子役になんかなりたくなかった~あるカウンセラーの逆転移~

@keneese1976

第1話

 子役になんかなりたくなかった~あるカウンセラーの逆転移~第一章



僕たちは普通の奴らより上にいたのかもしれない。いい階級にいたのかもしれない。それでいて薄々感じていた。僕たちは間違った存在なのかもしれないと。世の中から否定されるべき存在だったかもしれないと。それでいて僕達は輝いていた。それは夏に咲く真っ赤な人工花ローズフォーの様だった。                                        


平成二十二年十一月――


「また思い出しているのか?」

 新田忠文はそう渡辺響に声をかけた。渡辺響は新田の方を振り向いた。

「ああ、新田。どうした?」

「また、子役時代のことを思い出しているのだろう」

「どうして分かる?」

「そりゃあ、お前と大学四年間一緒にいると分かるよ。大学卒業前の一月に精神保健福祉士の国家資格があるから思い出に浸るのもたいがいにしろよ」

「ああ分かったよ。ありがとな」

 そう、僕はいつも子役時代のことを思い出す。あれはもうかれこれ十年以上前のこと。


平成十年一月――


「まだ来ないの?」

「すいません。向うのロケは終わってるんですけど新宿までの道路で事故があって渋滞のようです」

「リハも本人がやってないんだよ。カメリハも別人がやれってのかよ。」

 一流のシャンデリアより綺麗にライトアップされた無人のステージを前にして監督のぎすぎすした声が響く。ステージは超一流だが、その向こう側は無造作に置かれた不要の木材。適当に立てかけらている脚立。いくらカメラに映らないとはいえ、大人たちはこのアンバランスで殺風景なスタジオをなんとも思わないのか?

「子役たち待たせるから怒ってんじゃないんだよ。この子たちは九時までしかここにいられない契約なんだよ。延長とかできない子供扱ってんだ。」

「今来ました。楽屋で一分で着替えてもらいます」

「そうか。一時間もおしてるよ。でもまあ誰に頭下げるって訳でないところは気楽だけどな」

 そう僕ら子役集団は誰からも頭を下げられることはない。現役ちびっ子モデル。芸能人にして芸能人に非ず。特に僕なんかはたった二度何かのCMやら広告やらに載ったことがあっただけで、この番組以外仕事がない。皆もそうだ。志那を除けば。

 僕らの番組『大人にはまだ早い』はどこにでもあるバラエティー番組だ。ただ違うのは二人の司会を除けば自分ら子どもたちだけで成り立っている、火曜日午後四時からテレビ放送する歴としたバラエティー番組だ。司会といえばたまに子供達だけで司会をやることがある。みんなしどろもどろ。子どもたちは寿司を食べる。ロシアンルーレットのようにわさびが入った寿司を。わさび少々少なめ。ドラマをやる。皆セリフを間違えてばかりだから、NGのほうが多いくらいだ。クイズをやる。学校の社会や理科に出る問題もあるが、クイズには大人にしか分からない言葉も出てきて、僕たちは真剣で大人達だけで笑っていることがあるが、一体何を笑っているんだろう。不思議だ。知らない世界に足を踏み入れるのは、実に神秘だ。カップリングもやる。カップリング。そうだ。今日のカップリングには志那も出るんだ。みんな本命だ。命がけだ。

「松倉さん入りましたー。まきでお願いします」

 やっと司会者が来た。司会者は大人の二人。鶴見孝一郎さんと松倉ミヨさん。今日は松倉ミヨさんが遅刻してきた。鶴見さんはかなりイライラ。松倉ミヨさんが謝って頭を下げてるのに、無愛想な態度だ。鶴見さんはカメラがまわっていないときはいつもイライラしている。松倉さんと鶴見さんは仲が悪いらしい。子供の僕達でもそれは感じ取れる。これが本番になればたちまち変わるから奇妙だ。

