45-4 葵の過去


 「ママ!…………」

 会長は確かにそう言った、起きたのかと顔を除き込むと…………「あれ? 寝てる?」


 え? 寝言? 俺は会長に顔を近づけ確認する……んーーー、やっぱり寝てる……



「お兄ちゃん……何してるのかな?」


「ひっ……栞……脅かすなよ」

 振り向くと、風呂からあがってきた妹が扉の前に立っていた……こえーーよ


「普通に声を掛けただけだよお兄ちゃん……それで何してるのかな?」


「え? 何って?」


「美月ちゃんを自分の布団に引き込みつつ、会長と手を繋ぎキスでもするかの如く顔を近づけてるその状態の事だよお兄ちゃん」

 俺と美月を交互に眺め、上から見下ろすように冷たい視線を向ける妹……栞ちゃん笑って~~なんて言ったら、本気で殴られそうな……あ、でも一度でいいから妹にぶたれて見たい気も……ってなに考えてるんだ俺……


「いや、だって布団が少ないから……いや、それより凄いぞ栞、美月が会長のにいにの名前から母親の名前を当てたぞ」


「また誤魔化す……」


「当てたかどうかまだわからないけどね」


「いや、でも、いまママって」


「ただの寝言かも、寝始めってノンレム睡眠状態だから意味のない言葉に反応したりするしね」


「そうかな~~?、ところで……ファントムから何でクリスティーヌなんだ?」


「え? お兄ちゃんわからないの?」

 妹が自分の布団の上にペタンと女の子座りをしながら、なぜわからない? って顔で俺を見る……いやだって俺、あなた達と違って普通の人間だし……


「栞わかるのか?」


「うん、ファントムとクリスティーヌって言ったらオペラ座の怪人じゃない?」


「さすがお姉ちゃま正解」


「オペラ座の怪人?」


「フランスの作家ガストン・ルルーの小説、今はミュージカルの方が有名かな?」


「それが何で?」


「うん、まあここからは美月の完全な想像なんだけどね、あくまでも想像として聞いてね、……クリスティーヌという女性がいました、パリで出会った日本人と恋に落ちます。しかしクリスティーヌには親が決めた許嫁がいました、その日本人はクリスティーヌと駆け落ちします、連れ去られる自分の名前がクリスティーヌ、じゃあ俺はファントムじゃん、オペラ座の怪人がクリスティーヌを誘拐するシーンを二人で思い出すなんてね」


「パリ? パリで出会ったって分かるのか?」


「ううん、オペラ座の怪人の舞台がパリだから、ちなみにクリスティーヌはスウェーデン人だよ」


「なるほど……」


「美月ちゃん、でも……、許嫁とクリスティーヌは愛し合っていたのよ、それをエリックが連れ去っちゃうって物語のはずだけど」

 先生がまたここで入って来る、うう、話しがわからないのは俺だけか……いやオペラ座の怪人とか読まないよ、そもそもあれってミュージカルだけだと思ってたよ、でもあの仮面の表紙は何処かで見たような気はするな。



「うん、だから美月の想像なの、エリックとクリスティーヌ、ラウルの関係って美月にはまだわからない、エリックとクリスティーヌの関係がストックホルム症候群だったのか? とかね……」


「ストックホルム症候群?」

 またよくわからない言葉が……美月~頼むからバカでもわかるように話してくれえ


「うん、誘拐犯とかとずっと一緒にいると情が湧いちゃうって奴、ストックホルムの銀行立てこもり事件で人質が犯人に協力した事で名前が付いたの」


「何で……そんな事するんだ?」


「極限の状態、死ぬかも知れないという状態で、犯人に少しだけなにかを許されると感謝しちゃうの……最終的には愛情と勘違いしちゃたりする……」


「二人がそうだったって事?」


「それは美月にはわかんない、恋人同士の会話でそこまで話すとは思えないしね」


「なるほど、でもテンション上がると何でも面白くなっちゃう事はあるな、名作と自分達を重ねるなんて結構面白いし、でもクリスティーヌだけで重ねるかな? 今言ってた登場人物の名前が一緒……例えばラウルが同じ名前とかエリックが同じ名前だとか……エリック……絵里とか?」


