2 tirev.eto yurin yuridin cedc.(驚いた。あなたはユリディンのように賢い)

 今のイシュリナシアを見る限り、まだそこにまでの段階ではないように思える。

 だがネス伯爵という貴族が率先してそうした技術を用い王国の力の均衡が崩れれば……。

 なるほど、とモルグズは思った。

 ある意味ではこの「地球の知識」はヴァルサと自分の身を守る最大の切り札となりうる。

 ただしそれには相手がこの価値を理解していなければ意味がない。

 思わぬ好機かもしれなかった。

 死の女神でさえおそらく、予想していなかった可能性だ。

 魔術やzertigaに依存していた世界の技術体系そのものをひっくり返せば、大変なことになる。

 そこまで考え違和感があることに気づいた。

 これはあくまで「モルグズのいた異世界がこの世界より技術レベルが進んでいる」ことを前提にしてのことだ。

 そういう世界であればこの知識は宝になる。

 だがまったく別の、この世界とはなにもかも違うところからモルグズが来たとすれば、ただの珍しい話の種にしかならない

 つまりネス伯はモルグズが高度な技術の知識がある世界からきたと「知っている」のだ。

 今のところ、モルグズが地球について話した相手はヴァルサだけだ。

 だが彼女がネス伯たちに秘密を告げたとは考えにくいし、さきほどの心を読んだわけではないという言葉も、嘘とは思えなかった。

 そこで、重要なことを失念していたことに気づいた。


 a:garos ers....(アーガロスだ……)


 その瞬間、ネスファーディスの表情に、初めて変化が起きた。

 可能性は二つ。

 一つ目は、アーガロスが最初からネス伯と通じており、技術がセルナーダより進んだ世界からの人間を呼ぼうともくろんでいた。

 二つ目は、悪霊と化したアーガロスはモルグスとヴァルサの話をいわば盗み聞きしていたが、彼が他の魔術師により「捕らえられ、尋問をうけた」という可能性だ。

 ヴァルサは言っていたはずだ。

 偉大な魔術師の呪文ならアーガロスの悪霊を滅ぼせると。

 ならば、悪霊を捕らえ、その知識を吐かせることも、魔術師には出来るのではないか。

 たとえば、ネスファーディス、もしくはネス伯爵家に飼われている、スィミヴィスとかいう水魔術師であれば。


 jod yuridres tudes a:garosma maghxu:dilzo cu?(その魔術師がアーガロスの悪霊を捕らえたのか?)


 今度は明らかに、一瞬ではあるがネスファーディスの顔に驚愕の色が浮かんだ。

 どうやら、正解だったようだ。彼が自分たちがゼムナリア信者ではないと断言できたのも、アーガロスから事情を聞いていたからに違いない。


 tirev.eto yurin yuridin cedc.(驚いた。あなたはユリディンのように賢い)


 もっともモルグズからすれば、論理的に考えればこれくらいしか解答はなかったのだが。


 yurin dewdalg ers bazce cu?(賢い半アルグは珍しいか?)


 tom tav ers dewdalg foy.gow tom tarmas ta sxu:lu batsos (あなたの体は半アルグでしょう。だがあなたの魂と知識は違う)


 ネスファーディスの思考は中世的というよりは現代人に近いのではないだろうか、とふと思った。

 それでいて、思考には柔軟性がある。

 いままでこの世界に別の世界からの人間は来たことがないという。

 だがネスファーディスはその話を受け入れ、合理的に、異世界の知識は極めて自分にとって有益なものであると理解したのだ。


 bi+fisum yujuv.jen zogvum kozfis eto ti+juce yudnikma reys.tom na:fa ko:rad batsowa voz.eto vel cedc.(正直に言おう。今、あなたが別の世界の人間だと確実に信用した。あなたの考え方は我々と違う。あなたは私に似ている)


 ye:ni vekev ned.(意味がわからない)


 ネス伯は言葉を探しているようだった。


 selna:daresma na:fa rogva re yuridus ta zertigatse.(セルナーダ人の考えは魔術とzertigaでrogvaされる)


 rogva、不定形ならrogvarという動詞は聞いたことがない。

 そのとき、いままで黙っていたヴァルサが口を開いた。


 morguz hayis suyvele.woz ers.suyve cu:lka.cod ers regnar.regnar na:fale.cod ers rogvar.(モルグズが船に乗る。嵐だ。船が揺れる。これがregnar.考えにregnar.これがrogvar)


 いままで何百回もこの手のやり取りを繰り返してるのでヴァルサの説明で理解できた。

 嵐で船が揺れるのは、嵐が船に「力を及ぼしている」ということだ。

 これを意味する単語はregnar。

 そして考えにregnarすることがrogvar、ということだろう。

 考えに力を及ぼす、とさきほどのネルファーディスの言葉の文脈を考えれば、おそらく精神的な物事に「影響する」というのがrogvarの意味だ。

 ネスファーディスの言葉は「セルナーダ人は魔術やzertigaに思考を影響される」と訳せる。

 モルグズは言った。


 selna:daresma na:fa rogva re yuridus ta zertigama ya:tse.(セルナーダ人の思考は魔術とzertigaの「存在によって」影響される)


 ネス伯に足りていなかった言葉を足したのだが彼の顔に再び驚きの色が浮かんだ。

 つまりネス伯は、セルナーダ人は魔術やzertigaが実在することを知っているので、物事を考えるときいつもそうしたものが原因だと思いがちだ、といいたかったのだ。

 さきほどのヴァルサがいい例だ。

 彼女はモルグズが異世界の人間だとネスファーディスが知っているとわかると、即座に「魔術師が心を覗いた」と考えた。

 だが、モルグズは魔術ではなく、合理的な推論の末に結論にたどり着いたのである。

 しかし日常的に魔術やzetigaに囲まれた環境で、そうしたものを排した合理的な思考の価値に気づいたネスファーディスのほうが、むしろモルグズには不気味にすら思えた。

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