「本番五秒前四・三……」

「はい。エンディングの時間がやってきました。ところで松倉さん」

「ええ」

「エンディングでいつも歌ってくださる“恋よ消えないで”売れてますねえ」

「ありがとうございます」

「私いつも聴かせてもらってますよ。テレビで流れても、食いついちゃって。もうほとんどミヨちゃんのファンだもん」

「本当ですかぁ~?」

「ホントホント。CD買ったから毎日聞いてるもん」

「あれは買ったんじゃなくて、番組であげたんじゃないですか」

「まあそうなんだけどね。買ったんじゃないんだけどね。買おうとしたらくれるっていうんだもん。一番欲しいCDだから」

「またまた、鶴見さん。どこまで本心か」

「本当みんな凄いよね。ミヨちゃんの人気」

 子供達は、

「すご~い」

と、大人に比べて全然気が利かない、短いコメントをする。

「今週なんてオリコン四位だっけ?」

「二位」

 子供達はそう声を上げる。松倉さんは、

「二位ですよぉ。ちょっと鶴見さん本当テレビとかよく見てたんですかぁ?」

 本番前までは低くでてた松倉さんも鶴見さんに対して甘ったるい声を出す。

「ホント松倉ミヨ推奨者ナンバー一を自認してる俺だもん」

 たまにこうやって僕達子供に分からない言葉を使う。志那は分かっているだろうか? 

ここでADの人がカンペを出す。“じゅんびOK”と平仮名と英語で早書きしたカンペを。それを見た鶴見さんは、

「はい。では今週オリコンにも二位にランキングされた“恋よ消えないで”松倉さんに歌ってもらって今日はお別れです」

「はい。OK。」

ディレクターの声で松倉ミヨさんだけがあのステージに向かう。さっきまで仲良く話をしていた鶴見さんと松倉さんは途端、互いに無言になり、ピリピリした空気になる。この変わりよう。これだから大人は怖い。準備が整うと松倉さんの音楽が鳴る。松倉さんが歌う。僕達は歌に合わせて体を左右に動かし、後ろでエールを送りながら聴いている。今日の収録もいつも通りエンディングから始まる。松倉ミヨさんは女優であって、専門の歌手じゃないから、歌は緊張するらしい。歌を控えて、司会をやると調子が狂っちゃうから、エンディングの歌を始めに終わらせちゃってから番組をとる。松倉さんは誰もが知っている有名芸能人だから、そういう要望も通る。この番組の大物タレントは松倉さん、鶴見さん、もう一人は志那の三人だ。志那は子役だけど僕達とランクが全然違う。正直松倉さんは女優だから美人だけど、大人だから恋愛の対象外。二面性を持っているし、むしろ恐いくらいだ。だから僕達みんなの大半は松倉さんか志那に恋する。多分。志那はまず「ヒカリホーム」のCMに出て有名になった。「ヒカリホーム」のイメージガールにもなり、その後も数々のCMに出ている。ドラマや映画の子役もやっている。売れっ子だ。

「OKでーす」

 歌が終わった。おかしな話だが収録はエンディングで始まって、今日は三週間分のカップリングを一日で収録する。ドラマは松倉さんと鶴見さんがいなくてもできるから、日曜日に収録する。他のバラエティーは大抵何か一つのコーナーを三,四週間分一気にとる。鶴見さんと松倉さんは司会でたまに参加するくらいで、必要のないときは、パイプ椅子で座りながら眠っている。こんなちぐはぐな収録がテレビでオンエアされると、たちまち変貌する。まず鶴見さんと松倉さんの司会でオープニングが始まり、この料理ありえないのコーナー、また二人の司会、ドラマ、二人の司会、カップリング、二人の司会、エンディングと歌といった感じで見事に編集されているから凄い。僕たちは芸名がないから、志那以外はあだ名で呼ばれる。始めは僕も本名の渡辺響と呼ばれていたが、あるときのこの料理ありえないのコーナーで、僕はあだ名をつけられた。この料理ありえないとは、始めからまずそうなものだけが用意してある。カニみそ、納豆、アボガド、ゴーヤ、くさや、パクチー、ほや、その他いろいろ。その中で相手チーム四人にまずそうなものを一品選んで食べさせる。相手チームはそれを四人全員食べきったら、相手チームの勝ち、一人でも食べられないときは選んだチームの勝ち、先攻、後攻がある。大抵全員は食べられない。あるときのこの料理ありえないで鶯豆が選ばれた。僕達チームはそれを食べることになった。僕もあまり食べた経験がないけど、そのとき食べて見て、思いの外美味しかった。僕は「美味しい。美味しい。」とたいらげ、他のメンバーの分まで手伝った。そのときは笑いの渦だった。そしてそのときぼくは鶴見さんから、「お前、鶯豆だ。鶯豆で行こう。」と、鶯豆というあだ名をつけられた。次第に面倒臭くなって「豆」に省略された。僕は豆と呼ばれるようになった。今日のカップリングは志那が出るのだが、もしカップル成立したら、スポーツ新聞や、週刊誌に載っても不思議はないだろう。もし僕達のだれかと志那がカップリングでもしたら、志那のイメージが下がる。志那の仕事も減るかもしれない。本当どうするんだろう。

