7 ers sxiw.(静かだ)
ある意味では、助かったともいえる。
レクゼリアの望みは、決してかなわない。
もし本気でそんな馬鹿なことをすれば、彼女は確実に神罰をうける。
ウォーザは気性が激しい神のようなので神罰も苛烈だろう。
笑い事ではなく、空から雷に打たれて殺されることもありうる。
間もなく、夜が明ける。
これからどうするか。
(やあ、元気かい)
ナルハインの声ならざる声がいきなり頭のなかで鳴り響いた。
だが、こころなしか向こうは妙に声が沈んでいるような気がする。
いつもいい加減かつ得体の知れない神だというのに。
とてつもなく厭な予感がした。
(残念ながら、その予感は当たりだ)
まさか、もうノーヴァナスを殺せず、ゼムナリアの思惑通りになる、というのだろうか。
(いや、そうじゃないんだけど……はっきり言おう。君次第だ。君の考えによっては、そうなる)
なぜいまさら、そんなことを言うのだろう。
ノーヴァナスを殺せば、一時的にイオマンテの混乱は収束し、大規模な破滅からこの地は逃れられるのではないのか。
(いや、だからそうなんだけど……昨日、イシュリナシアからイシュリナス騎士団の特使がやってきたりのは知っているよね? 彼らは、君を拘束するつもりだ。もうノーヴァナスともそれで話はついている。つまり、いまはぐずぐずしている暇はないんだけど……)
いつになくナルハインの物言いが歯がゆく思えた。
(つまり、俺にどうしろってんだ)
(なるべく早く、ノーヴァナスを殺すべきだね。死の魔術印で。反ノーヴァナス派は、君に味方してくれるだろう。ただ……いいかい、くれぐれも敵と味方を間違えないでくれ)
(どうやって区別するんだ)
(君を守ろうとしている奴は間違いなく味方だ。ただし、彼らは君にとって耐えられないことをするかもしれない)
やはりナルハインらしくない。
(一体、なんなんだ。お前は神だろう?)
(そうだね。だからこそ、ときおり人間というものが本当に僕は怖くなる。ユリディン寺院はとんでもないことをした。だが、間違えないでくれ。君の敵が誰かを。おそらく、反ノーヴァナス派は意図的に五芒城の警備を解く。結界も。そして、誰かがノーヴァナスの居場所がどこなのか、なにかの形で、教えてくれるだろう。ただ、わかってるね。『絶対にここに災厄の星を落としちゃいけない』)
そんなことをすればクーファーが復活するのだから、当たり前だ。
なにをナルハインは心配しているのだろう。
(とにかく……何度でも言う。敵を間違えないで欲しい。まずいな。そろそろおっかないおばさんが僕の邪魔をしてきた。あとは頼むよ、本当に君だけが頼りなんだっ!)
いきなり声はやんだ。
一体、なんだったのだろう。
おっかないおばさんというのは、まず間違いなくゼムナリア女神のことだ。
さすがにナルハインにも直接、妨害をしてきたらしい。
つまり、あちらはあちらで本気だ。
少なくとも、このセルナーダの地の命運が自分にかかっていることだけは、馬鹿馬鹿しいが確かなようだ。
魔剣ノーヴァルデアの力はもともと闇魔術師を増強するのが、本来のものだ。
そしてすでにモルグズは一度、地球で死んだ身であり、おそらく真の意味で死の魔術印を習得した、唯一の者である。
禍々しい力も、ようは使いようだ。
いまさら救世主を気取るつもりもない。
こんな邪悪で、情けない男にそんな役は似つかわしくない。
むしろ、自分は災いなのだ。
たまたまその災いがノーヴァナスという圧制者に襲いかかり、皮肉なことに人々は救われた。
それだけの話にすればいい。
いまの自分を見れば、きっとヴァルサも誇らしく思うに違いない。
そんなことを考えながら、魔剣を背負うと、ノーヴァルデアが嫉妬したように震えた。
お前のこと、ちゃんと愛しているよ。
また娘に怒られた父親になった気分だ。
ようやく、スファーナやレーミスたちも目を醒まし始めた。
まだ外は夜明け前だが、すでに行動に移ったほうがいろいろと楽だろう。
みなで干し肉などの携帯食料を食べたが、さすがに誰もが緊張している。
今日、これから何が起きるかわからない。
自然と口数も少なくなる。
土壇場で、彼らが裏切る可能性は、依然として存在する。
スファーナもレーミスもエグゾーン女神の尼僧と信者、そしてレクゼリアもエィヘゥグもウォーザの尼僧と信者である。
ある意味では、彼らは「見張り」でもあるのだ。
それでも、人間としてはレクゼリア以外は、信用できる気がした。
エィヘゥグがレクゼリアのことを監視しているようだが、もし神託が訪れたら状況は変わるかもしれない。
さらにはナルハインがイシュリナス騎士団やユリディン寺院がどうのこうのと、あの神にしては奇妙なほどに焦っていた。
また反ノーヴァナス派も、これからなにか理由があって掌を返すかもしれない。
つまり、本当に信じられるのは自分だけだ。
悲しい話だが、ノーヴァルデアでさえ、ゼムナリアの尼僧なのである。
加えて自分のなかもリューンヴァスも、また覚醒するかもしれないのだ。
あまりにも不安定な状況であり、四面楚歌もいいところだ。
だがいまのモルグズは妙に落ち着いていた。
とはいえ、これいわゆる「嵐の前の静けさ」にすぎないことは理解している。
nediv sxupsefzo.(宿を出るぞ)
その言葉に、一行がうなずいた。
すでに料金は先払いにしてあったので、いまから外に出ても問題はない。
夜明け前のイオマンテの都では、すでに雪はやんでいた。
それでも街路には雪が積もっている。
赤の月アリカと青の月ネシェリカ、そして銀の月ライカの月光が混じり合い、不可思議なわずかに紫がかった雪の姿が見えた。
およそこの世のものとも思えない、幻想的でありながら、どこか不吉な光景である。
ers sxiw.(静かだ)
レーミスはいくぶん、気味が悪そうに言った。
確かに静かすぎる。
雪が音を吸収しているのもあるのだろうが、まるで三万もの人口を持つはずの都市が、いつのまにか廃墟にでもなっているかのようだ。
それでも意識を集中すると、確かに人の気配は感じるのだ。
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