4 morguz! to voksute ci+tsoma la:kazo cu?(モルグズ、お前は苦痛の愛を学んだのか?)

 なかなかに笑えない話だった。

 日に焼けた五十代くらいの胡麻塩頭の男が、ノーヴァルデアを見て苦笑した。


 ers tems foy.era mo:yefe yurin gxafsa.(真実かもしれん。可愛くて賢い女の子だ)


 va erav ned gxafsa.(私は女の子ではない)


 wow,menxav.eto lakfe resa.(おお、それはすまなかった。あんたは綺麗な女性だよ)


 するとノーヴァルデアが、当然だというふうに少し誇らしげに胸を突き出すのを見て、男が苦笑した。

 モルグズの胸にはまた痛みが走った。

 それから、スファーナが男からいろいろと、最近のアルヴェイス川の事情について聞き始めた。

 ネスのほうで流行り病があったらしいが、こちらは特に変わったことはないという。


 aa,sxa:loresi a:mofe veyigi elunhoczo.(ああ、商人たちがやたら石灰を買っていたな)


 このあたりからも石灰を買いつけていたらしい。

 たぶん、石灰が伝染病などの消毒に有効だという知識は、このままセルナーダの地に伝わっていくだろう。

 だが、他の地球からの知識をこの世界に与えることはあまりよくないかもしれない、とモルグズは考えはじめていた。

 新しい知識や産物は、一時的な幸福をもたらすが、それが原因で思いもよらぬ大惨事が引き起こされることがある。

 アイルランドで起きたジャガイモ飢饉などがこの例にあたる。

 もともとアイルランドは土地が貧しかった上、イングランドの支配をうけていたため人々の生活は苦しかったが、新大陸からジャガイモが入ってきてから、食用として人口の三割がジャガイモに依存するほど麦類からジャガイモに作物を切り替えた。

 ジャガイモ栽培によってヨーロッパの人口は激増する余裕ができたのだ。

 ところがそれから遅れてジャガイモの疫病が新大陸からやってきた。

 ジャガイモ類が一気にこの病にやられた結果、大飢饉が発生したのである。

 さらに当時の統治者であったイングランドの政策の失敗で、アイルランドは大量の餓死者を出した。

 こうした例は人類の歴史にはいくらでもある。

 特にこのセルナーダの地では、すでに魔術と法力の存在のために技術の進展度が地球のそれとはかなり違っている。

 さらに新しい要素を持ち込めば、事態はより複雑になり、想定外の出来事が発生する可能性が高い。

 たとえば魔術師たちの実験の失敗でアルグが病原体への耐性を得たようなことが、モルグズが地球から持ち込んだ知識が原因で起きかねないのである。

 化学肥料はかなり高度な技術を必要とするので無理だが、モルグズも簡単な肥料の作り方やその原理などは知っている。

 もしそうしたものが広まれば、人々の暮らしが豊かになるかと言うと、そうとは限らないのだ。

 大量の作物が「出来すぎた」場合、農作物の価格が下落し逆に農民が飢える、ということもありうる。

 さらに魔術や法力、神々の存在を考えると迂闊なことはしないほうがいい。

 知識は使い方しだいで、薬にもなるが毒にもなる。

 だが、ネスファーディスはさすがにそこまでは理解していないのではないか、という気がする。

 彼は石灰の一件でさらにモルグズの知識を重要視し始めているはずだ。

 あれだけヴァルサを殺した人間どもを殺してやると息巻いていたのに、今更、なにを考えているのだろう。

 実際、ネスの街で自分がしたことは、ただの大量虐殺以外の何者でもないのだ。

 ふとさきほどの幻覚を思い出した。

 あれはひょっとしたら、幻覚ではないのかもしれない。

 なにしろ一万人が苦しみ抜いて死んだのだ。

 それだけの人間の怨念が、呪いとなって襲いかかってこないほうが、むしろ不自然かもしれない。

 普段は魔術の才能などないと見なされている人間でも、実は多少はそうした力を持っているとしたら……。

 モルグズは、笑った。

 自分の存在も、知識も、なにもかもがこの世界にとっては災厄かもしれないのだ。

 そんなことを考えているうちに、スファーナにいきなり顔面を平手で叩かれた。

 あいかわらずこの三百歳を超える「少女」の行動は、無茶苦茶である。


 eloto ci sa:mun sulfinizo cu? socum lepnxa:r u:tusle.aboto no:valdea era te+jis cu?(悲劇的な物語は楽しめた? さっさと現実に戻ってよ。ノーヴァルデアが大事じゃないの?)


 その通りだ。

 すでにヴァルサを失っている。

 たとえこれがある種の依存であるとわかっていても、ノーヴァルデアがいるからいまの自分は生きていられる。

 いつまでも悲劇の主人公ごっこをするのも、我ながらさすがに厭になってきた。

 腹立ちまぎれに、自分で自分の顔を一発、ぶん殴るとノーヴァルデアが意外そうな声をあげた。


 morguz! to voksute ci+tsoma la:kazo cu?(モルグズ、お前は苦痛の愛を学んだのか?)


 とんでもない誤解もあったものだ。


 erv ku+si!(俺は普通だっ)


 興味津々という表情のノーヴァルデアを引き連れながら、スファーナのあとをついて桟橋を歩いて行く。


 malsasma cichobav go.un ers tur malakgos un solf mol.(料金の交渉は済んだ。一人、一日毎に銀貨三枚)


 相場がわからないのでなんともいえないが、生活費が一日銀貨一枚と考えれば、結構、安いのではないだろうか。


 vomova dinta:r pe+sxe era duyfum kimpace foy dog.(ちょっと狭い場所らしいけど我慢してね)


 スファーナに任せたので多少は仕方ないだろう、と思ったが、実際の船倉を見てモルグズは目眩を覚えた。

 どうやらこれから、ヴィンス名産の葡萄酒樽と一緒にしばらく「優雅な船旅」を楽しめそうだ。

 ただし、地獄のように狭い場所で耐える必要はあるが。

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