「じゃあ、この間のシナリオ通りで」

 ディレクターが綺麗なおばさんにそう話していた。あのおばさん。あの人は志那のお母さんだ。兼志那のマネージャー。この間のシナリオって何だろう。

 ディレクターがみんなに言った。

「カップリングのことで志那ちゃんの事務所からストップがかかっているんだ。分かるよね。志那ちゃんがカップル成立しないように三本目の志那ちゃんの出演のときだけ、こっちでシナリオを作ったから、言われた通りに選べばいいよ」

 そういうことか。

「豆、いや渡辺響君」

「はい」

「志那ちゃん以外の子選んで。志那ちゃんが響君を選ぶから」

「はい」

「みんなは志那ちゃんに申し込んで志那ちゃんの本命は豆で、カップル不成立。これでいいだろう。志那ちゃんが豆を選んだ理由は『頼りなくて可愛いから。弟にしたいタイプ』ということで。豆だったら、周りも本気になって騒ぎはしないだろう」

 ディレクターは何の遠慮もなしに思ったことを言う。どうせ僕は豆だから、恋愛の対象外だよ。どうせ頼りないよ。でもそんなこと、志那の前でだけは言ってほしくなかったなあ。普段ディレクターは僕達に、あんまり本当の話をしすぎてはいけない。と耳にたこができるほど教え込んでるけど、ディレクターの方こそ、本当のことを言って、失礼な風になっている。大人は嘘つきだ。特にテレビの人達は皆大嘘つきだ。それにしても志那は表情一つ変えない。やらせでも一応本命になった僕の方を見向きもしない。それはそうとして志那みたいな人を見ちゃうと、学校の女の子なんかには、恋もできない。志那は普通のどこにでもいる娘とは訳が違う。栗色の肌に、整ったロングヘアー、手足は華奢でそれでいて、堂々としているところが微妙なバランスを決して崩さない、何とも言えない美しさを持っている。顔立ちは大人モデル顔負けの超美人だ。その超美人に対して、こういうのも何だが、可愛い。普通の人なら誰でも魅せられる。叶わぬ恋と分かっていても、恋しちゃう。僕なんかディレクターの見た通り問題外なのかもしれない。鶴見さんのせいで最近では学校でも豆といわれる。テレビの人達に言われるのはまだ分かるが、学校の何も知らない奴らに豆と呼ばれるのは許せない。ホントむかつく。


 その頃の僕にとって、テレビの世界は絶対だった。何にも比べて大きな存在だった。テレビ局内で言われた事は死ぬ気で絶対守ったし、親であるマネージャーの表情は局内ではいつも真剣だった。僕はテレビというものが、いかに大きい存在だということを思い知らされた。そうあまりに大きく恐ろしい。


それに対して学校の教師はちっぽけに感じた。正直敬ってなかったし、敬えなかった。普段あんな本当の大人の世界を見せられたら、だれがあんな少しも垢抜けてない教師を敬えるだろう。鶴見さんに比べてジョークも全然面白くない。それに僕は教師に嫌われていた。タレントになると同時に教師から疎んじられるようになった。後にテレビと離れても、その疎んじられる毎ことは続いた。


それでもそのときの僕は幸せだった。だってこの世で一番大きな感動を与えてくれるような人達と仕事するんだもん。何よりも本格的で、いつも感動の嵐だった。テレビに映っている有名人とすれ違い、一緒にテレビ局の社員食堂や喫茶店で食事をする。最高の刺激ばかりだ。


その点僕達は、学校の普通の奴らより、上にいたのかもしれない。そう思っていた。それと同時に薄々感じていた。僕達は普通の社会では否定されるべき存在だったことを。それでも僕達は輝いていた。


