第27話
夜が明けて早朝、目を覚ましてから一番に辺りを見回すと寝る前と何ら変わった様子は無い事にほっとする。
昨夜は念の為に閂に硬度強化魔方陣を貼り付けて、枕元にLEDランタンなども常備して寝たのだが、身分証明書に刻まれたクラッセン商会の名前が余程効いたのか押し込みや物盗りは入り込まなかった様だ。
アケミ達を叩き起こし、部屋を出て宿屋の中庭で洗顔を済ませると早々に宿を引き払う。
早朝とは言え獣脂ランプに夜の灯りを頼っている様な野蛮な連中は、太陽のおかげで無料で明かりを提供される朝は立派な活動時間であるので、早朝にも関わらず活動している人間は驚く程に多い。
「偽装とは言え、町を出てどこまで行くの? また野宿暮らし?」
溜息を吐きながらアケミがウンザリした顔で袖を引く。
「でもご主人と一緒の野宿は、とても快適ですよ? ご飯も美味しいですし」
折りたたんだリヤカーを背負うヨシエは最近馴染んで来た革のライダージャケットが少し暑いのか、胸元のジッパーを開け放つラフな格好で上機嫌に微笑む。
「まあ、人気の無いところで数日野宿して帰って来るだけだからゆるいキャンプだと思えば良いぞ」
裏書きが追加された身分証明書を町の門番に提示すると、町に入る時とは違ってスムーズに対応される。やはり商業ギルドとクラッセン商会の名前は便利だ。
前の町で痛い目を見た経験から商会との取り引きは警戒していたのだが、今回は少し上手く立ち回れそうだ。
人通りの多い街道も町を離れるにつれ段々と人影がまばらになって来る。
「ヨシエ」
「リヤカーに乗りますか?」
「いや、違う。尾行されているか解るか?」
「さっぱり解りません」
ヨシエは後ろを振り返りキョロキョロと辺りを見回す。
「いや……普通そう言う時は武術を嗜んだ人間が『振り向くな、つけられている』とか『人の気配がする』とか言うもんじゃないのか?」
「そんな都合の良い物はありませんよ? 気配だけでホイホイ察知出来るなら苦労はしません」
ファンタジーに期待をしてはいなかったが、ここまでロマンが無いとガッカリする。
「まあ、良いか。この辺から少し森の中に入って、煮炊きをしても怪しまれない場所を探してそこをキャンプ地とする」
「さっきから言ってるけどキャンプって何?」
「お気楽な野宿暮らしの様なもんだ」
ヨシエに鉈を渡すとガサガサと藪の中に入って行く。藪漕ぎはあまり得意では無いがヨシエが先頭で鉈を振るってくれているので、多少は楽に歩けるのが救いか。
暫く歩き続けると崖に突き当たる。崖沿いに歩いているとポッカリと口を開く洞窟らしき物の入り口が見えて来た。
洞窟の入り口は縦横に二メートル程の余裕が有り熊が一休みするのには格好の隠れ家に見えた。
「あそこで野宿しませんか?」
見えていたが見えない振りをしていた洞窟の入り口を指差すヨシエ。
「じゃあ、ヨシエが先に入って中に居る獣を退治して来てくれ」
「入り口近辺は獣道や不自然に踏み倒された草木もありませんし、大丈夫だと思いますよ?」
「わかった。偵察して来てくれ」
頑なに入る事を拒む俺を置き去りしてヨシエとアケミが洞窟探検に向かってしまった。
入るのは嫌だが、置き去りにされるのはもっと嫌なんだよ! 察しろよ!
洞窟の入り口で置き去りにされて一人きりになった俺は、何をするでも無く座り込んでいる。時折『ガサガサ』と揺れる草木に身を震わせながらヨシエから奪い取った鉈を油断なく構えている。
見えない敵がいる様な気がして、ハッタリをかまして見る。
「いるんだろ? いい加減出て来たらどうだ?」
一度は言ってみたいセリフの一つだが、これに引っかかって出て来られてはたまったもんじゃ無い。
ガサリ
一際大きな音を立てて茂みが揺れる。
「マジかぁ……」
こんなアホなハッタリに引っかかって出て来るとは思わずに頭を抱えてしまう。
茂みの中でも赤く光る瞳がこちらを睨みつけているのが見えている。頭の大きさはバスケットボールよりもやや大きめ、体全体の大きさはセントバーナードの二倍はあるだろう。
苛立ちから後ろ足が地団駄を踏む様に地面を蹴りつけているが、その音がまるで地響きの様に辺りにこだまする。
何人の生き血を啜ったのだろうか、黄ばんだ大きな牙が口元から覗いて見える。
終わった……
まさかこんな所で魔獣に出くわすとは……
何か、何か無いのか? 魔獣を殺すアイテム、殺さなくても撃退出来るアイテム……圧縮ガスの力で途轍もなく大きな音が鳴るエアフォーンは、荷物持ちであるヨシエが背負う背囊の中だ。
新たに購入しようにも目を逸らすと殺られるに違いない。
こんな事なら毒とかエアフォーンとか武器とかバーチャルダッシュ登録しておくんだった!
後悔が思考回路を駆け巡り、思考の海が後悔で埋め尽くされて起死回生の一手が耳の穴からボロボロと音を立てて零れ落ちる。
こんな時なんて言うんだっけ?
ああ、そうだ……
「オワタ」
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