僕の扉

第1話

疲れた僕の向こう側。





ここまで


ここまでになると



流石に、疑う


いや、特に身に覚えは、ないのだけれど。




よく聞く話に、こんなのがある。


朝寝坊をしたら階段から落ちて怪我をして挙句の果て定期を忘れた。財布も。今日はとことんついてない。



まず寝坊をするな、って顔でこちらを見ないで欲しい。仕方が無いだろう、忙しい毎日に疲れているんだ、僕だってた、たまには遅刻くらいする。


そんな目で見ないで欲しい。


これはただの一例であって僕の話ではないし、お布団は僕の唯一無二のお嫁さんだ。二度寝するのも仕方のない話である。この歳だ。イチャイチャくらいしたい。しかも僕たちはラブラブだ。一夫多妻制が認められるまでは、この嫁以外と寝ることなんて、考えられない。


…こいつは誰とでも寝るけど。



まぁ言ってしまえば、こんなのはただ寝坊で焦っていただけ、なのかもしれない。けれど悪いことってのは重なるって話。

それはよく、ごくごく一般的に聞く話だ。だからこういうことがあっても変じゃないのかも、しれないけれど。



それにしたって。



遅刻魔な僕にしては珍しく、目覚ましよりもだいぶ前に目が覚めて。なんともない気分で散歩に出たら、絶賛食糧難で困っている俺の前に、たまたま近所のパン屋でバイトしてる奴が余ったパンを大量にくれて。おかげであと1週間は生き延びられそうだ。


それだけなら早起きは三文の徳、くらいで片付くとおもうけれど、それだけでなく、中身が分厚い財布まで拾ってしまった。




今日の僕は本当についてる



流石に財布は届けたけど、お礼としていくらかもらったし…。



朝起きてからまだ2時間しか経っていないのにこれだ。


不気味なくらい、今日の僕はついている。運がよすぎる。


正直つきすぎていて、怖いくらいだ。


…いま宝くじを買ったら外れる気がしない。…まだ、家を出れば宝くじを買っても間に合う時間だ。挑戦してみようか。


生まれてこのかた、宝くじを買おうなんて気持ちになったのは初めてだ。これは絶対的に当たる気がする。


ぐぬぬ。すぐに当選がわかるスクラッチ形式のものにしておこう。


そんなことを考えながら、玄関のドアの前に立つ。



なんだか力がみなぎっているような、そんな感覚に襲われる。今の俺なら…なんでもできる気がする。


そうだ、このドアを開けたら俺の幼なじみを名乗る美少女が初夏の風に髪を任せつつ、同居を申し出てくるかもしれない。…おぎゃーと生まれて18年、女の子とご近所になることなんてなかったから、幼なじみなんていないけど。


いや、アパートの前を通るJK達のスカートが一斉にめくれ上がって、ラッキーすけべが拝めるかもしれない。


まぁ大学構内の寮だからJKなんて、いるはずはないのだけれど。





自分でも驚きの妄想はさておき。それでも、大学のマドンナのパンチラ位は、ありえるかもしれない。大学のマドンナ…か。まだ入学したてだから、聞いたことも、みたこともないけどね。さぞかしナイスなバディなのだろう…なんだろうこの胸のトキメキは。これか!これが恋をする乙女の気持ちか!

盛大に心を踊らせつつ、左手をドアの取手にかけて、右手で一つ、指を鳴らす。



「さぁ!ショータイムだ!」



ばたん


ぽんっ



「どうもー」



小気味のいい音と共に、ドアを開いた先に現れたのは、



清純派幼なじみでも



ナイスなJKでも



パンチラマドンナでもなく



ガタイのいい





しかも、坊主で半裸。


なんとなく汗の香りまでする。


土管屋さんのような…というか、つなぎで「すまないが…」なんていいだしそうだ。



…もしかしてこれ、アレか。


俺、この人に恋する感じ?

あ、あまりにも童貞臭い妄想してたからそれならもうなんか、卒業しちゃえみたいな?こんな、とても、力強い男に、恋、して?ん?んんん?ふふ!

ラッキーだなぁ、こんな男の中の男、いわば漢な男性に!恋するなんて!何て今日はラッキーなんだ!やっと、卒業できるんだね!…ふふ☆そう、僕実はホモなんだ!


