第19話 betrayal

 ステフは食いしばった歯の間から熱い息をつき、娼館から少し離れたビルの屋上から周囲に視線を走らせる。倒したと分かる相手は工作員が十九人に偽装戦闘車両が二台。

 ゴーグルの端に浮かび上がった残弾を確認すると、ガトリングは残り四百五十三発、ガウスカノンが残り三発。予備弾倉はガウスカノンが一つのみ。

 予想される敵戦力からすれば、寧やアルフを抜かせば残弾の余裕はある。


「ステファニー。トッド・エイジャンスがどうなってもいいのかしら?」


 強い雨音の中でも人造人間の聴覚は声の方向を捉える。

 ステフは横目に寧を認めると、答える代わりに左手に持った対戦車ガウスカノンを向けて銃爪を引く。問答無用に放たれた28mm徹甲弾が、受け止めた不可視の盾ごと寧の体を大きく跳ね飛ばした。

 宙に跳ね上げられて大きく体勢を崩しながらも、寧は単分子ナイフを投擲して追撃を狙っていたステフを牽制する。

 しかし喉を狙っていたナイフはガウスカノンの銃身に叩き落とされ、軽い音を立てて地面に転がった。


「やっぱりね……この雨じゃ使いにくいんでしょ」


 彼我の距離は十メートルと少し。

 先の戦いで使った単分子ワイヤーの嵐が余裕で届く距離だ。だが寧が使ったのはワイヤーではなくナイフ。それも感触や音からすれば金属ではなく高強度炭素繊維製の軽い物だ。


 単分子ワイヤーは元々使いにくい武器だ。

 罠や銃弾に使ったり、刃物の切っ先に取り付けて単分子刃として使う場合を除き、その極端な扱いにくさから使う者は少ない。それそのものに重さが殆どなく、先端におもりを突けて振り回すにも自分の体を両断する危険が極めて高い。

 なによりワイヤーはまとわりつく湿気によって重さが変わりやすい。滝のような雨が打ち付ける今は尚更だ。


 寧は答える代わりにステフを強く睨み付けた。

 まだ対戦車ガウスカノンの銃口は寧を狙っている。左手を前に出し、いつでも不可視の盾を使えるようにしてあっても、止めきれない衝撃を味わったばかりでは以前のように動く事が出来ないでいた。


「トッド・エイジャンスは私の権限において、まだ生かしてあります。今投降するなら、トッド・エイジャンスも含めての安全を保証しましょう」

「一体何があってダディをそこまで重用するのかしらね。逆に怖いわよ」

「……あなたの、ためですよ」


 腰だめに構えたガウスカノンは動かさないまま、ステフはガトリングガンを振り、隣のビルから回り込もうとしていた工作員を視線すら向けずに撃ち倒す。


「ダディを返せ。そしてあたしらの前に現れるな。そしたらデータは渡す」


 これで倒した工作員は二十人と二台を数える。“眼鏡屋(オプティシャン)”の情報があっていれば残りは十二人。普通であれば戦闘の続行はあり得ない損耗だが、まだ寧もアルフも健在だ。

