第24話
静まり返った練兵場で青ざめた顔色の冒険者達が俺を見る。
何故俺を見る?
「あー、ヨシエ。そろそろ休憩したらどうだ?」
「はい」
ヨシエは今まさに振り下ろそうとしたバールの様なものから力を抜いて、先端を地面に突き刺した。
武器を下ろして一息吐いたヨシエを確認して冒険者が数人、ギルドマスターの下へと駆け寄って止血作業を始める。汚い布を太腿に巻き付けて鞘付きの剣でギリギリと締め上げる度にギルドマスターの口から呻き声が漏れているのが聞こえてくる。
地面にうずくまる試験官の方は、折れ曲がった腕を力任せに引っ張って、鞘に収まった剣を添え木代わりに簡易的なギプスを作り上げる。流石は荒事専門集団。応急処置の手際の良さは眼を見張るものがある。
ギルドマスターは千切れかけた右膝から先を懐から取り出したナイフで躊躇なく切り離すと、少し名残惜しそうに見つめてからゴミを放るかの様に放り投げた。
「試験結果は文句無く合格だ。合格どころかおれがこのザマだからギルドのエースとして扱わせてくれ」
若干青ざめた顔色のギルドマスターがこちらに向かって爽やかな笑顔で親指を立てて来る。
「いえ、お断りします。最初はこちらのヨシエを冒険者ギルドに登録をして、私専用の護衛任務に常駐させようかと思いましたが、冒険者ギルド自体がこの体たらくではヨシエの格が落ちてしまいますな。私設の専属護衛を連れて歩くと冒険者ギルドからの嫌がらせがしつこいかと心配しての今回の登録だったのですがね」
商人が私設護衛をあまり付けないのは、こいつらクズ冒険者が頻繁に嫌がらせをするのが原因である。私設護衛が横行する事によって冒険者の仕事が減ってしまう事を懸念して、営業活動の一環として私設護衛への嫌がらせまたは、法の目が届かない場所においての私刑や始末は暗黙の了解である。
「なんだと! こらあ!」
痛いところを突かれると直ぐに大声をあげて空気を変える。それでも黙らない場合は暴力か……
どこも変わらないな、やっている事は全く変わらない。
クズばかりでホッとする。
思わずニヤリと表情に出てしまい、大声をあげたチンピラ冒険者の琴線に触れてしまったのだろう。チンピラ冒険者が俺の襟首を掴み上げて今にも殴りかかろうとしている。
殴るか殴らないかは後ろにいる上司の指示なんだろう? あまりチラチラ視線を動かすと「指示待ち」だってバレるぞ。
何度も見て来た場面。
何度も聞いて来た場面。
俺はポケットからアケミの書いた魔方陣の紙片を取り出して、周りの冒険者達に見えない様にチンピラ冒険者の腕に貼り付けて手で隠す。
「起動」
周りの喧騒に掻き消される様な小さな声で魔方陣を起動させる。
この町に至るまでの数日間はただ遊んでいた訳では無い。魔方陣の真価を見極めるのに費やした数日間と言っても良いだろう。
アケミの拙い魔方陣講義では有用な魔方陣が一つも無い様に思えてしょうがないと思った俺は、現代アイテムの白い紙と油性ペンを使用して一つ一つ検証する事にしたのだ。結果導き出された答えはアケミの説明を凶悪化且つ大袈裟に解釈した様な結果がもたらされた。
例えば今チンピラ冒険者の腕に貼り付けた魔方陣はアケミ曰く「洗濯物が乾く魔方陣」なのだが、実際には洗濯物は関係無く物体の水分を強制的に蒸発させる魔方陣であった。
切り出したばかりの木片に使用すれば数秒でカラカラに乾いた上等な薪へと変貌を遂げ、野原に咲き誇る花々に使用すればポプリやドライフラワーに、生命力あふれる生きた生物に使用すれば……
「ひっ……離せ……暑い……熱い……」
チンピラ冒険者の身体中から湯気が立ち上り、眼球に皺が寄っていく。
みるみる肌がヒビ割れて、俺に腕を掴まれたままその場で嘔吐を始める。
「停止」
小さな声で魔方陣の停止を命じて、掴み上げていたチンピラ冒険者の腕を解放すると同時に、貼り付けていた魔方陣の紙片をポケットへとしまい込んだ。
「興奮して熱くなりすぎたか?」
問い掛けてもチンピラ冒険者は答えずに地面に座り込んで痙攣を繰り返すだけである。
冒険者達の視線は明らかに俺が何かをやったと理解しているが、どうしてこうなったのかは誰一人として理解していないので、俺を直視する事も視線で指示を出される事も拒否して、地面に這いつくばる生きたミイラを眺める事しか出来ない様だ。
「どうしてもギルドに加入させたいのか?」
何も握っていない掌をゆるりと向けると向けられた数人は地面に伏せて、残りの数人はその場から走って逃げ出して行った。
「どうしても加入して欲しいと言うのなら、考えを改めた方が良いのか? ギルドマスターよ」
飛び切りの営業スマイルでギルドマスターに問いかけてみる。
「いや……加入するのは勘弁してくれ、お前らが加入したらうちのギルド員が全員逃げ出しちまう」
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