第27話 ティア
ティアの背中から一対の翼が現れ、彼女の身体が大きくなった。そう、彼女の竜の血が目覚め、彼女の姿は竜の姿へと変貌したのだ。
それとほぼ同時だっただろうか。もう一匹の竜が颯爽と現れ、ガルフを悪い竜の爪から救ったのは。
「デューク!」
竜の姿となったティアがその竜の名を呼んだ。現れた竜は騎士団長、デュークだったのだ。
しかし、彼が来るのは遅過ぎた。竜へ変貌する瞬間をガルフに見られてしまった。ティアは竜の血が目覚めた喜びなど全く無かった。いや、この場で竜の血が目覚めた事を恨みさえした。
「ジョセフ、そこまでです。悪い様にはしません。投降して下さい」
デュークが悪い竜にジョセフと呼びかけた。悪い竜の正体はジョセフだった。彼も十六歳となり、既に竜の血を目覚めさせていたのだ。しかし、何故デュークはこの竜がジョセフだと分かったのだろうか?
相手は騎士団長、所詮小僧ッ子のジョセフはおとなしく投降するかと思われたが、まだ怒りが収まっていないのだろうか、とんでもない事を言い出した。
「投降しろ? 悪い様にはしない? ふざけんな! そもそも手前ぇが俺をけしかけたんだろうが!」
《けしかけた? ジョセフを? デュークが!? どういう事だ?》
ガルフもティアも事態が飲み込めない。するとデュークがどういうわけか、ジョセフに詫びを入れだした。
「その件についてはすまなかった。だが、ここまでだ。君の身の安全も将来も全てこの私が保証する」
「うるせぇ! 今更何言ってやがんだ。大体、何でお前が出て来るんだよ? 話がちげーじゃねぇか!」
ジョセフは投降するどころか激高し出した。よくわからないが、ジョセフとデュークの間には何らかの取り引きがあった様だ。
「こうなりゃお前もぶっ殺してティアを手に入れてやんよ!」
完全にブチ切れたジョセフがデュークに襲いかかろうとした瞬間、デュークはその爪でジョセフを引きずり倒したかと思うと腹を思いっきり踏みつけた。
「んだと、もっかい言ってみろコラ」
デュークも切れた? 騎士団長のルークが街のチンピラじみた言葉を口にした。
「忠告したんだけどな、もーいいや。俺もお前も大罪人だ」
そう言うとデュークはジョセフを押さえ込み、耳元で最後通告を行った。
「優しく言うの、これが最後な。今すぐ竜の血を眠らせないと……マジでお前、殺すぞ」
デュークの、騎士団長の本気の脅しにビビったのだろうか、ブチ切れていたジョセフは正気を取り戻し、人間の姿へと変わった。デュークも人間の姿になり、ジョセフの身柄を拘束する様に教師達に命じた後、竜の姿となったティアに語りかけた。
「ティア様、やっと竜の血が目覚めたのですね、おめでとうございます。では、人間の姿になりましょうか。落ち着いて、人間の姿であった自分を思い浮かべて下さい……」
デュークの教えに従い、竜の姿になったティアは人間の姿へと変化した。
「ティア?」
痛む全身を堪えて立ち上がり、ガルフが呼びかけると、彼女は悲しそうな目をして彼を見ると俯いてしまった。
「あのね……ガルフ……」
何か言いたそうなティア。しかし涙に詰まって言葉にならない。
「ドラゴニアが竜の末裔の国だっていう伝説は本当だったんだ……」
ぽつりとガルフの口から出た言葉を聞き、ティアは膝から崩れ落ち、涙に暮れながら謝り続けた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……騙すつもりはなかったの……」
泣き濡れるティアを呆然と見つめるガルフ。彼女は謝り続け、辛い言葉を吐いた。
「こんな女の子、嫌だよね……あっ、ガルフからすれば私なんか女の子じゃ無いか……雌の竜だよね、へへっ」
自虐的に笑うティア。そして、踏ん切りが付いたのだろう、自分が出した悲しい結論に従い別れの言葉を口にした。
「それじゃ……さよなら」
ふらふらと立ち上がったティアはガルフに背を向けた。半ば放心状態の彼女がのろのろと少し歩いたところでガルフは我に返った。このままではティアは自分の前から居なくなってしまう。そんな気がして、彼は後ろからティアの肩に手をかけて引き止めると、彼女をくるりと自分の方に向かせた。
「ティアはティアだよ」
ガルフは微笑んで言うが、ティアは俯いたままで彼の顔を見る事ができない。
「私、竜なんだよ」
涙でぐちゃぐちゃの顔でティアが言う。しかしガルフはさらっと言い返した。
「夫婦喧嘩になったら勝てる気がしないな」
ガルフの口から『夫婦喧嘩』と言う言葉が出た。これってもしかしたら……? ティアは震える声で聞いた。
「良いの? 私なんかで……?」
「ティアなんかで良いわけ無いだろ」
ガルフの答えは残酷なものだった。やはり人間と竜が結ばれるのは無理だという事なのか?
