邪悪な世と不審な王室

7年後...

都が世子妃せじゃひを迎える催しで活気づく日。

俺は鮮やかに飾られた輿にゆっくりと腰を下ろした。


「...謝那シャイナ様」

声のする方の扉を開けると、ゴン様が微笑みの仮面で俺をみていた。


「父上、私は綺麗ですか?」

「えぇ。...王様も世子せじゃ様もさぞ見惚れることでしょう。」


「...えぇ。」

俺が扉を閉めると、輿が持ち上げられた。


ヨン。」

「...いかがいたしましたか?」


指で耳を貸すように手招きすると、燕は俺に耳を向けた。

「...お前は死ぬなよ。」


「善処します。」


そして...俺は17の歳、王室に"妃"という名の刺客として迎え入れられた。


懐の櫛...妹の血で染められた櫛の背をゆっくり辿り、自分への誓いを心に巡らせながら。




無駄に豪華な宴が済んだ後、俺は自の部屋『徳恕宮とくにょぐん』に通された。


「...謝那シャイナ様。」

「えぇ...」


俺は自分の席に着くと、髪飾りの中に仕込んだ千枚通しを引き抜いた。


王室の門をくぐった時から手が情けないほど震えていて、俺は改めて深く息をすった。


今日が終わればすべてが終わる。

すべて自分の手でと決めていた俺は燕を残したまま裏口から出ることになっている。


「謝那様、どうかご無事で。」

「...。」

俺は燕の肩を優しく一度叩いた。


そして、自分の部屋を出た。


俺が王宮殿につくと、下のものが怪訝そうに俺の顔を覗いた。

「お取次を。」


「下のものが見えませんが...。」

「父上の元に使いを出しています。」


「...はぁ。」

「お取次を。」


俺が睨むと、下のものはあわてて取り次いだ。



「おお、ファンの妃ではないか。」

「今日はお迎えいただきありがとうございます。」


「うむ。さぁ、少し茶でもどうだ。」

「ありがとうございます。...今日はささやかですが、花を持ってまいりました。」


俺はそういいながら紙に包んだ蕾を王と俺の器にそっと乗せた。


蕾は器の茶を吸ってゆっくりと開花した。


これは飾り花と呼ばれるもので、見た目と香りを楽しむ代物だ。


「おお、これは素晴らしい。」

「飲んだ時の香りも素晴らしく、ぜひ披露させていただきたかったのです。」


「ふむ、ではいただくとしよう。」


そうだ...お前は一口飲めば死ぬ。

自らの発作でな。



......。


俺は王室の迎えられる前夜、ゴンの部屋に呼ばれた。

「...これは?」


「"飾り花"だ。ツツジの花には何の作用がある?」

「...わかりかねます。」


「...摂取すれば"心臓を患うものには"凶悪の毒となる...。」

「」

「そして王は重い心臓の病を患っている。」

「ッ!?」


権はニヤリと口角をあげて話を続けた。


「そしてこの飾り花はつぼみのまま干されている。...つまり「毒は濃くなっています。」...そうだ。」


.........


ガタッ


権の言う通り、王は苦しそうに呻き始めた。

「ウッ...、世子妃せじゃひ...そなた...何をした...」


「...いいえ、何も。」

...バタッ


「ただ、あなたの運がここで尽きた...それだけです。」


王を始末した後、俺は王の器から飾り花を取り元のお茶とすり替え部屋を出た。

少し足早に自室に向かっていたその時、


ドンッ

「ッ...ッ!?」

何者かにぶつかって俺は思わずそいつを睨み上げた。


そのぶつかった相手は、


「...あなたは...ッ。」

煌の弟君のセンだった。


俺は慌てて目をそらしてその場を後にした。

あれからヒヤヒヤした心持ちのまま、徳恕宮についた。



寝室には、案の定煌世子ファンせじゃが眠りについていた。


隣接した机には睡眠薬が入った酒が置かれ、器は情けなく倒されていた。


「煌...今日がお前の命日となる。」

俺は小さく囁きながら、袖口に隠していた千枚通しを手首から手元に向けて下ろした。


持ち手の底に親指を添えると力みすぎた親指の肌の色がなくなった。


俺は大きく深呼吸をした。

千枚通しを持った手は小さく武者震いを始めていた。


...やっと...やっとこいつを手にかけることが出来る...。


心臓は大きく高鳴っていた。


俺は痺れるような興奮をかみしめた歯で抑えて、煌の寝床に膝をかけた。


寝床が思いのほか深く沈んだが、当の本人はそれ以上の深い眠りについているのかびくともしない。



俺は煌の体に跨って、手に持った千枚通しを天高く振り上げ、体重ごと思いっきり振り下ろした。



ガシッ

「ッ!?」


強く振り下ろしたはずの両腕は片手でがしりと押さえつけられた。


その腕は寝ているはずの煌のものだった。



「やはりお前であったか。」

王室に入って初の煌の声が低く耳に響いた。


俺はその声ではっと我に返り、慌ててその腕をゆすったがファンの手はものすごい力で俺の手を締めあげていた。


「ッ!?」

痛みで一瞬体の力が抜けた俺は、あれよと煌の下に転がされてしまった。


「は、離せッ!!」

世子せじゃの命を狙って“離せ”だと?庶民ごときが笑わせる。」


「何だとッ!?」

俺がギっと睨みつけても、煌は瞬く間も隙を見せない。


どころか、俺の手は床にあった布巾で頭上に縛り上げられてしまった。


口で解こうにも、机の足に腕を引っ掛けられてしまって全く動けない...ッ


「...!?」

「何を驚いている?今日は"初夜"だ。...何をされるか...分かっているであろう。」


煌は語尾を生々しく息で殺しながら俺の帯に手をかけた。


背中に悪寒が混じった汗が流れるのを感じた。


「ッや、やめッ...嫌だッ!!」

どんなに声で抗おうともそのおぞましい手は動きをやめることは無い。


そして俺は荒々しく服を剥がされた。


「なんだ...男ではないか。どうりでで貧相な体つきだとは思ったが。」


「ッ...!」

あまりに自分の不甲斐なさに、俺は我を忘れて叫んだ。


「殺すッ...貴様を殺してやるッ!!」

「この状態で何をしようというのか...。」


...確かに煌の言う通りで、今の俺には武器どころか体の自由すら奪われてしまっている。


俺が言葉を失い睨みつけると、煌はさらに続けた。


「やれるものならやればいい。しかし俺に擦り傷一つつけても、お前には"死"を迎える運命のみだ。」


死…死か…。


「はッ...、煌様こそお戯れが過ぎます。」


「戯れだと?...そなた、俺を愚弄するつもりか?」


もういい...所詮死ぬ身になったんだ...いうべきことをすべて言ってからの方がまだましだ。


俺は憎しみを言葉に乗せた。


「王室のものも、庶民と同じ赤い血が流れる身のくせに、下の者の命の価値を愚弄するとは。」


「ッそなた...」

「その愚かな考えが妹を亡きものにしたと思うと虫唾が走ります。」


煌は眉間にシワを寄せ俺の口調を聞いていたが、無言で部屋を出てしまった。


はぁ...すこしせいせいしたのかもしれない。


俺の目からは涙が溢れ出ていた。


これで...俺も妹の元に行くのか...。

馬鹿げた復讐劇だったな...。


「謝那様!!ご無事ですか!?」

外から焦りが混じった燕の声が聞こえた。


「燕、少し手を貸してはくれぬか?」


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