ぱたん


力なくドアを閉める



そんなわけあるか。


なぜよりによって今なんだ。さっきまで幸せいっぱいだったのに。なんでだ、なんで、だ。いや、え、やっぱり僕はホモなのかな。ホモなのかな!?

これはもしかしたら真相心理の成せる技なのかな!?

いやいや、いくらバカで、年齢がイコール彼女いない歴の僕でも(拒否権を持たないお布団は除く)、流石に男としての誇り、プライド位はある。せめてこう、もっと、清純っぽいイケメンと…って僕は何を言ってんだ!?僕はバカなのか!?あ、バカか。それはさておきまだ大学にだって入学したばっかりなんだぜ!?

…早まるな僕の思考。


焦るんじゃない、これは幻想だ。


僕のリア充爆破しろパワーが生み出した、文化的な奇跡、ただのリアルな白昼夢だ。全くもって悲劇でしかないけどな!!!もっとこう、なんか、あるじゃん、いい奇跡。あるじゃん、みたい白昼夢…


どうなってんだよリア充爆破しろパワー…から回ったのか、有り余りすぎてから回ったのか…有り余り過ぎだぜ!いやもうここまで来たらむしろ見せつけてやろうじゃないの!自家発電で溜まりに溜まったリア充爆破しろパワーを!

誇りを持つんだ!

城を落とせないんじゃない!城をみつめる。それでいいじゃないか!

野蛮な兵士達とはひと味も、ふた味も違うんだぜ!さぁ、僕はこんなにも女の人が好きだ。ちゃんと説明して、かえってもらおう。




ふぅ。


ひとつの深呼吸の後に清々しい気持ちでもう一度、ドアを開く



「何も閉めることないじゃないの


いろいろ挨拶しに来たのに。これからあなたと一緒に住むことになったのよ。よろしく。」



え、えええっ、えっ


はぁ!?え、!?はぁ!?!?

住む!?一緒に!?住む!?!?

こ、これは、これは本格的に俺のヤバイやつだね。オカマのガチムチお兄さんとの同居かぁ…あー、こ、これは、無理だ。僕はいわゆる、人生の局面に差し掛かっている!!!

「そうそう、住むことになったのよ。」



住むことになったのよ、じゃなーい。そんな反応ってありなの…?あ、口調が移った。って、


「はい!?!?」


「どうしたの?」


「今僕言葉出てました!?」


だとしたらやばい、意識してなかっただけで口から恐怖がこぼれ落ちていたみたいだ。これは…怒られるか…






「何がそんなに怖いのよ。」



やっぱり僕のお口は緩々のようだ



「だって、もうそんな言葉聞き飽きたしね。」



ちょっとわけがわからない



「思考が読めるだけよ。残念だったわね、緩々じゃなくて。いま君の口は、硬く閉ざされてるわよ。本当に残念、だわぁ。」



ひぃっ


わけのわからない寒気を覚えつつ、純粋な疑問をぶつける。



「どういうことですか?、というか貴方はどちら様で?」



そもそも、この寮では学生一人につき一部屋が割り当てられているはずだ。僕もそれでこの寮に来たのだし。…とすると居候か!?といっても正直、こっちの大学に入るのに田舎から出て来てまだ1ヶ月とそこらだし、こんなに…こんなにいろんな意味で濃い知り合いができるような覚えもない。何処かの2丁目に何かおとしてきたのだろうか。もしくは…親の仕業か?まぁあり得なくもないと思うけどね。あの人たち変わってるし。…だとしたら許さない、末代まで呪ってやる…!!

