8 ingoce isxurinas i+sxuresi erig! ingoce isxurinasma i+sxuresi yeg!(偽のイシュリナス騎士だ! 偽のイシュリナスの騎士がいた!)

 とはいえ、こちら側はさすがに誰もが、本物のイシュリナス騎士団の登場に圧倒されているようだ。

 仕方がない、と思いながらモルグズは疾駆しつながら、ノーヴァルデアを振り回した。

 彼女を本気で使ったときの強さはほとんど出鱈目だ。

 まず最初の騎士の胴体を、鎧ごと切断した。

 下半身だけになった騎士を馬が乗せながら走るさまは、悪趣味すぎる笑い話めいている。

 次に、馬の首ごと、下からまた騎士の鎧も一緒に、耳障りな金属音に耐えながら切断した。

 馬と騎士の体から吹き出す真っ赤な血を避けながら、三人目の騎士を、今度は横から突き刺していく。

 板金の鎧をぶったぎるというのは、実際にはこうした魔剣でもないと不可能だろうが、幸か不幸が、切断された勢いで高速で回転した敵騎士の上半身が、四人目の騎士にぶつかり、その勢いで相手が落馬した。

 厭な音とともに騎士の首が妙な確度で曲がったのは、こちらとしては幸運なのだろう。

 あたりの建物から、なにが起きているかわからない、といった感じの悲鳴や絶叫が聞こえてくる。

 みな、鎧戸の隙間からちゃんとこちらを見ていたのだ。

 ただ、イシュリナシアの魔術師たちも馬鹿ではない。

 そろそろ「最も効果的な反撃」がくるだろう。

 その考えた瞬間、まわりからさまざまな魔力めいたものを感じた。

 単純な魔術攻撃ではない。

 一見すると、何も変わっていないようにみえるが、後ろを振り返ればなにが起きたかは一目瞭然だった。

 ついさきほどまで「イシュリナス騎士団だったものたち」が、いまでは本来の姿にしか見えない。

 つまり、いまのはティーミャがかけた幻術を、解呪する類のものだったのだ。

 また、建物のなかの「観客」たちがどよめく。

 そこで、モルグズは大声で叫んだ。


 erig ingoce isxurinas i+sxuresi ! ingoce isxurinasma i+sxuresi yeg!(偽のイシュリナス騎士だ! 偽のイシュリナスの騎士がいた!)


 この状況では、誰がなにをしているかも見ているものにはよくわからないだろう。

 それで、構わない。

 イシュリナスの騎士たちは、確実に怒る。

 予想通り、自分たちを騙られた騎士たちが、突撃姿勢をとった。

 お前たちの弱点は、その単細胞さにある。

 そう思いながら、モルグズは冷静に呪文を唱え始めた。

 いままでこの世界では、誰一人として真の意味で習得したことのない呪文を、ノーヴァルデアで増幅して詠唱する。


 zamina: reidu vi:do!


 おそらく、その死の嵐に巻き込まれた者たちにも、なにが起きたかわからなかっただろう。

 数十騎のイシュリナス騎士団の騎士たちが、あまりにも強大な死の力の渦に巻き込まれて、馬上で力尽きては石畳の上に落ちて、虚しい金属音をたてる。

 馬が死ななかったのは、モルグズが対象印をreidu、つまり人に絞り、人だけが死ぬように精神集中していたからだ。

 もはや、この光景を見ていたものたちにとっては、なにが起きているかも理解不能だろう。

 彼らが意識にやきつけられた事実は、二つだ。

 まず、偽物のイシュリナス騎士がエルナス市内を徘徊して、一般市民を殺している。

 そして、本物のイシュリナスの騎士とおぼしきものたちが来ても、奇妙なことに一瞬で、みんな殺された、ということである。

 これでもう、ある意味、充分すぎる。

 外出すらも規制されているいまのエルナスの都では、噂は伝わりづらくなっている。

 だが、これだけ衝撃的な光景を見せられた人々の心理的動揺は、かなり大きいはずだ。

 メディルナ街道という大通り沿いなので、少なく見ても数千人は目撃者はいる。

 ただでさえいまのエルナスの人々は、突然の得体の知れない病で恐怖し、冷静な判断力を失っている。

 モルグズが仕掛けたのは、一種の情報戦だ。


 isxurinas zersef aklowa leksuyama wo+gamozo!(イシュリナシア寺院は王国の支配を狙っている!)


 唐突に、そう叫んだ。

 ここまでくれば、それが事実か否かは問題ではない。

 自分たちの生存が脅かされたとき、人が求めるのは「安心」である。

 だから、王家は善玉にした。

 そして、イシュリナス寺院は悪玉にした。

 おそらく、ひそかにイシュリナス寺院は王国内でも反感を買っている。

 それがモルグズの予想だった。

 イシュリナス寺院はあくまで王国の守護神のはずなのに、もし彼らが不祥事を起こしたりすればどうなるか。

 いままでのイシュリナス寺院の体質から見て、それなりに正義の神を嫌っている者もいるはずだ。

 ふいに、誰かが、建物の窓を開けて叫んだ。


 fov leksuyama fingozo!(我は王国の栄光を求める!)


 幾つもの窓が開けられ、同じような言葉が聞こえてきた。


 fov leksuyama fingzo!(我は王国の栄光を求める!)


 彼らは、なにも悪いことは言っていない。

 王国の民が自国の栄光を求めるのは、当然のことである。

 民衆の巧妙さは「彼らはイシュリナシス騎士団や寺院の悪口を一言も言っていない」ところなのだ。

 良くも悪くも、これが人である。

 身分制社会のもとで、特定の宗教勢力に反対するのは、ある意味ではとても勇気のあることではあるが、自分の責任を回避することは忘れない。

 予想以上に、うまくいった。

 エルナスでは、これから反イシュリナス感情はどんどん高まっていくだろう。

 あとは情報をうまく操れば、この病もイシュリナス寺院が王家から実権を奪うために仕込んだ自作自演、くらいまではいけるかもしれない。

 民衆は愚か、というのは簡単だ。

 いまもモルグズは、イシュリナスの正義の尻馬にのった彼らを許してはいない。

 ならばせいぜい、彼らを利用させてもらおうではないか。

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