誘拐犯と家出少女

奥多摩 柚希

第1話 ゆうかい

「私を誘拐してください」


 それが、さっき街で寺原に声をかけてきた女の子の言い分だった。彼女は見るからに疲れきっていた。ランドセルがひどく似合っていた。


「俺が誰だか知ってる?」


「知ってますよ」


「テレビで見たことある?」


「五年前に」


「五年前、君何歳?」


「七歳です」


「なんで覚えてるの?」


「なんとなくです」


「供述の内容は?」


「『もっといい生活をさせてやりたかった』。2013年、横浜連続少女誘拐事件の犯人寺原遥はそれだけ言って実刑判決を受けた。自室に小学生4人を連れ込み、15日間監禁した容疑です」


「詳しいね」


「捕まった少女たちは口を揃えて『寺原さんは悪くない』と言っていた。実際に彼女らに暴行を受けた跡は見られなかった」


 女の子は全く視線をそらさない。寺原はその万物をも射抜こうとする眼力に気圧されていた。


「『いい生活』させてくれるんですよね?」


「そりゃ君が小学生のうちはさせてやるさ」


「そうですか。ありがとうございます」


「私に『いい生活』させてください」


「いい生活、ねえ……」


 寺原はそう呟くと、周囲を見渡してから、携帯で地図を提示した。


「きっかり一時間後、ここに来い。その前後五分間だけ鍵を開けておく。そのタイミングでドアを開けろ。早く来ても遅れてもダメだ。玄関の前に待ってるのもダメだ。俺は玄関前の人影はサツと判断するからな」


「わかりました。では」


 女の子はすぐに寺原にランドセルを向けると、どこかに歩き出してしまった。寺原は困惑と感情の昂りを同時に受け止めるためにタバコに火をつける。これが午後三時の話。気持ち早歩きで帰宅した。

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