勇者だった僕へ そして 魔王になった僕へ

三上 真一

第1話 魔王が死んだ日

「殺さないで!」

魔王「リルド」を前にして、仲間のひとり「魔法士」マラーナが叫ぶ。が、俺は止まらなかった。人間たちを苦しめ、貧しい人たちから金を収奪し、仲間を殺し、世界を混乱と邪悪で積め尽くそうとしたこの悪魔を、これ以上、許すわけにはいかなかった。それに、なんでこいつを生かして国に連れて行く必要があるのだ?そうしたら、俺が今まで経験した、恐怖や苦しみを、誰にぶつければいいのだ?

「早く!このふざけた悪魔たちを返り討ちにする奴はいないのか!余の命を助けた者には、一生暮らしていけるくらいの報酬を与えるぞ!」

魔王は、叫んだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

俺は、来るはずのない味方を待つ魔王を、軽蔑の刃で見つめた。もうすでに、自分自身の手で味方を殺し尽くしたあとに、誰が助けに来るというのだろうか?

「リスク!やめて!」

マラーナが、僕の名前を呼んだ。そして僕はその声に宙に浮いていた僕の意識が、自分の肉体に戻るきっかけであった。

「・・・・・・・・・・・・・・」

そして俺は、いつのまにか魔王の心臓に、自分の剣を押し当てていた僕自身に、気がついた。

「・・・・・・・・・・ガフッ・・・」

本当にあっけない、幕切れであった。魔王との距離をいつの間にか詰め、魔王の心臓に剣を突きたてたのに、リスクは数秒とかからなかった。それは天性か、才能か。魔王は悲鳴の代わりに、鈍い声と血を口から吐き出して悶絶していた。魔王の胸を切り裂いたリスクの剣からは、真の赤い血がゆっくりと流れ、剣の上を伝線しているのが、わかった。

『こんなやつでも、血は、赤いんだな』

リスクは、声にならない声を、心で吐き出した。

「フッ、そうだ」

「!?」

心を読まれたと思ったリスクは、魔王に突き立てていた剣から弾みで手を離し、魔王から遠ざかってしまった。

「何をやってんだ!リスク!何でとどめを刺さなかった」

もうひとりの仲間の戦士「ルシファー」は、リスクを後ろから非難した。

「チッ!」

『あいつはいつも口だけの弱虫が。いつもとどめを刺すのは、勇者の俺の役目だと思っている』

リスクは、ルシファーへの愚痴を、頭の中で一旦、飲み込むと正面の魔王に視線の照準を合わせた。石と煉瓦(レンガ)と強欲で出来た魔王の城の地下室では、今、まさに勇者「リスク」と魔王との、最後の戦いが、終結しようとしていた。

「この俺の血は、お前と同じ血だ!リスク!」

魔王は、自分の胸から流れている血を見ながら、薄汚れた黒い指でなぞった。

「なんだと!?」

「俺と・・・お前は・・・同じだ!同じ血が・・・お前に流れているんだよ!」

もうすでに、胸から大量の血を流している魔王の意識は、弱まりつつあった。

「そんわけない。俺はお前とは、違う!俺は勇者『リスク』だ!」

「ハハハッ!そう思っているのは、お前だけだ!」

魔王は、自分の胸に突き刺さっていた勇者の剣を右手で引き抜くと、うめき声とともに、また大量の血を口から吐いた。

「・・・・・・・・・・」

自らの赤い血を、滝のように口から吐く魔王を、汚物を見るような目で見るリスクは、人間だった。

「お前はな・・・あとで・・・わかるよ・・・今・・・俺に殺されている方が・・・マシだったと・・・思えるほどにな」

「・・・なんだと!」

「俺は・・・お前の・・・・・」

魔王は、そう言い掛けて、勇者の剣を手に持ったまま、大量の血を吐き出し終えて、その場にたったまま、絶命した。右手に持っていた勇者の剣を、誰に振り下ろすつもりだったのか、今のリスクはわからなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

リスクたち三人は、魔王「だった」その肉体の抜け殻を、しばらく見つめていた。魔王の手には魔王の血で汚れた「勇者の剣」がいつまでも握られていた。まるで勇者の剣が、自分の意思でその場所に居たいといっているかのように・・・・

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