 一人だけの人質では、下手な手は打てない――そこを狙っての強襲だが、まだ寧しか引っ張りだせていないのは誤算だった。

 ガウスカノンの残弾があるうちに、出来れば与しやすいアルフから戦えればと思っていたが、それらしい気配も周囲にはない。


「……どうしても、あなたの能力を生かせる場所に来るつもりはないと?」

「あたしの居場所はダディのとこだ。お前の下じゃない」


 毅然としたステフに対し、寧は少し俯いたまま首を横に振った。

 顔を上げた寧は、濡れた唇をわななかせる。眉根に皺を寄せ、困ったように、悲しそうに寧は言った。


「残念、です」


 同時に風向きが変わった。否、寧の念動が風雨をねじ曲げる程に強まり、跳ね返された風がステフへと向かっている。

 右手には袖から滑り出た短刀型のナイフが握られ、その刀身が二人の頭上でひらめいた雷光を反射した。

 ナイフの切っ先が持ち上がり、ただそれだけの動作で殺気が膨れ上がった。


 背筋を走る悪寒に、ステフは大きく跳び退って間合いを離す。その直後、ステフのいた場所が真下から切り裂かれ粉砕される。

 寧が単分子ワイヤーを出さなかったのは、階下に忍ばせて不意を突くためだった。しかし不意打ちはかわされ、暴風雨に晒された単分子ワイヤーの嵐はその勢いを一気に失う。


 だがその不意打ちも寧にとっては、ステフを追い込む布石の一つ。

 寧の体は足を動かすことなく空を駆け、ガウスカノンの長大な銃身の内側へと入り込んだ。

 使いにくくなった必殺の一撃単分子ワイヤーを捨て石にして、致命の一撃ガウスカノンを無効化する。

 寧が不利を承知で暴風雨の中に出てきた理由だった。


 相対するステフもただ間合いに入られてはいない。

 ガウスカノンを両断せんとするナイフを、横合いから蹴りつけて軌道を逸らし、その反動で体を捻って頭へ向けて踵を叩き付ける。

 寧は一瞬早く左手をかざし念動の盾で頭を守ったが、叩き付ける雨の中で盾は不可視では無くなっていた。


 暴風雨によって姿を晒された念動の盾めがけて、跳弾覚悟でガトリングガンを向け斉射する。一秒足らずの時間だが暴雨をも圧倒する徹甲弾の雨が降り注ぎ、目も眩むような火花を散らす。

 ステフはガトリングガンの反動を抑え込まず間合いを離そうとするが、寧は左手をかざしたまま空を飛び追いすがる。


 ガウスカノンが使えない至近距離なら、ステフは火力の優位を生かせず両手が塞がったままでは単分子ナイフを抜く事も出来ない。それが分かっているからこそ、寧は間合いを詰め、ステフは離れようとする。

 しかも空中は寧にとって有利な場所だ。


 ゴーグルに映る残弾のカウントに僅かばかり躊躇するが、ステフはガトリングガンを投げ捨てた。返す手で胸元の衝撃型グレネードを投げつけるも、寧はナイフをひらめかせてグレネードを両断し起爆前に雷管を切り離す。

 そのまま間髪入れず翻ったナイフが、ステフの足めがけて振り下ろされた。


 避けられない――そう悟ったステフは足を引かずに、刃に向けてつま先を繰り出した。

 装甲の施されたつま先にするりと食い込んだ刃は、予想外の抵抗に足首を切り落とす事なく止まり、あり得ない手応えに寧の表情が凍った。


 足の指による白刃取り。

 刃の側面に施された低摩擦コーティングと、寧の腕力を相手に分の悪い賭けではあったが、運動能力を極限まで高めたステフの足指の力は単分子ナイフを食い止めた。

 予想し得ない出来事に意識を持って行かれた寧の単分子ナイフを、ステフの単分子ナイフが根元から切断する。


 得物を失った寧は左手を大きく前に突き出して、ステフを圧するように念動の盾を展開した。小さく呻くステフを寧は空中で加速しつつ真下へ――二十メートル近い高度から地面へと叩き付けようとする。

 戦車の装甲じみた頑強さを持つ寧の盾は無事で済むだろうが、それと地面に挟まれてはステフも無事では済まない。


 刹那の判断でステフは真横にガウスカノンを発射し、その強力な反動で一気に念動の盾から逃れる。流れ弾が娼館に大穴を穿つ破砕音の中、寧が地面に激突するのとステフが転がりながら着地するのは同時だった。


