Forbidden Lover 繋がったり繋がらなかったり

漆目人鳥

第1話 1月24日 目覚めるとそこは

 気がつくと、耕祐は真新しさの感じられる建物の中にたたずんでいた。

 どうやらそこは通路らしく、床は、正方形の白いタイルとラインのように細い赤のタイルが交互に貼られ、まるで、白い床に赤い縦縞のストライプが引かれているように見えた。

 通路の両側には、ごちゃごちゃとしたショップが立ち並んでいたが、まだ時間が早いのか、それとも終了してしまったものか、すべてのショップが引き戸式の格子になったシャッターで囲まれており、中には、赤い遮光カーテンで店舗をぐるりと見えないように囲っている所もあった。

 もちろん、そんな状態だったので、店舗スペースに照明の点いている場所はなかったが、通路側には煌煌と照明が点いている。

 窓らしい物は全くない閉鎖された空間で、今が昼なのか夜なのかさえ解らない。

 そうだ、自分は秋葉原に来ていたんだったと今更ながらに思い至る。

 何軒かの店舗を格子の隙間から覗いてみる。

 マイク。無線機。スピーカー。フィギュア……。

 此の片寄ったディスプレイと品揃えは、まだ自分が秋葉原に居ると言う事で間違いなさそうだ。

 それにしても、何故此処にいるのだろう?

 と、いうより。

「ここは、どこだ?」

 とりあえず、どの店も営業していないようなので此処にいる意味は何も無い。

 出口を探そうとフロアを廻って見る。

 そうして、気がついたのだが、どうやらこの建物のフロアは変則的な回廊になっているようだった。

 すべての店が閉まっており、売っている物も(少なくても耕祐にとっては)似たり寄ったりだったため、途中で何回も現れる電源の切れたレベーターが、じつは同じ物なのだという事に、ようやっと気づいた時、同じ場所をぐるぐと廻っているのだと悟った。

 それを理解するまで、少なくても彼は、3回はこのフロアを回り歩いていたと思う。

 エレベーター脇に書かれた階数を示す4という数字から、耕祐は今、自分がどこかの建物の4階にいるのだと言う事を知った。

 エレベーターは止まっていたがエスカレーターが動いているのを発見する。

 コレをずっと乗り継いでいけば下までいけるだろう。

 そう思って乗ったが、それは間違いだった。

 その下りエレベーターは二階から下には繋がっていなかった。

 回りを見回すが、近くには乗り継ぎのエレベーターどころか、下へと続く階段さえ無い。

 仕方なく再びフロアへと出た。

 まるで、どこかの洞窟のような回廊が広がる。

 わざと迷わせようとして作ったとしか思えない。

 途方に暮れる。

「へー、お・どろいたぁ、まだ覚えていた事があったんだ」

 後ろから声がした。

 慌てて振り向く。

 耕祐からずっと離れた、廊下の突き当たり、回廊の曲がり込みで死角になっていた所から、ひょっこりと顔を出す娘がいた。

 大きな包みボタンの付いた茶色いダッフルコートに身を包み、小さな白いポシェットを肩からかけている。

 頭の左側にサイドテールに縛った黒く長いツヤツヤとした髪。

 血色の良い卵形の顔を傾げ、きょろきょろした瞳が興味深そうにこちらを見つめていた。

「とう!」

 娘はそういって、勢いを付けるようにその場で一度飛び跳ねたかと思うと、まるで、飛び立つ飛行機のように姿勢を低くして、耕祐の前まで一直線に走り寄った。

「な・に・してんの?」

 娘は妙なアクセントで語りかけると真っ直ぐに耕祐の顔を覗き込む。

「迷ったの・かなぁ?」

「う……」

 何か屈辱的な物を感じて耕祐が口ごもった。

「迷った・んだよねぇ」

 耕祐は目を反らして小さく頷いた。

「ここに来てから?それとも、その前から?」

 娘の言葉に耕祐はハッとした。

 そうだ。

「ココハどこだ?」

 娘に尋ね返す。

「リンだ・よ」

 娘が唐突に答えた。

 答えた?何に対して?

 一瞬後、その言葉は何の答えにもなっていないことに気づく。

「はぁ?」

「私の名前」

 リンだと名乗った娘はそういって、少し腰を屈め、右手に何かをつまむ格好をしたかと思うと小さく振って見せた。

「りん、りん、りん。鈴の音色だ・よ」

「聞いてない」

「だ・け・ど、名乗られた事に悪い気はしないでしょ?貴方のお名前は?」

 リンが尋ねた。

「はあ?訳がわからない」

 耕祐がそういうと、リンはズイっ!っと耕祐に踏み寄った。

「ま・ず、自己紹介しなくちゃ・ね!」

「こ、こうすけ……」

 完全に気迫負けする。

「おおおう!」

 リンが大げさに首をヨコに振った。

 サイドの髪が意志を持つように楽しげに揺れる。

「こうすけ!なんて素敵な名前!きっと、こうすけの『こう』は、幸せという字を書くんだね!」

「いや、ちがう」

 勝手に独りで盛り上がっているリンを耕祐が全力で否定した。

「さらに、さらに、こうすけの『すけ』は助けると言う字を書くんだね!」

 リンの思い込みが加速していた。

「全然違う!人の名前を勝手に……」

「勇者様!」

「はぁ?」

「人の幸せを助けるコウスケ!勇者様に違いない!」

 そう言って、リンは耕祐の腕に抱きつき、そのまま上目づかいで呟く。

「ダイスキ」

「あ、う、いや」

「うそ」

 言うが早いか、リンが今度は耕祐を突き飛ばすようにして腕から離れた。

「な、何だ!お前!」

 体勢を崩し、耕祐が叫んだ。

 裏返った声が泣き声のようで、もの凄く格好悪い。

「だ・からー」

 リンが両手を腰に当てて胸を張る。

「リンだ・よ」

 奇妙なアクセントに優しく張りのある声。

「明日・来るとイイよコ・ウ・ス・ケ」

 あっけにとられている耕祐にリンが声をかけた。

「明日……」

「うん!ここは今日はまだ何も無いの。明日になれば店も開くか・ら」

 リンは耕祐と視線を合わせたままでちょんちょんと後ろにスキップし、彼から離れていった。

「また、あ・し・たオイデ、コウスケ」

 彼女はそういうと向きを変えて走り出し、最初に現れた角を曲がって見えなくなった。

「明日……」

 そう言って、ふっと我に返る。

「ちょっとまて」

 大事なことを忘れていた。

「ここは、ココハドコダ?」

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