「……そうだよね。ごめんね、変な事聞いちゃって」
ティアの淡い期待は脆くも崩れ去ってしまった。震える小さな声で言うティアにガルフは笑顔で素直な気持ちを伝えた。
「ティアが良いんだよ」
「?」
ティアは困惑した。ついさっき『良いわけ無いだろ』と言ったばかりのガルフが今度は『良いんだ』と言い出した。彼は一体何を言いたいのだろう?
「わからないかな……? 『ティアなんかで』じゃ無くって『ティアが』良いんだよ!」
照れ臭そうに頬っぺたを掻きながらガルフが補足説明を加えると、ティアの涙が止まった。そして悲しそうだった目は輝きを取り戻し、頬も紅潮し、唇は喜びに震えている。
「ティアじゃなきゃイヤなんだよ!」
ティアは目に涙を浮かべながらガルフに抱き付いた。ガルフは彼女を力強く抱き締める。やっと二人の気持ちが通じ合ったのだった。
二人の一部始終を黙って見ていたデュークは腰の剣を抜くと、ガルフに渡した。そして片膝を着き、頭を下げて言った。
「ガルフ様、申し訳ありませんでした。此度の一件、全ては私の責にあります。ジョセフをけしかけたのも私。お許し下さいとは申しません。ガルフ様のティア様に対する想いを知る事が出来ましたから思い残す事はありません。どうぞご随意に」
刎ねてくれとばかりに首を差し出したデュークに戸惑うガルフ。彼はデュークの首を刎ねるより、デュークの本意が知りたかった。そこに男の声が割って入った。
「ガルフ殿、そこまでにしていただきたい。もう良い、デューク。咎は私が受けると言った筈だぞ」
「お父様!」
その声に反応してティアが叫んだ。声の主はジェラルドだった。
ジェラルドは全てを二人に話した。ティアが人間の男ガルフに恋をした事が原因で竜の血が目覚めるのを抑えてしまった事、ガルフをティアと同じ学校に入れて二人の仲を深くしようとした事、そしてティアを襲わせる事によって彼女を守ろうとするガルフを危機に陥れ、ティアの竜の血を目覚めさせようと言う荒療治に出た事。ここまでは筋書き通りだった。しかし、人間ガルフはティアが竜だと知れば離れていき、彼女の恋が終焉を迎える筈が、その思惑が見事に覆されたという事……
「言った通り、全ての責はデュークでは無く、私にある。どんな咎でも受けよう」
ジェラルドはガルフに、ティアに言った。ガルフは迷う事無く答えた。
「ならばジェラルド公、デューク殿は不問としましょう。但し、あなたはそういうわけにはまいりません。あなたの一番大切なものをいただきたい」
ガルフは物でカタを付けようと言うのか? 存外小さな男なのだろうか? そもそも妹を助けにドラゴニアに来た時、自分の身などどうなっても良いと言っていたではないか。メアリーを助けてもらった恩、それだけでジェラルドを許す事は出来ないのか? 彼は大きく息を吸うと、ジェラルドに要求した。
「ティアをボクに下さい」
一瞬の静寂。ジェラルドが口を開いた。
「ガルフ殿、いや、婿殿。ティアをよろしくお願いします」
ジェラルドが、ドラゴニアの王がバードリバーの王子に頭を下げた。
「人間の男が竜の女を妻にするなんて前代未聞ですよ」
デュークが言うが、その顔は嬉しそうだ。ガルフはそれがどうしたとばかりに答えた。
「なら、僕が最初の事例になるだけの話ですよ」
「一般の市民ならともかく、あなたはバードリバーの王子。国民の反感などは大丈夫なのですか?」
デュークは尚も不安要素を指摘するが、ガルフの心は揺るがない。
「それはわかりません。けど、ティアと二人ならどんな困難も克服出来ますよ」
それはデュークが期待していた答えだった。
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