「っきしょう……」


 ガウスカノンの残弾は一発。腰の後ろには予備弾倉はあるが、再装填するには寧が近すぎる。

 娼館前の通りで、二人の人造人間は睨み合う。その距離は十五メートルほど。ステフにとっても寧にとっても、一瞬で詰められる間合いだ。

 だが寧が不意に視線を外して娼館を見つめた。


「何故……いえ、何をしているの?」


 寧の独語と雨音をかき消すように、隠れていた偽装戦闘車両がタイヤを鳴らしながら通りへと滑り込むように現れる。ステフからは寧を挟んで五十メートル弱の距離。

 ステフはガウスカノンを構え、偽装戦闘車両は隠蔽してあった武装を展開する。

 この位置なら一方的に撃てる――そう考えた途端に偽装戦闘車両は展開した武装を一斉に発射した。その射線上に寧がいるにも関わらずだ。


 ガウスライフルが、グレネードが、マイクロミサイルがステフや寧めがけて撃ち込まれた。だがステフの周囲にはガウスライフルの流れ弾が幾つか着弾するだけで、榴弾はその全てが明らかに寧を狙って撃ち込まれていた。

 暴風雨を吹き飛ばすような爆炎の中で、寧は両手を偽装戦闘車両に向けながら念動の盾を展開している。

 車両一台に積載された多数の火器を一度に撃ち込まれては、寧といえども動く事すらままならない。

 それだけに留まらず、周囲の路地から現れた四人の工作員が、ステフを無視して寧に集中砲火を加えた。


「仲間割れ……?」


 トミツとオメガの間に何か決定的な亀裂があったのか、それとも他にステフのあずかり知らぬ出来事があったのか。

 そのどちらにせよ好機には変わりない。

 ステフはガウスカノンを構えたまま、トッドが捕らえられている娼館へと走り出した。


「ちょっ、何!?」


 走り出したステフとタイミングを合わせるように、寧も娼館へ向けて飛んだ。寧を追う銃口はそのままステフを追う事になり、逃げたはずが更に大量の流れ弾がステフに向けて殺到する。

 寧は念動の盾ごと榴弾の爆発に跳ね飛ばされ、ステフと寧は諸共に両開きの扉を壊しながら娼館の中へと飛び込む。

 勢いのまま入り口脇のカウンターに激突したところで更に寧がぶつかり、クッション代わりになったステフはうめき声を上げた。


 背中と鳩尾を強く打ったステフは、涙目になりながらも周囲に視線を走らせる。そして体を起こそうと手を突いた時に、違和感に気がつく。

 壊れたカウンターの一部と思っていたのは、倒れていた工作員と思しき男の体だった。

 瞬時にステフの視線は男の傷を探し当てる。首筋が五センチほどの大きさに抉れ――至近距離からの短針銃特有の傷だ――それが死因となっていた。


 だがそれ以上思考を巡らせる暇は無かった。

 入り口から飛び込んできた自律誘導マイクロミサイルが二人へと降り注ぎ、その爆発を寧が念動の盾で食い止める。

 体勢は整っておらず、敵は四人と一台。寧から離れればしばらくは安全だろうがその余裕もない。

 意を決したステフは大声で叫んだ。


「あたしが撃つ! あんたは守れっ!」


 爆音で耳がやられていないかが不安だったが、寧は即座に対応した。ミサイルの弾幕が数秒止まった隙に、ステフの前に跪きながら左手を突き出して右手で支え、新たなミサイルを防ぐ念動の盾を展開する。

 ステフはガウスカノンの弾倉を交換すると、意識を集中して気配を探った。唇の間から息をつきながら、まるで壁が透けていくような感覚と共に、周囲の気配が鮮明に浮かび上がっていく。


「壁抜きいくよっ!」


 |養父(トッド)と組んだ時のように、警告を兼ねた宣言の後に、ステフは続けて五回銃爪を引いた。高断熱コンクリートで作られた壁も、ガウスカノンから放たれる28mm徹甲弾の前には木の板に等しい。

 念動の盾で防いでいた爆発が止み、代わりに外で大きな爆発音が一つ轟いた。


「敵……はひとまず倒れました。あ、あ……ありがとう……」


 埃まみれのまま、寧は肩越しにステフを振り返る。言い淀むのは礼を言う相手と倒した敵が本来は逆だからだろう。ステフは首肯で返礼するとガウスカノンを構えたまま、油断無く辺りの気配を探った。

