13 morguz,tom tarmas ers ti+juce yudnikma reysuma tarmas.(モルグズ、君の魂は別の世界の人間のものだ)

 たぶん彼は、イシュリナス騎士団となんらかの政治的取引をしたのだ。

 なにか自分たちをこうして自らのもとにとどめることに価値を見出したとしか思えない。

 その理由がわからないのが不安だったが、かなりきつい交渉だったはずだ。

 イシュリナス騎士団としては、さっさとモルグズたちを処刑したいはずなのだから。

 ネス伯爵の、はらが読めない。

 そのとき外から足音が複数、聞こえてきた。

 石壁というのは、かなり音を反響させるものらしい。

 それとも意図的に、そういう造りにしているのだろうか。

 とにかく、誰かが近づいてくる。

 いきなり、金属音が鳴った。

 さすがにヴァルサも、目を醒ましたようだ。


 wob ers cu?(なに?)


 モルグズは首を横にふった。

 誰かがやってきたのは確かだが、事態がまったくわかっていない。

 蝶番の軋む音とともに、金属で補強された、分厚い木製の扉が開かれた。

 二人の男が牢獄のなかに足を編み入れてくる。

 一人は、地味な姿の男だった。

 まだ二十代なかばか後半くらいだろうか。

 黒い瞳と黒い髪の持ち主だ。

 すらりとしており、そこそこに整った顔立ちをしている。

 上等な衣服をまとっているので、それなりの身分ではあるのだろう。

 その隣には、鮮やかな青い長衣をまとった老人がいた。

 こちらは小柄で、少し足が悪いのか杖を使っている。

 頭巾を深くかぶっているので、顔はよく見えないが、手などはかなりしわが深い。

 背も若干、曲がっているようだ。


 van fo+sel.(おはよう)


 青年は微笑みながら言った。


 vis erv nesfa:dis.erv nes konrxucs.(私はネスファーディスだ。ネス伯爵だよ)


 さすがにこれには、驚かされた。


 ta ers suymivis.ers nxogce yuridres.(そしてこちらはスィミヴィス。忠実な魔術師だ)


 彼は言わゆる「飼われた魔術師」だろう。

 しかしネスファーディスにスィミヴィスと、なんだか似たような名前で少し覚えにくい。


 moksav re li tuz isxurinas zerosefpo.(私は君たちをイシュリナス寺院からmoksavしている)


 この場合、後ろにreがついているので受動となり「預けられている」といったような意味など推測できる。

 つまり、いま自分たちの運命を握っているのは、一見すると温和そうなこの若き伯爵、ということだろう。

 余計なことをいわずに、ごく簡潔に、この男は自分たちの立場を表現してみせた。

 まずいな、と思う。

 こいつは、予想以上に頭が切れる可能性がある。

 イシュリナス寺院からこちらの身柄を一時的にせよ「奪った」時点で、やはり相当に有能ではあるのだろう。


 gow sxulv eto ned zemnarires.(だが私は君たちがゼムナリア信者でないと知っている)


 なぜ断言できるのか見当もつかない。


 a:garos.maghxu:dil...(アーガロス。悪霊……)


 そう告げると、さりげなくネスファーディスはヴァルサとモルグスの顔を見た。

 突然の言葉にヴァルサは派手に反応している。

 もともと彼女は感情が顔にでやすい。

 モルグズもいきなりなので、自制できなかった。

 だが、そのあとに続いた言葉には絶句させられた。


 morguz,tom tarmas ers ti+juce yudnikma reysuma tarmas.(モルグズ、君の魂は別の世界の人間のものだ)


 断定口調である。

 なぜ、それをこの男は知っているのだ。

 まさかとは思うが、彼はゼムナリア寺院となにか関係があるというのだろうか。

 ゼムナリア女神を目の敵とするイシュリナシアの大貴族が、実は死の女神の信徒だった、というはありえるのだろうか。


 a...melrum erv ned zemnariares.(ああ、もちろん私はゼムナリア信者ではない)


 こちらの考えを、先読みしてくる。

 ある意味では、いままで出会ったどんな人間よりも、この男は危険かもしれない。

 

 jabmito fog ned viz.erv mig we+ce.jativ ci ned artisma varsutse aldeale.(警戒しないで欲しいな。私はとても弱い。剣の腕ではアルデアに勝てないんだ)


 その微笑みが心の底からのように思えるのが、さらに恐ろしかった。

 こいつはとんでもない食わせ者だ。

 あるいは剣の腕は大したことはないのかもしれないが、問題はそんなことではない。

 彼の知力と交渉術、政治力、そして権力が危険なのだ。

 そもそも、このネスファーディスという男、なぜ自分が地球から来た人間だと知っているのだろう。

 アーガロスと悪霊についてはアルデアに話したので、彼が知っていても別におかしくはない。

 だが、いま生きている人間のなかで、モルグズの魂が「別の世界」から来ているのを知っているのは、ヴァルサくらいのものなのだ。


 giminite vam koksazo cu? suyyuridres!(私の心をgiminiteしたのね? 水魔術師!)


 giminiteの意味がわからないが、ヴァルサは明らかに怒っていた。

 そういえば昔、水魔術師は水だけではなく人の精神などに関わる術も使う、とヴァルサから聞いた気もする。

 不定形にするとgiminirとなる動詞で、mが気になった。

 これは「見る」に関係する単語によく使われる。

 たとえば「見張る」はmenor、「見る」はmavirだ。

 さらに語頭のgiがgir「盗む」からきたとすれば「盗み見る」といったようにも考えられた。

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