東京アダージョ - Tokyo Adagio
artoday
第1話 「白梅と白髪の老人」
東京アダージョ - Tokyo Adagio
東京に住んでもう長い。というより、そこから、出たことがないのだ。
山手線の内側のごく狭い世界だが、、それでも、たくさんの事象を見ることは避けられない。もう、ずいぶんと以前のことだが、それらが、時間の変遷と共に今の自分に降りかかる。
「白梅と白髪の老人」
個人映画に8mm映画同好会というものが以前、あった。
このグループの人たちが、
湯島天神梅祭りのイベントの白梅を撮影に来ている、
そう、それは、もう、だいぶ前の事だ。
8mm映画のフィルムを売っていた時代だからだ。
梅祭りのイベントを、あまりに真剣に撮るがばかりに、
仕切りのロープの中に、入ってしまった老人がいた。
主催者側の許可を得て撮録していた放送スタッフは、偉そうにその老人をえらくなじった。
老人は、ただ、口をパクパクして、喘いでいる。
「・・・・・・・」
まだ、執拗になじっている。
「・・・・・・・」
言葉になっていないのだ。今日の日を楽しみにして来たことだろうにと自分は思った、時、、
8mmフィルムの同好会の若者が、「畑中さん、下がった方がいいよ、、」と、周囲に気まずそうに言った。
老人は、方向性がひかれた事に、安堵したようだ。
当時、放送で言えば、16mmフィルムだし、個人映画であれば、8mm映画であった。
正確に言えば、その2つの記録方式にはクォリティに開きが、当時はあるように感じていたが、
それは、今のレベルで考えると、放送規定の枠内の解像度であれば、どうでもよいのだ。
所詮が、白梅イベントを撮影する事は、後から、その虚像(複製)を見るためだろう。虚像から、想像する、、、満開の湯島の白梅・・・・・
ただ、自分は、その老人が不憫でならなかった事だけの思いが残像のように蘇る。
白梅のフォルムは、焦燥感あふれる老人のフォルム以外になにもない。
私の脳裏の肉襞の隙間には、晴天の二月の昼間の湯島の、その残像だけが留まっている。
後から、そのシーンの小型映画の会で見たときに、みんなで微笑むような流れになればよいだろうが。
数十年経って病室で3度目に目が覚めた時、私は、その湯島から、ごく近い大学病院のICUに居た。
沢山の管が取り付けられた、その形相は、後から、携帯電話に送られて来た写真で知った。あの時の老人が、そこにいた。
映像は、虚像でしかない。あたかも、本物のような・・・
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