「お兄ちゃま、エリックは男で怪人の事だよ、葵ちゃんのお父様がエリックって事」


「あ、そうか……エリック……うーーーん、じゃあ……陸とか?」


「それだ!!」


「えええ?」


「陸って外国だといいずらいから周りからリックってあだ名で呼ばれてたかも!!」


「那珂川 陸……」

 会長は寝たまま反応はしない、まあさっきからクリスティーヌって何度も言ったけど、今はすやすやと寝ている……寝顔可愛いな……


「お兄ちゃん……何を考えているのかな? あとそろそろ手を離してもいいんじゃないかな?」


「あ、そうか、あれ……離してくれない……」


「に……いに~~」


「おっと、起こしちゃう?」


「多分もう大丈夫だよ、親指からほどいていくの」

 美月に言われた通りに指を外す……やっと解放された……でも少しだけ寂しい気も……


「お兄ちゃん!!」


「え、いや何も……ていうか心を読むな」


「もう~~~~」


「まあまあ、それで美月の言うことが全部合ってたとすると、那珂川家の名前がわかってる範囲で全部判明したって事だよな、他に兄妹とかいなければだけど……、で、ここからどうするか……」


「えっとね、とりあえ弥生ちゃまにその名前で出版社や新聞社のデーターベースから検索をかけて貰えるか頼んでみる、何か事件や事故に巻き込まれてる可能性があるから」


「なるほど……少なくとも両親は亡くなってる可能性が高いよな……」


「うん……、今葵ちゃんの保護者とは連絡付かないのよね先生」


「ええ、昨日から電話はしてるんだけど……」


「じゃあそこから情報は期待出来ないか…………お兄ちゃまどうする?」


「え?」


「この先はお兄ちゃまの判断に任せる、私はお兄ちゃまに協力しにきたんだからね」


 そうだった、美月に頼ってばかりじゃ駄目だ、これは俺がやるって決めた事……


「ああ、そうだよな、うん…………先生! 俺と会長は明日休みますので」


「え?、ええ、まあ仕方ないわね」


「栞! 頼んでもいいか?」


「え? 一々聞かないでお兄ちゃん!!、私はお兄ちゃんのどんなお願いも実行するよ、脱げって言われたら脱ぎます! 死ねって言われたら死ねます!!」


「いや、言わないから、そんな怖い事言わないで……」

 先生がドン引きしてる、いや俺もだけど……そして脱げって言わなくても脱ぐし……


「……えっとな、とりあえずできる限り会長の今の状態の事は隠して、会長と副会長、出来れば書記の事を探ってくれないか? 中学の時とか同じ奴がいるかも知れないし、確か美智瑠が副会長の家を知ってたよな?」


「うん、わかった」


「あと先生、会長と保護者との関係、学校側で分かる会長の情報を調べて来て貰えないでしょうか?」


「うーーーん、そんなに分からないと思うわよ、あまり勝手に見れないし」


「出来る限りでお願いします」


「分かったわ」


「戸籍謄本が取れれば話しは早いんだけど、会長がこんな状態じゃ外に連れ出したり、書類を書かせるのは無理だよな……非合法な事はしたくないし……」

 


「お兄ちゃま私は?」


「美月は俺と一緒に明日会長と話して、今の状態の確認と、情報の引き出しだな、そこから分かった事を教えてくれ、後はほら……着替えとかそういうのを頼むよ」


「あはははは、お兄ちゃまって、相変わらずだね~~うんわかったよ」


「後は……会長が生徒会長になった理由をひたすら隠してたんだけど、それがわかれば何かヒントになると思うんだけど」


「うーーーーん、留学かな~~?」

 先生がそう呟く、へ? 分かるの?


「留学?」


「うん、えっとね、うちの学校の卒業生にイギリスの名家に嫁いだ人がいるの、その関係で留学期間中の全ての生活費と奨学金、イギリスの大学に入学できる事があるらしいの」


「えええ? 聞いたことないけど」


「うん、当然学業は優秀じゃなきゃいけないけど、ほらうちの学校ってそこまでレベル高くないでしょ? なかなか推薦出来る人って出てこないみたい、学業優秀で品行方正、数年に一人って話しらしくて、私がここに入ってからはまだ一人もいない、それどころかここ数年は出てないみたい」


「なるほど……」


「今年は栞さんと美智瑠さんがいるから推薦取れるかもね」


「会長は?」


「うーーん、今の所ギリギリ? 葵さんて学業はそこまで高くないけど、1年生会長ってのは、かなりのアピールだよね、2年連続でしかも学業優秀なら行けるかも」


「推薦の条件って決まってないんだ」


「うん、校長判断で書類を送って向こうで決めるみたい」


「なるほど……多分それかも……、先生その話しも詳しく調べてくれませんか? 過去に行った人で会長の関係者がいるか? とか」


「うーーん、わかった、栞さんが興味あるって事にすればある程度は聞けるかもね」


「私は絶対に行きませんので」

「栞は絶対に行かせませんので」

 二人同時に声をあげる、妹は俺の方に振り向き俺を見て目をうるうるさせている……、当たり前だろ、だって嫌だもん。


「この兄妹は…………ハイハイ、とりあえずって事よ」


「はい……じゃあみんな頼むな……よし! なんか先が少しだけ見えてきたぞ……なんとか会長をとり戻そう!!」











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