会長の想いに応えきれなかったことも、彼女が体調を崩してしまった一因かもしれない。病は気からとも言うし。
「まったく、会長さんのことを気にかけた方がいいとあたしが忠告したのに……」
「ええ。何かできたんじゃないかと思うと胸が痛くなります」
「逢坂さんを責めているつもりはありませんよ。それに、会長さんは最近、体調を崩しやすくなっていたそうじゃないですか。ですから、逢坂さんが彼女に連絡しても体調を崩していたと思いますよ」
「……そうですかね」
沙奈会長自身も最近になって体調を崩しやすくなったと言っていたし、急激に寒くなったことで体調を崩してしまったのだろう。沙奈会長のことだから、今頃、俺のことでも考えていそうだな。会いたがっているのかも。
「……そうだ、アリスさん。1枚、写真を撮ってもいいですか?」
「急にどうしたんですか?」
「いつか会えればいいと会長が言っていたんですけど、週末に会長のところへお見舞いに行ったときにでも、アリスさんがこういう人だっていうのを話したいと思っていて。もちろん、変なことには使いませんので、1枚だけ写真を撮らせてもらってもいいですか?」
でも、ここで何度か会っているだけの男に写真を撮らせてほしいって言われたら、あまりいい気分にはならないか。
「ふふっ……」
「……アリスさん?」
彼女の上品な笑い声がやけに公園に響き渡る。
「週末に会長さんのところへお見舞いに行っても、彼女と話すことはできませんよ。週末どころか、明日行っても」
「……どうしてそう言い切れるんですか?」
ただ、アリスさんには何らかの根拠があってそう言ったということは分かった。茶トラ猫を抱きしめていても、段々と寒さが身に沁みてくる。
「だって、明日になった瞬間に会長さん……如月沙奈は死んでしまいますから」
「まさか、そんな……」
明日になった瞬間に沙奈会長が亡くなる、だって?
「病院に行き、処方された薬を飲んで眠ったところで何の意味もないのですよ。ゆっくりと死に近づいていくだけ。それは彼女も分かっているはずなのに。周りの人の心配を少しでも無くそうという彼女なりの配慮ということでしょうかね」
どうして、アリスさんがそんなことを言うんだ? 俺がアリスさんに伝えたのは会長が体調を崩して今朝、倒れてしまったということだけなのに。
アリスさん。あなたはいったい何者なんだ。
アリスさんはベンチからゆっくりと立ち上がって、俺の目の前に立つ。口元では笑っているけれど、俺のことを真剣な目で見つめていた。
「どうして、あたしがそんなことを言うのかと思っていますよね。だって、彼女の体調を悪くさせたのはこのあたしなのですから」
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