第4話 「もりください」

東京アダージョ - Tokyo Adagio


東京に住んでもう長い。というより、そこから、出たことがないのだ。

山手線の内側のごく狭い世界だが、、それでも、たくさんの事象を避けては通れない。もう、ずいぶんと以前のことだが、それらが、時間の変遷と共に今の自分に降りかかる。


「もりください」

もう、十数年は以前のことであるあ、渋谷駅地下のお蕎麦屋さんで、次の仕事の合間に早食いをせねばならなかった。

ここは、一応、背の高い椅子もあるが、、、立ち状態に近い姿勢で、食事をせねばない。


「もりください」

自分は、ざるより、50円安価だし、海苔だけだろう、いらないよ、次の仕事で急いでいるし。

「お客さん、今ね、うちね。ざるしか、、扱わないんだけど。でも、いいよ。いいよ。もりにしておく」

「あっ、どうも」 好意に感謝とばかりに頷いた。


「あっ、あれ~、お客さん、海苔かけちゃったけど、海苔嫌いなんだよね。

いるんだよね、そういうお客さんねぇ、わりい、わりいね~」

「あっ、いや、いいですよぉ~」

笑顔で自分は会釈した。 だって、もう、仕方ないだろう。


そして、

私は、、、、苦労して、海苔を残して、食べた。

しかし、それの金額は、当然、ざる、のそれだ。


相手の気持ちに、なるということは大切だが、、、

なんで、こんなこと、しなくちゃいけないんだろう。と、

思いつつ・・・そういう自分が、今更ながらなさけなかった。



今、JR渋谷の駅、地下鉄へつながる、その地下、それから、ガード下に、もう、立ち蕎麦屋は無いようだ。 どうやら、渋谷駅前には、人の情を感じる、清潔感の薄い、狭いスペース、それは、今は通用しないのかも知れない。


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