51-5 妹の座争奪戦


 白井里美はいつもの様にお風呂に入っていた。


 「そんなわけない、そんなわけない、そんなわけない、そんなわけない、そんなわけない」


 お風呂に入ってからこの言葉をもう何度も繰り返している……そんな分けないって


「私が裕君を? あはははは、もう麻紗美さんてそんな思い込みの激しい子だったかしら、もっと冷静で大人しい子だと思っていたのだけれど……」


 教師として生徒を見る目はあるはずだけど、麻紗美ちゃんはちょっとわからない所があるな


「それにしても、いくら何でも私が裕君をって」


 思わず笑っちゃう、そりゃ昔は凄く凄く可愛いかった、小学生の裕君って可愛くて可愛くて食べゃいたい位可愛くて、裕君がラブレターをくれて、私は教師を目指した……教師は私の天職って言っても良いくらい楽しい、そりゃ教育主任とか教頭とか校長には時々イラっと来るけど、死ねばいいのにって思うけど……生徒と交流するとそんなの何でも無くなる……私の恩人の裕君、可愛い裕君、大好きな裕君…………


「違ううううそうじゃないいいいいいい」

 私は浴槽に一度頭まで浸かりゆっくりと顔を出す……


「ぷはあ…………うううう、そんな分けない……私が生徒に恋する筈がないいいいいい」

 あり得ない、そんな事あり得ないの……生徒に恋するなんて絶対にない……

 私は教師……これが天職だと思っている、そんな私が生徒に恋をするだなんて……あり得ない…………でも、何? この気持ち……自分に嘘をついている時の気持ちにそっくり……そんな……私………………やっぱり……


「でも………………そうか……」

 そうだ、そうだよ、私は今の裕君に恋をしたんじゃない、あの頃、そう裕君と初めて出会ったあの頃から既に恋をしていたんだとしたら……


「これってセーフなんじゃない? だって卒業してから結婚している教師だっているんだもんね、入学前、それも私が教師を目指す前から裕君に恋をしていたんなら、セーフよね」


 そうか、いいんだ、私……裕君の事を好きでいいんだ! 前からもうずっと前から裕君の事を好きだったんだ!


「私は裕君が好き、私は裕君の事が好き、あははははは、そうかずっとずっと好きだったんだ」


 高校3年の時に小学3年の裕君に恋をしたんだ私、そうだ、セーフだ、セーフだよね、全然セーフ………………セーフ…………ううう……アウトかなぁ…………

 




####



 そして生徒会長、那珂川葵は落ち込んでいた。


「ま、また今日も……記憶が飛んでる」


 やっているのよね、私……また……

 どんどんと記憶の定着が進む、突っ張っていた頃の私、副会長以外誰も信じなかった私……でも彼は違った、あんな私に本心をさらけ出していた……

 そして私が壊れた時、彼はいた、居てくれた、あんな私を見捨てずに最後までずっと……


「にいに……」


 この言葉を言うと胸がきゅんとなる……思い出すのは兄ではなく彼……裕君…

 彼の前だと安心する……兄よりも安心する、何もかも忘れられる…………


「って本当に忘れちゃ駄目だよおおおおおお」

 そう、生徒会の会議に参加すると必ず私の記憶が飛ぶ、数分から数十分位、毎回だ……そして気がつくといつも彼のほっぺたを舐めている……いや多分キスをしているんだろう、おそらく子供のキス……チュッチュと……昔……父にしてくれと言われたほっぺにちゅう、兄にもずっとしていた、そう2000回すれば大人になって兄と結婚出来ると言われて……


「私……2000回裕君にキスしようとしているのかも……」

 裕君を見ると安心する……子供の頃に戻れる、今の自分は本当の自分じゃない、今までの記憶から、副会長に植え付けられた憎しみを引いて想像して作った自分……

 本当の自分が自分でも分からない、周りから求められている自分を演じているだけなのかも知れない……だから、裕君に会って、子供に戻って安心したいんだろう……

「裕君迷惑なんだろうな……」

 好きでも無いのにキスされて本当は嫌なんじゃないだろうか……


 しかもあそこにいる女の子は皆裕君が好き……そして皆私より綺麗……私は穢れてる……副会長に心を穢されている……

 そんなのにキスされて迷惑だろうね、私……年上だし……

 ああ、落ち込む、年上の私がにいにって言って年下の男の子にチュッチュとしてしまう事に今更ながら……なにしてんだ~~って……


 でも私があの場に行かない事は無理……裕君が来なくなれば他の女子も皆来なくなる……ただでさえ生徒会は崩壊している、先生の為にもそして自分の為にも最後くらいは……でも……


「ひょっとして私……学園祭迄、裕君にちゅうしまくるの……」

 あああああ、何してるんだ私~~~~~

 部屋の机の前で頭を抱える……


 そして机に置いてある手鏡で自分の顔を見る…………あれ? 私悩んでるんだよね? 落ち込んでるんだよね?


その鏡に映っている私は何故だか、何故だか分からないが…………微笑んでいた。


 

 「2000回で結婚出来るのかなぁ……にいに……」


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