僕が、君を、見つけた日 ―The Time Traveler’s Husband―

@say37

第1話


 妊娠を告げられたカズオは、椅子から立ち上がると、思い切りサチコを抱きしめた。待望の赤ちゃんだ。

カズオには両親の記憶がなかった。サチコも幼い頃に母を喪っていた。父も、サチコの花嫁姿を見る前に亡くなり、今は、年の離れた兄が1人いるだけだった。だから家族に対する憧れは、2人とも強かった。結婚以来3年間、2人はずっとこの日を待ち続けて来たのだった。

 それからの2人の生活は、生まれてくる赤ん坊一色になった。カズオは、煙草を止めると宣言し、実行した。サチコはマタニティ雑誌を何種類も買ってきて、隅から隅まで繰り返し読んだ。胎教にいいからと、モーツァルトをかけ、お腹の子に聞こえるように、アンデルセンの童話を朗読した。

 外出すると、親子連れに目がいくようになった。そうして、街中にこんなにも多くの赤ん坊がいたのか、とサチコは驚くのだった。自転車はベビーカーの通行を妨げる凶器に見え、くわえ煙草を見ると、叫びたくなった。

「あなたの、煙草の火が、私たちの赤ちゃんの目に入ったらどうするのよ!」

 今まではどうでもよかった子供に関わる一つ一つが、気になりだした。赤ん坊や子供を連れた母親を見るたびに、それがすべて、自分自身を見ているように感じられるのだった。


 「今日、小学校の入学式だったみたい。大きな赤いランドセルを背負った女の子がね、スーツを着たお父さんとお母さんに手を引かれて歩いてたわ。私たちも、2人で正装して行くのかしら?あなたは、めんどくさがりだから、仕事にかこつけて逃げるかもしれないわね。」と言って、実際に逃げ出したみたいにカズオを睨んだ。

 「こう見えたって、子煩悩なんだよ。絶対に行くって。一緒に、家族そろって。」

 カズオは真顔で答えた。

 サチコは、ふっと顔を曇らせて

 「その子のお母さんね、目尻にシワがあったの。私も7年後にはあんな風になるのかな、って思っちゃった。今まではね、子供がいる生活とか、5年とか10年先の自分とか、そんなのって、現実感なかったじゃない。でも、子供連れを見てるとね、ああ、自分の子供もこんな風に大きくなるんだ、っていう映像が、リアルに見えてくるの。そうするとね、傍にいるお母さんが気になって、そのお母さんと同じように、私も、年をとって、目尻にシワができて、腰のあたりに肉がついて、って、それも本当に私の身に起こることなんだなあ、って思うと、ものすごく不思議な気がするの。あなたも、入学式の年にはアラフォーの、お腹に贅肉がつき始めたおじさんになってるのよ。」と、今のところさして出てはいないカズオのお腹のあたりを、じろじろ見ながら言った。

 「僕は、大歓迎だね。そうなったら、女の子に追っかけられなくて済むからね。」と笑いながら答えると

 「今だって、私にしか持ててないくせに。」と、サチコは口を尖らせた。

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