第26話 My Secret Order
オーバーヒートし強制停止したブラストピラーは、赤熱した金属の外殻を大きく展開して放熱モードへと移行した。六角柱から放射状に突き出た三つのフィンが、内部を巡る冷却液が沸騰させながら、表面に施された放熱塗料を蒸発させていく。
全力で稼働させた事などこれまでなく、いつ停止するか分からない工具だが、バッテリーが残っているうちに止まってくれたのは幸運だった。
これなら温度が下がれば再稼働させられる。
ステフはぐるりと首を巡らせながら、周囲の気配や音を探った。
そこかしこでは火災や爆発が起き、柱や壁を大きく削られた建物が崩れていく。
収まらぬ騒音の中でも、瓦礫の下や大破した走行車両の中で弱まっていく心音やうめき声、恐慌に囚われた者達の恨み言や泣き言を、
まだ戦意を失わない勇猛さを持った者は、ガウスガンの狙撃で片端からその愚かな頭を弾けさせていく。運良く
平らに
「あぁ、楽しいなぁ……とっても楽しいし気持ちいいや」
放熱モードのブラストピラーが発する熱い空気を吸い込み、熱っぽい息と共に外見に見合わぬ甘い調子を込めて呟いた。
その白い頬が紅潮しているのは、戦闘による高揚感だけが理由ではなかった。
これほど大規模な戦闘は、
蛍門工業公司に敵対する、身の程を知らぬ企業や犯罪組織、世界の発展に異を唱えて銃を持った環境テロリスト。そして他の
それらと戦い鎮圧し続けるために、ステフの脳には設計段階からある種の
障害は力で排除しろ。
本能と同列に刻み込まれた命令が、無意識の段階で実力行使を優先するようになっている。
話し合いも妥協も、ステフは好まない。
それは暴力の世界で生きてきた事に起因するだけではなく、産まれる前から仕込まれた
自分のような戦うしか出来ない存在を、倫理を無視してでも作り出したのは納得し理解もしているつもりだ。
問題はそこから先――戦うしか出来ない存在を作っておきながら、まだ人間は自分達の戦う場と力を求め、非合法活動やテロリズムに明け暮れていた。
それを間近に見続けたステフは、自分を取り巻く環境を障害と見なし、妥協せず話し合いもせず、その身に備えた実力をもって障害を排除し続け、セカンドバベルへと辿り着いた。
ちょっとしたことで頭をもたげるこの衝動に悩んだ時もあったが、今は仕事で開放してしまうのが一番だと理解している。
しかもここまで思い切り開放出来る機会はそうそう無い。
ブラストピラーを振り回し続けた代償としての火傷や痺れも、かすった弾や破片による傷の痛みも、性欲と混ざったような命令遂行の快感に比べれば、容易に無視出来るものに過ぎない。
何よりも脳内に深く刻まれた命令を、大事な父の許可を受けて開放しているのだ。
これほど喜ばしく嬉しいことはない。
初めて出会った時は敵だったが、すぐに少女として扱い、今では娘として接してくれる。
今回のご褒美は、ただ褒めてくれるだけではないだろう。
あの大きな掌が頭を沢山撫でてくれるかも知れない。
いつもはステフが重いと嫌がるが、膝に座ることも許してくれるかも知れない。
おやすみのハグとキスも、長めにしてくれるかも知れない。
今は想像でしかないが、
想像しただけでこみ上げてくる快感に、ステフは背筋を一つ大きく震わせた。
だが次の瞬間には、それらは頭から消え去っていた。
「ダディ……?」
思わず父を呼んだステフが不意に感じたのは、トッドに差し迫る危険。
奇しくもトッドはミーナが操る死体に抑え込まれ、覚悟を決めていたところだった。
一歩どころか半歩間違えれば死の危険が伴う、全身の人工筋肉の全力稼働。トッドがステフにも隠していた切り札の一つだ。
知るよしも無い機能によって、人造人間の知覚外の場所で起ころうとしていた事を、
ブラストピラーで築いた一面の瓦礫に視線を走らせ、記憶にある地図と比べ合わせながら、トッド達が突入した建物を特定する。
辺りを見回してから特定まで、時間にすれば十秒もない。
大都市に匹敵する面積を持つ敵地において、致命的な隙であった。
二キロは先にあるビルから放たれた10mm徹甲榴弾。
超音速で撃ち出された97グラムの弾頭は、ステフの左胸に命中し起爆する。
その運動エネルギーと爆発の衝撃に、小柄なステフの体は一瞬浮き上がり、手にしていたブラストピラーを放り出しながら瓦礫の上に倒れた。
機械化した眼球に直結した高倍率のスコープ越しに、倒れるステフを見ていた狙撃手は、心の中だけで小さく快哉を叫んだ。
どんな相手であろうと、この距離での狙撃を防ぐ事は出来ない。
自己記録では四キロ先からでも人間を撃ち抜けるが、西二十二ブロックには丁度良い建物がなく、仕方なしにマクファーソンカンパニーの社員が使うホテルでもあるビルからの狙撃を行った。
噂に聞くトミツ技研の魔女では無いようだが、
それを仕留めたとなれば、工作員の中での地位や評判も上がり、それに見合った報酬も約束される。
彼に狙撃を命じた善市郎は、首から下を撃てと注文を付けていたが、その注文も完全にこなした。
念のためにもう一発、今度は腹を――機械化した右目の中に拡大される視界の中で、何かが光った。
狙撃手はそれが何の光か確認する間もなく、ガウスカノンから放たれた28mm徹甲弾で構えていた狙撃銃諸共、上半身を消し飛ばされた。
「あたしのっ、邪魔、すんなっての……」
瓦礫の上に倒れたまま、抜き撃ちでのカウンタースナイプ。
人造人間でなければなし得ない反撃を成功させたステフは、口の端から血を流しながら小さくうめいた。
超高硬度と展性を併せ持つ合金と細胞単位で一体化した体は、徹甲榴弾における最悪の当たり方である、体内での爆発だけは防いでいた。
だが蛍門工業公司が持つ技術の粋を集めて作られたステフも、無傷とはいかない。着弾の衝撃で折れた肋骨は肺に刺さり、大きく破れたスキンスーツから見える控えめな胸には、弾頭との摩擦に加えて爆発による火傷を負っていた。
傷からは煙が上がり、その下では再生が始まっているが、治りきるまでには半日以上の休息が必要だろう。
そして狙撃手が一人とは限らない。
跳ね起きたステフはブラストピラーを拾いながら、今出来る全速力で駆けた。
その軌跡を追うように、何発もの銃弾が瓦礫を穿っていく。
「ダディ……無事でいてね」
僅かな囁きを瓦礫の山に残し、ステフは半ば埋もれた階段から地下へと突入していった。
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