りっかのせかい

月頼かんな

ぼくはぼくになった

ぼくが左目を開けると、目の前にむずかしそうにぼくをじっと見る男の子が立っていた。真剣な表情でぼくの顔に手を伸ばし、そうして、ぼくが右目を開けると、その男の子はむずかしそうな顔から一転、明るく笑った。

「おとうさん、できたよー! かわいいね」

満面の笑みを浮かべながら、ぼくに名前をつけてくれた。


ぼくたちは、ふつう、形や個体を持たず、雨と呼ばれる雫になって、この世界に訪れては、やがて元の空へとかえっていく。そういうときは、長くこの世界に存在することはできるけれど、世界を見ることはできない。

ぼくは、たけるくんに作られて初めてぼくになって、この世界を初めてぼくの目で見た。

ぼくたちは、光に照らされてきらきら揺らめいている。ぼくを作ったたけるくんの手は小さくて、真っ赤で、やわらかくって、あたたかい。これがぬくもりというのかな。ぼくはあったかいけれど、たけるくんの手はだんだん冷たくなってきた。


人間はぼくたちに触れると風邪を引いてしまう。ぼくには、たけるくんをあたためることはできない。

たけるくんのお母さんがごはんの時間だよとたけるくんたちを呼びにきた。まだぼくと一緒にいたいとたけるくんは泣き出した。

大丈夫だよ。たけるくん、ぼくはまだここにいられるよ。

そう言ったけれど、たけるくんにはどうやら聞こえないみたい。

お母さんと手をつないで、泣きながらたけるくんは帰っていった。

たけるくん、またあした。

ぼくのあいさつもやっぱり聞こえなかったみたいだ。


ぼくのとなりで、たけるくんのお父さんが明日は晴れるけど大丈夫かなと心配そうにつぶやいた。


空がまた明るい水色になって、太陽がのぼって少し経ったころ、たけるくんがやってきた。

「おとうさん、ゆきちゃん、小さくなってるよ? どうして?」

たけるくんのお父さんがぼくたちについて、たけるくんに説明した。でも、たけるくんはよくわかんないとまた泣き出しそうになった。


ぼくは、また空にかえっていく。そういう仕組みでぼくたちは生きている。もう少しだけ、この世界をみていたかったけれど、どうやらもう時間がないみたいだ。

次にこの世界にやってくるときは、きっと違う場所。

でも、もしかなうなら、そのときぼくは「ゆきちゃん」ではないけれど、大きくなったたけるくんに会いたいな。


たけるくん。ぼくに初めて世界を見せてくれたたけるくん。

たけるくん、大好きだよ。ありがとう。

昨日より大きな声で言ってみた。それでもやっぱりたけるくんには聞こえないみたいだったけれど、お父さんとまた雪だるまを作る約束をしてたけるくんは笑顔になった。


ぼくたちはめぐる。ただよう。ふりそそぐ。

右目を閉じて、だんだん世界が消えていく。

そうしてぼくはぼくたちになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

りっかのせかい 月頼かんな @tsukuyorikanna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