「なにをそんなに憎そうな顔してるのよ。なに?貴方、すごい顔してるわよ?ちょっと引くぐらい。」


「残念ながら僕はその親を末代まで呪おうとしているところですよ。」


「…自分の末代を呪うなんてかわってるわね。」


…しまった、失念していた。


そういえば僕はあの親の子だ。…どうしたものか…。



まぁそんなことどうでもいいのよ。私はツキ、よ。貴方のところに回って来たの。これからお世話になるからね、挨拶に来たわ。貴方に憑くから、どうぞよろしく。」


呪いの次は憑き物か。


もうこの際なんだっていい、どんと来い。僕は僕にこんな不幸を与えた親を許さない。僕に逆らうものは親でもコロ…って


「えええ!?僕に憑くんですか!?っていうか憑き物て!」


「君面白いわね。可愛くて面白い子、私好きよ。良かったわ、ここに来て。」


ムカデが背中を駆け上がるような寒気と嫌悪感


…親を呪うなんて、僕が間違ってましたごめんなさい。神よ、僕を守りたまえ、アーメン。




「…ついてるって、思ったこと、ない?」



壁もドアも薄い寮のアパート。


そのツキが、僕にしか見えない聞こえないってことを知って、僕は仕方がなくツキを部屋にあげた。


未だに距離はかなり空いているけど。


少なくともあと3、4年過ごす場所でオカマのガチムチホモが見える哀れなノンリア充として認識されるのは避けたい。


「ガチムチってなによ」


オカマとホモは否定しないらしい


「いいのよ、文化よ文化」


腐った文化に僕はさよならを告げたい気分になった。文化も女子も行政も腐りすぎだぜ、どちくしょう。一体この国はどうなってるんだよ。



「どうなっているのかしら、ね。」


「え?」


突然変わったツキの口調は少しさみしげだ。


「昔から、この国では、ツキ、とかモノを重んじていたのよ。八百万の神っていうくらい、全てに神が宿っていて、幸せも、不幸も、何か他のものの力だと思われてた。あの頃の日本では、ね。だから、物思いにふける、とか、ついてるっていうのよ。物の怪とか、憑き物が憑いている、っていうものの名残ね。今となっては言葉でしかなくなりつつあるけれど。昔はちゃんと、信じられていたのにねぇ…。というかチャンスの神様には後ろ髪がないとか、誰が言い出したのよぉっ…ばかぁっ…おかげでっ、おかげでっ…」


とうとう泣き出してしまった。ツキもいままでさみしい思いをしてきたのだろう。涙の原因はなんだか違う気もするけど。


そこから僕は、少しだけ、ツキの話を聞いた。


彼の人生、彼の周辺、彼自身のこと。


興味深いことも多かったし、なかなか日本は、変わっているということもわかって、すごくためになったけど、…尺の都合で中略。



(ちなみにツキが坊主になったのは、後ろ髪だけがないなんてかっこ悪いと思ったかららしい。そこから鍛えてガチムチに…とは。末恐ろしいオカマだ。昔は綺麗な黒髪ロングだったんだそうだ。捕まえやす過ぎかよ、チャンス。というか坊主だなんて、捕まえるの不可能かよ。虫取り網でだって無理だよ。)



一生懸命話したのに酷いとバカにされつつ、同居することになったオカマを、もう一度見つめ直す。


…この反応、声。


ドスが効いて低くなければ、それなりに萌えるのに。


まぁガチムチだからなぁ。


こんなやつに、これから憑かれて行くのか。というか、もう憑かれてる、のか。


ずっと…ずっとガチムチと一緒か。


僕の方が新しい扉を開いてしまったらどうしようか。


よく言うからなぁ…


人間現状に満足していると納得するために、自分を肯定するように変わって行く、とか。


ときめきのない日常、むさ苦しい日常に耐えきれなくなった僕がホモに…細いからモテるかも☆…だめだ、うん、我ながらぞっとする。


これ以上非生産的なことを考えるのはやめた方が良さそうだ。


そう思って、ツキに出掛けるぞ、と声をかけ、自分の荷物を左手に掛け、玄関に向かう。


これからの、



これからのツキの効果に期待をしつつ。


余裕だったはずが、ツキのせいで遅刻ギリギリになった授業に向かうため、僕は勢い良く玄関のドアを開けた。



ぱたん


ぽんっ


「よ!」


小気味のいい音と、ドスの効いた低い声。



ばたん




正直もう、ついてなくたっていい。




僕の日常は、扉は、



僕の意思とは関係なく



開かれてしまったみたいだった。



つい・てる [1]

( 動タ下一 )

〔「ついている」の転〕

好運に恵まれている。 「今日は-・てる」 → つく(付)


提供元・三省堂 

大辞林



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