第31話 Chase and...
「あたしだけなら追いつけるとは思うけど……」
言葉を濁したステフは、暗に負傷したトッドが追撃について行けない事を指していた。
貨物列車の速度は時速100キロをゆうに超えているであろう。
「足は今、寧に取りに行かせてる。俺が何の考えもなく、打ち合わせの場所を決めたと思ってるのか? 突入前から目を付けてたのが、多分ここにあるはずだ」
トッドは寧から渡されたガウスマシンガンを左手一本で抱えながら、牽制の弾幕を張ってこの場に残っている工作員を遠ざける。
当然応射はされるが、大半の戦力は倒してしまったか、貨物列車に乗り込んでしまったので当面の相手は
「ごめん、ダディ。子供みたいに電車見てた事しか覚えてない」
トッドは日頃から、通りすがりに見た車両をステフに解説する癖があった。
その知識は乗用車や仕事柄相手にしやすい軍用車両に留まらず、車輪を使う乗り物全般をカバーしている。
一緒にいると楽しそうに解説してくれるのだが、ステフは微笑ましいと思いながらも、その殆どを生返事で聞き流していた。勿論、今回もいつも通り聞き流していて、何を言っていたか覚えていなかった。
「そ、そうか。道理で興味なさげだった訳だ。ここじゃ珍しい車だったから、お前にも是非見せたかったんだが……」
残念そうに声を落とすが、それをかき消すように大型モーターの唸りと、工作員の叫び声がステフの耳に届いた。
「寧もな、覚えちゃいたが話をしたら呆れてたなあ。やっぱり女の子にはああいう機械は受けねぇんだなぁ。ほら、あれだ。来たぞ」
「トッド。ご指定の物はこれですね?」
「ああ、こいつだ。欲しかったんだが高くてなぁ。やっぱり最高の四駆つったらオメガのこいつに限るぜ」
スカートを押さえながら運転席から飛び降りた寧は、目を輝かせるトッドからガウスマシンガンを受け取ると荷台へと乗り込んだ。
トッドに続いて座席へと滑り込んだステフは、疑わしげに口を尖らせる。
「ねぇ、ダディ。これで追いつけるの? あたし走った方が早くない?」
「ステフ。お前、さっき善市郎の攻撃を受けただろう。俺達がサポート出来ない状態でお前一人をあいつに向かわせる訳にゃいかん」
言うが早いかシフトレバーを操作し、ずんぐりとした車体を大きくバックさせる。初めて乗る車両にも関わらず手際よく操るトッドは、ハンドルを切りながら楽しげに笑った。
「それにな、二十一世紀の頃はともかく、今のこいつは結構早いんだぜ。舌噛むなよっ」
「道を
荷台から降ってくる声と銃声。
走る火線がまだ士気のくじけない工作員を、容赦なく正確に撃ち倒していく。
ガウスマシンガンで切り開かれた道を、オメガインテンション製の多目的四輪駆動車は、太いタイヤを軋らせ障害物を踏み潰しながら追走を開始した。
マクファーソンカンパニーの専用輸送鉄道は、通常は時速百キロを超えないように運行されている。これは貨物車を牽引する機関車の性能ではなく、単に安全上や貨物への影響からの規定だ。
だが今は積載された貨物全てより、善市郎の持つデータチップとハードウェアキーの運搬が優先される。
高トルクのモーターと大量のバッテリーを積んだ電気式機関車は、七百トンを超える貨物を牽引したまま、最高時速である百二十キロで走行していた。
トッドはアクセルを踏み込んだまま、端末を操作して地図を投影する。研究所から軌道塔まで伸びる赤く強調されたラインは、今走っている専用輸送鉄道の線路だ。
中央区画にそびえ立つ軌道塔まで、距離にして40キロ。その区間を逃げ切れば善市郎の勝利となるだろう。
今の速度は多目的四輪駆動車の最高時速である百五十キロ。少し遅れたとは言え、大量の貨物を牽引したままの列車には、十分追いつける速度だ。
「ステフ。ここのカーブで列車は速度を落とすはずだ。そこで乗り込むぞ」
