第4話

 彼女の名前はアケミ、もっと長い感じの名前だったが最後の方のアケミしか覚えられなかったからアケミと呼ぶ事にした。

 物凄く不服そうな顔をしていたが渋々アケミと呼ぶのを受け入れた様だ。


 アケミは幼少の頃より瞬間記憶能力と言う特殊な能力を持っており、それを見込まれて紋章士にスカウトされたらしい。


 瞬間記憶能力を駆使して師匠筋である紋章士の下で学んではいたが、記憶能力だけは優れたアケミはうってつけの便利なグーグル扱いを受け、ありとあらゆる紋章を覚えさせてくれた見返りに歩く紋章経典として生きて来たらしい。


 重たい紋章経典を山程抱えて歩く紋章士にとって、歩く紋章経典のアケミの存在はそこそこ脅威であったらしく、紋章士達の取り決めによりアケミが独り立ちをする為に必要な紙やインクなどの小売を制限されてしまい、ついフラフラと怪しい行商人の口車に乗って全財産を溶かしてしまったのが今の状況だった。


「一緒に幸せになりましょうって言ってたのよ、あの行商人!」


 まあ、この世界の紙の質を聞くところによると、真っ白な紙なんて物は全く存在しない物であり、色が濃くて滲まないインクなども存在しないので、経典に書かれている威力の一割も再現出来れば拍手喝采らしい。


 アケミの故郷や家族の事は


「人が話している最中に気持ちよく寝てんじゃないわよ!」


 って言われたところは覚えている。


「それで、現在絶賛行き詰まり中の荷物持ち風情の俺相手に隷属魔方陣を派手に使用したわけだ」


「う……」


「しかもおっぱい丸出しで」


「う……」


 すっかり夜が明けて明るく降り注ぐ太陽の下で昨日の事を思い出したアケミは、その場で顔を真っ赤に染め上げながら崩れ落ちる。


「さしあたってだが、その魔方陣とやらを使わないとヤバイ状態ってのが、荷物運びの依頼が自動キャンセル扱いになる翌日の昼まで、すなわち今日の昼までにアケミが荷物を運べる状態にしなきゃいけない訳だな」


 依頼主が約束の時間を一日経過して現れなければ、手ぶらで街に戻っても依頼主が事前にギルドに預けてあるキャンセル料金が俺達に支払われる事になるので問題は無いが、問題は依頼主が現れた場合だ。

 昨日あれだけ強気に出ていたアケミは、魔方陣によって荷物を軽くする事を念頭において強気に出ていた訳であり、頼みの綱である魔方陣が無ければまったくの足手纏いである。


「だから紙とインクを出してくれれば……」


「そんな目立つ紙とインクを出して街中を凱旋でもした暁には、速攻で商会の地下にある拷問部屋に御招待だ」


 この山の中までは監視の人間は付いて居ないと思うが、街の中ではチラチラとこちらを伺う尾行者いる。


 せめて魔方陣が見つからない程に小さく出来れば……


「なあ、ちょっとこれに書いてみてくれ」


 俺はネット通販で七センチ角の糊付きメモ帳を購入して、昨夜に購入した油性ペンと一緒にアケミに渡す。


「ふおおお! これは白い!」


 アケミは俺からメモ帳を取り上げると地べたにうずくまって魔方陣を書き始めた。


「ふぅ……」


「書けたか?」


「ダメね」


「……」


 アケミ人生終了のお知らせ


「魔方陣の真理はどうした?」


「違うのよ、この筆なんだけど、一定の太さを保つにはあたしの筆よりも性能が良いんだけど、この筆先よりも細い線や文字を書こうとすると途端に難しくなるのよ」


 まあ、普通の油性ペンはそれが普通だし、それが良しとされているからな。


「その筆尻にある蓋を外して見ろ」


「筆尻の蓋? ふおおおお!」


 俺が渡した油性ペンは太字用と細字用のペン先が両端についている物だったので、呆気なく問題は解消された様だ。


「こ、こんな小さく精度の高い魔方陣なんて初めて……」


 自画自賛するアケミは自分の書いた魔方陣をウットリと眺めている。


「なあ、アケミ。その筆お前にやるからこのまま居なくなっても良いんだぞ」


「……」


「………………………………」


「嫌よ。貴方について行く」


 随分沈黙が長かったが……


「まあ、好きにすれば良い。ああ、後言い忘れたがな、その筆は一週間も使い続ければインクが無くなってゴミになるから、書けなくなったら必ず火に焼べて原型を残さない様にしとけよ」


「使い捨てなの?!」


「使い捨てだ」


 アケミは真っ青な顔色でその場に倒れ込むと心臓を押さえながら荒い呼吸をしている。

 過呼吸か?


 さてそんな些末な事はさて置き、魔方陣とやらの実験だ。


「些末な事って何よ! すっごいイジワル!」


 重さの軽減と言うが、どの程度の軽減が可能なのか。

 効果時間はどれくらいなのか?


 何か手頃な重そうな物は無いかと辺りを見回していると、アケミが一抱えはありそうな大きな岩を抱えて走って来る。


「凄い! 凄い! 二割三割どころじゃ無いわよ! 九割以上軽減されているわ!」


「……どうやって持って来た?」


「重そうだったから魔方陣を貼り付けて持って来たわよ? あ、糊があらかじめ着いているって便利ね!」


 大きな岩にはアケミが先程書いた魔方陣が無造作に貼り付けてあるのが見える。


 ぺらりとメモ用紙を剥がして、大きな岩を押して見るがビクともしない。これをあのアケミが抱えて持って来たとは信じられないな。


 もう一度大きな岩に魔方陣の書かれているメモ用紙を貼り付けて持ち上げて見る。


 グキ!


「こ……腰が……」


「馬鹿ねえ、魔方陣を貼り付けただけじゃ起動する訳無いじゃない。起動コードを唱えなきゃ」


 アケミが俺の貼り付けたメモ用紙の上に手を乗せて、起動コードを呟いた。


「動け」


 雑な起動コードだな……


「何よ? キチンと動くんだから良いでしょ?」


「それって俺が唱えても魔方陣は動くのか?」


 起動中のメモ用紙を剥がして再度大きな岩に貼り付ける。


「音声認識の起動コードだから平気な筈よ?」


「動け」


 起動しているらしい魔方陣を信じて大きな岩に力を込めるとアッサリと持ち上がり拍子抜けしてしまう。

 目を瞑って持ち上げる感触から重さはゼロではなくて、強いて例えるなら同じ大きさの空のダンボール箱と言うところだろうか?


「凄いな」


「でしょう?」


 得意満面に笑みを浮かべるアケミに軽くイラっとしたが、荷物持ちの仕事で一番ネックとなるのが重さである。その重さが九割軽減されたらそれはただの散歩だ。


「じゃあ一応保険も兼ねて同じ魔方陣を十枚書いて、お互い五枚づつ持っておこうか」


「任せておいてよ!」


 紋章士が持つ御粗末な筆ではなくて、俺が取り寄せた極細ペンだと何処までダウンサイジング出来るのか、真っ白な紙だけじゃなく真っ白な物に書き込む場合はどうなのか、少し楽しくなって来た。だけどまずは金だ。金が無ければ俺の能力はまるっきりの役立たずである。

 少し考えて見ようか。


「あ、なんかすっごい悪い顔をしてるわね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る