死に至る病

スズハラ シンジ

第1話 目覚め

 テンポの良い電子音が聞こえてくる。ピッピッっと徐々に遅くなっていく電子音を聞きながら僕は横になっていた。直ぐ側からは良く知った母の声が聞こえてくる。


 ――どうして泣いているの?


 声を出そうとして、息を吸い込む。しかし、まるで自分の身体じゃ無いかのように言うことを聞かない。何度か母に声をかけようとするが呼吸がままならない。

 ならせめて、母の手を握ろうと手を動かそうとする。しかし、手も動かない。そこで初めて自身の身体が全く動かないことに気づいた。指先一つ、目蓋一つ動かせない。

 徐々に電子音が、母の嗚咽が遠くなっていく。


 ――泣かないで、母さん。


 遠くなる意識の中で、そんなことを考えていた。




 線香の香りが漂ってくる。嫌に冷たい感覚を覚えて目を覚ました。顔にかかった布を退け、部屋の中を見渡す。見れば部屋の中は比較的暗く、枕元を見れば仏壇のようだった。

 随分と長く眠っていたのか手足が冷たく、感覚も鈍くなっていた。


 ――誰か居ませんか


 声を出そうとして咳き込む。長い間水分を取っていなかったのか喉が乾いていた。


「だれか、誰か居ませんか……」


 やっとの思いで声が出る。しかし、掠れて消えかかった声に反応する人は無かった。

 よくよく周りを見渡せば決して広くは無いが幾つかのベッドが置かれた部屋だということがわかった。


「何……ここは……」


 ベッドから立ち上がろうとしてよろめく。とっさにベッドの縁につかまろうとするがうまく行かずそのまま地面へと鈍い音を立てながら倒れ込んだ。冷たい床の感覚が心地よい。埃もなく清潔に保たれた室内だとそれだけで感じることができた。


「やっちゃった……っと」


 右手をベッドの縁に掛けて身体を起こそうとする。が、上手く行かない。よくよく見れば、指の殆どが折れ曲がっていた。


「うわっ……」


 思わず息を飲む。しかし、痛みが無い。普通であれば激痛だとひと目で分かるそれは、果たして自身の身体では無いように感じていた。


「今の音はなんだ!誰かいるのか!」


 不意に部屋の扉が開く。中に複数の男女が入ってくる。一様に白衣を纏った男女は僕を見ると目を見開き、口々に奇跡だと言った。

 すぐに僕はストレッチャーに載せられ検査室へと送られた。そこまで来て、僕は自身が一度死んだことを理解したのだった。

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