トッドが示すのは中央区画へと繋がる橋の手前、赤いラインが大きく膨らみ湾曲している場所だ。中央区画と周辺区画を隔てる内海に沿って走っている線路は、そこで方向を九十度変える。
大質量の貨物を牽引したままでは、高性能なジャイロスタビライザーが一般的になった二十二世紀においても、脱輪の危険は大きく残っている。
「乗り込むって、ダディも?」
「当たり前だ。俺だけ残ってどうするんだ」
「怪我してるのに?」
「軽傷だ」
「あたしと寧だけで十分だよ」
「若い娘が二人してあいつに操られるとか最悪だろ。言っておくが、考え変えるつもりはないぞ。お前がいくなら親である俺もいく」
当の
時間があればまだ折衷案も出せるが、そんな時間は無い。
「トッド、前を」
荷台から降ってきた声に、トッドは機械化した目で前方を拡大。線路の先に見えるのは、コンテナを搭載した貨車だ。
追いついたか、いや違う――距離の縮まり方がおかしい。
トッドは思い浮かんだ希望を一瞬で打ち消すと、大声を張り上げた。
「揺れるぞ、しっかり掴まってろ! あいつら貨車切り離しやがった!」
車両を切り離して放置する。
線路上で後続を止めるのなら、一番簡単な妨害方法だ。
もしトッド達が電気式の機関車で追っていたのなら、最悪追突するか、良くても停車の必要がある。
だがトッドはこれも見越して、寧にこの多目的四輪駆動車を取りに行かせていた。
コンソールのスイッチを操作して、レールに接していた鉄輪を格納すると、タイヤがレールに接触するが早いか、大きくハンドルを切った。
大型のタイヤがレールを強引に乗り越え、横転しそうなほどに巨大な車体が浮き上がった。そこを内蔵されたジャイロスタビライザーが、強制的に車体を安定させた。
その揺れで荷台にいた寧の体もふわりと宙に浮くが、咄嗟にクレーンのフックを掴んで落ちる事だけは防いだ。
線路上で無理矢理に
「トッド! 無茶をしないでください!」
「悪ぃ! お
寧の声に大声で返すが、それを遮るようにステフも声を上げた。
「ダディ、ミサイル2!」
ステフは助手席の窓をたたき割りながら、車外へ身を乗り出した。
そのまま目を細め、右手に構えたガウスガンを四連射して飛来する二発のミサイルを空中で破壊する。
撃ち落とされたミサイルの爆炎を通り抜けながら、ステフは残弾の少なくなったガウスガンの弾倉を入れ替えた。
「あいつら、もうなりふり構ってないみたいだね」
「もうすぐマクファーソンの敷地外だってのに、盛大にやらかしてくれるな。こりゃどんな手でも使ってくるぞ」
かなりの無茶は出来ても、敷地内ほどの自由は無い。
敷地の内部であればまだ、火力を用いた自衛的行動という
だがこの線路上で大きな騒ぎを起こせば、大義名分もその力を大きく減じてしまう。
それでも
「二人とも、
運転席の屋根を叩きながら、風音に負けないように寧が叫んだ。
その脳裏に閃くのはこれまでを上回る火力による襲撃。恐らくは十全に能力を使える時でも、不覚を取るほどの脅威。
それが間近に迫っていると、寧の予知能力は導き出していた。
「ちょっと行ってくるね」
「おう、頼んだぞ。いつも悪いな」
「ダディがいるならいいのっ――んじゃねっ」
ステフはまっすぐに線路の先を見据える
ガウスマシンガンを構えていた寧は、僅かに眉をひそめながらじっとステフを見つめている。
「なによ」
「ステファニー。やはりあなた……そうなのですか?」
寧が指しているのが、セーフハウスでの会話の続き――ステフがトッドを一人の男として愛しているか問うているのはすぐに分かった。
しかし今回はステフは動揺もせず、少し首を傾げながら口を開く。
「わかんないよ、まだ。さっきのはなんて、寝る前にもやる事だし……でもね」