学校の奴らは僕のことを豆という。僕としては間違ったことを言ったつもりではなくても、僕が変なことを言うと、

「豆、それNGだよ」

 そんなことを言った奴がいた。実際これは『大人にはまだ早い』の番組で、鶴見さんが本当に言ったことのあるセリフで、この「豆、それNGだよ。」という言葉は、クラスはもちろん、学年全体で流行った。跳び箱の六段が飛べなかったときも、

「豆、それNGだよ」とか、今ブームが過ぎた、言葉や、芸能人の名を出したりすると、「豆、それNGだよ」と、こんな使い方もする。皆からブームが過ぎた芸能人と思われる人も、テレビ局内で会えば、ものすごい貫禄があるし、エレベーター内や食堂で見る限りは、すごいいい人だったりする。ゴールデンに出なくなっただけで、ちゃんと仕事はある。少なくとも学校の奴らなんかよりも、ずっと忙しい。皆が知らないだけだ。

 

学校の先生だけは僕を豆と呼ばず、渡辺と本名で、呼んでくれると思ったが、学校の先生も信用できない。あるとき眠たくなるほどつまらない理科の授業中、マメ科という言葉が出たが、先生が、みんなを眠りから起こすために、「マメ科と言っても、渡辺のことじゃないからな」そう言って、教室中が、爆笑の渦になった。先生もしょせん、自分のことしか考えてないんだ。僕はそのときつくづくそう思った。


それ以来僕は、教師を嫌いになった。教師も僕を嫌いになった。話は戻るけど、結局カップリングは、志那の事務所の方で作ったシナリオ通り行われた。三本撮った後、その三本分の司会を鶴見さんと松倉さんでやった。三本目のトークは僕も出た。僕は志那ではなく、選びたくない娘を選んだ風雲児ということになった。鶴見さんが、

「豆、お前どうして亀井選んだの?」

「うーん。なんかいいから」

「そっか、豆、お前もだんだん大人になったら、女の良さが分かってくるからな」

アシスタントの方から笑いが出た。

 松倉さんは、

「それにしても志那ちゃん、最近ドラマやCM忙しいでしょ?」

「忙しいですね」

「私よりも忙しそうだもん」

「そんなことないです」

「休みの日とかはどうやって過ごしてるの?」 

「うーん。テレビ見たり、友達と会ったり、あとたまに英語の勉強をしています」

 鶴見さんは、

「英語の勉強?なんで英語の勉強なんてしてんの?」

「なんていうか、父がよく海外に出張に行ったり、家でも電話で英語とか使ってたりしてその影響で」

「お父さん英語ペラペラ?」

「みたいですね」

 松倉さんもまた、

「志那ちゃんは英語どれくらい話せるの?たとえば英検なんかは?」

「一応英検は2級でTOIECは670点位です」

「小学校で2級?」

 鶴見さんは驚いたようにそう言って、また、

「すごいな、志那ちゃん。将来は英語を使った、仕事とかできるんじゃない?貿易関係の秘書とか?」

「ああ、それっぽい」

 松倉さんもそう言った。

「そうだ。社長令嬢だ。志那ちゃん今度からのあだ名は社長令嬢でいこう。」

「ちょっと鶴見さん。志那ちゃんはちゃんと志那って名前で、国民的俳優として認識されてるんですから」

「そうか、そうだよね。でも志那ちゃん。社長令嬢って呼ばれるのどう?悪くはないでしょ?」

 志那は少し迷った後、

「微妙」

 そう言ってアシスタントの方から、笑いがこぼれた。その笑いとともに、鶴見さんが司会で閉め、その日の収録は終わった。


その時点で、もう八時五十分だった。子役の人も、皆が東京出身とは限らず、遠くから来ている人もたくさんいる。志那もその内の一人だ。志那から直接聞いた訳ではないが、志那は名古屋から来ている。売れっ子だから新幹線にでも乗るのかもしれない。だけど他のみんなはそうはいかない。だから僕達の番組は生放送ではないが、収録は午後九時までとなっていて、収録がその時間を過ぎるとディレクターが会社の社長に相当怒られるらしい。社長の顔を見たのは一回しかない。この『大人にはまだ早い』がスタートするとき、短い開会式が行われたが、そのとき、ちょこっとスピーチしただけだった。あとは1Fの受付の写真を見て一応顔だけは覚えることができた。


 この日は僕はいつも通り母と東京経由で家に帰る途中だった。電車に乗ったとき女の子の後姿が見えた。志那だった。



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