オウンゴール

田名崎剣之助

第1章 正義のヒーロー

1点目 高橋の夢

「オレは正義のヒーローになりたい。」

今時スマホを持つ小学生が多く、将来の夢の相場は公務員かユーチューバー。恥かしげもなく言い放った小学4年の日本男児は赴任して2年目の私のクラスのC組の児童。一学期に一度の作文発表会の張り詰めた空気を居合斬りするようにやんちゃ少年グループの笑い声がこだまする。


「静かに!高橋、なんで正義のヒーローになりたいんだ?」


私は笑い声をいつもよりも野太い声で静止させ、そっと理由を聞いてみた。

大方の予想としては〈カッコイイから〉といったところであろうが、私は以前からこの児童の悟りぶりに一目置いていた。つまり、〈カッコイイから〉などという回答は想定し得ないし、言って欲しくなかった。ーが高橋はこう答える。


「めちゃくちゃカッコイイから」


ふたたび笑いが起こる。さっきは笑っていなかった女の子、やんちゃ少年グループの予備軍格たちも同調し、クスリと笑みを浮かべる。


私はとても残念であった。


残念というのも勝手だが私は彼に期待をしていた。


思い返せば私がちょうど彼と同じくらいの歳の頃、同じく正義のヒーローという将来の夢を恥ずかしげもなく堂々と言い放ち、クラスメイトから随分と笑われたものだ。私はそのことから人前で何事においても現実味のない聞こえ方をせぬよう気を留めてきた。おかげで社会に出た現在においても空気を読めない言動などは自動的に頭の中で精査し、私の眼前でまさか自分自身が引き起こすことはないと自負できるまでになった。


だが、この健全な成長ともいえるであろう過程は私の中で大切な何かを喪失したような悲しい気持ちにも似ているそれであったため、彼にはなにか自分と違う未来があるのではないかと期待していた。


結局、彼も正義のヒーローというカッコイイ存在を追い求めることのリスクを早々に思い知らされ、いずれは私と同じ喪失感を味わうことになるのではないかと思い、本当に残念な気持ちになった。


作文発表会後私は彼を呼び出し慰めた。

すると彼はにっこり笑い清々しい顔で「大丈夫です!」と一言。


私にはその笑顔が濁りのない純な笑顔であるのは疑いもなかったが、何か少し引っかかるように薄っすらと違和を感じてならないのであった。

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