そこで一度句切ると、トッドに聞かれぬよう唇だけを動かして続ける。
『親子のものかは今のあたしには分からないけど、あたしはダディが大好き。愛してる。だからあんたにダディをやる気はないよ。絶対にね』
声無き宣戦布告は、寧に通じたようだ。
少しだけ悔しそうな悲しそうな顔をした寧は、風にたなびく髪を押さえながら口を開く。
「そう……ですが、私も諦めるつもりはありません。」
次の瞬間、二人の人造人間の視線は同時に一つの方向に向けられた。
ステフは昂ぶった気がもたらす勘によって、寧は脳裏に閃く予知によってだ。
視線の先には、軌道塔や中央区画の明かりを反射し、揺らめいている内海が広がっている。
口の中で小さく舌打ちした寧は、携えたガウスマシンガンを内海へと向けた。
「寧。あんたまだ超能力は回復してないの?」
「残念ですが念動も精神感応も使えません。よって、これから起きる事態には火力を持ってして対応する事となります」
「失敗したなぁ、ガウスカノンは温存しとくんだったかな」
「あれがあっても大差ないかと。相手が相手です。それにこちらからの攻撃はお奨め出来るものではありません」
二人の少女が見つめる先には、内海に浮かぶ一隻の船があった。
七つの橋で区切られた八つの内海には、それぞれに三隻ずつ軌道塔を守るために建造された小型のイージス艦が存在している。
それらは全長六十メートルにも満たない極めて小型のイージス艦だが、大型艦と同等以上の予算と装備をつぎ込まれていた。
昼夜無く内海を巡回するイージス艦群は、空中だけでなく海中――規模こそ巨大だがセカンドバベルはメガフロートの集合体だ――からの脅威をも防ぐ防御機構として機能していた。
それらのうち一隻、艦名「シェリー」は通常任務ではあり得ない命令を受けた。
イージス艦群に命令を下せるのは、軌道塔のたもとにある警備軍の駐留本部、ひいては国連の軌道塔管理・防衛部門である。
そこに横合いからの命令は
だがそこに例外は存在した。
セカンドバベルの建設に際し多大な協力を行ってきた企業――
軌道塔の保全に支障を来さない範囲でならば、軌道塔管理・防衛部門と同等の権限を持って警備軍に命令を下せる事は、
この命令を出す事による、金額的なものに留まらない代価は存在する。
しかしそれを支払ってでも警備軍を動かす事態は、様々な暗闘があるセカンドバベルにおいても、過去二度のみしか無かった。
今、マクファーソンカンパニーから来た命令によって、「シェリー」は上空に向けていたガウスカノンと艦対地ミサイル発射筒を周辺区画へと向ける。
目標は一台の車。
走っているのはマクファーソンカンパニーの専用輸送機関の敷地内だが、攻撃命令は確かにその車を指していた。
イージスシステムの一端に直結された、三人の専任オペレーターは揃ってその事に疑問を抱いたが、命令に不備は無い。そもそも不備のある命令であれば、軌道塔管理・防衛部門にある量子コンピュータで弾かれている。
オペレーターは目を凝らすのと同じ感覚で多目的レーダーを照射し、光学観測の結果を重ね合わせる。
線路上を走る大型のトラックの荷台には、二人の少女が乗っていた。運転席の男はまっすぐに前を向いているが、少女達は揃って「シェリー」の方を睨み付けている。
まさか分かっているのか――距離にすれば八百メートルは離れ、低反射塗装を施した船体は夜闇に紛れている。サイボーグでもなければ、この時間に船体を容易に発見する事は難しい。
だがこれから起こる事が分かっていても、命令が覆る事はなくオペレーターも手心を加えるつもりもない。
指先を動かすよりも容易く、オペレーターの脳は二発の艦対地ミサイルの発射命令を下した。
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