 背後に感じた気配に振り向いたステフは、そこにいた者を認めて動きを止めた。


「何やらかしたんだ、お前……お前等……? 何で一緒にいるんだ?」


 上半身裸のトッドは、両手を挙げながら二人を交互に見やった。状況が飲み込めぬトッドに、ステフは飛びつきたい衝動を抑えながら口を開いた。


「なんでだろね? ダディのお迎えに来たらさ、なんか一緒くたに撃たれたのよ。理由は寧が知ってんじゃない?」


 ステフはガウスカノンを向ける代わりに話を振る。ステフとしても聞きたい事ではあった。


「我が社とオメガの間に、大きな考え方の違いがあっただけです……それよりもトッド・エイジャンス。どうやって脱出をされて?」

「目の前に二つも刃物置いてくれたんだから、逃げてくれって事だろう? お言葉に甘えさせて貰ったよ。ダイエットしたおかげで服の中に入れられたしな」


 寧の質問に、挙げたままの両手をひらひらと振ると、手品のように指先に高周波振動メスが現れる。見れば、トッドの上半身にはメスによるものと思われる幾つもの切り傷が出来ていた。

 高周波振動する刃は単分子ナイフに次ぐ切れ味を持つが、拘束具を内側から切るのに使うとは寧も思ってなかった。


「呆れましたね。まさかあの拘束具を抜け出すとは……魔女たる私の予想を上回るとは参りましたわ」


 そう言いながらも、寧はどこか楽しそうだった。だが刹那に表情を消すと、寧はステフに右手を向ける。


「ですが我が社、そして私の目的はまだ達成されておりません。ここでしたら、単分子ワイヤーも存分に――」


 寧の言葉が途切れ、見る間に顔から血の気が引いていく。ステフに向けていた右手が下がり、視線が宙を泳ぎ何かを探している。

 それと同時にステフの腰で端末が新しい情報の着信を告げた。


「なんなのよもう」


 寧の殺気がなくなったのが分かると、ステフはひびの入ったゴーグルに入ったばかりの情報を投影する。

 そして“眼鏡屋(オプティシャン)”から来た最新の情報を見たステフは、寧と同じく顔から血の気が引いていった。


「ダディ、逃げよう! ここ危ないっ!」

「駄目、間に合わない!」


 ステフがトッドの手を掴み駆け出そうとするのを寧の叫びが止めた。

 寧の両手が大きく振るわれた瞬間、階上の部屋――ほんの十分前までアルフとミーナがいた部屋では、トランクほどもある機械が起動する。


 次の瞬間、SADが根城にしていた娼館は二千度を超える爆炎と続けて発生した爆風により、セカンドバベルから消滅した。




 爆音と衝撃に車体が大きく震える中、バンに偽装した戦闘指揮車両ではアルフが満足げに腕を組んだ。

 その横ではミーナが投影式モニタをチェックしながら、ゆっくりと口の端をあげて笑った。


「アルフ。新型気化爆弾の動作、最終段階まで順調に終了しました。魔女狩りは成功ですわ」

「ああ。この中では僕でも耐えられそうにない。良い物を使わせてもらって感謝しますよ」


 アルフの視線は投影式モニタに映る巨大な火柱から、斜め前に座った人物へと向けられた。

 老年の域に近いその男は、この場にふさわしくないほど覇気が無く穏やかな雰囲気を持っていた。モンゴロイドの血が混じっているその男は、膝の上で軽く組んだ両手の指を解きながら、まるで公園でお喋りをするようにゆっくりと口を開く。


「構いませんよ。貴方たちの持ってきた手土産に報いるには、あれくらいの物は手配しなくてはね」

「ですが……良かったのですか? あれではデータチップも……」


 男はミーナの言葉に、のんびりと頷いた。


「どうせ持ってきてはいませんよ。でなければ強襲なんてするものですか。邪魔者はいなくなったのですから、時間をかけて……ええと、ステファニーさんですか。その子が動いた場所を探せば見つかるでしょう」


 皺だらけの指が目の前のモニタを操作すると、この周囲を起点とした地図が写り、そこに幾つかの赤い線が発生する。線は至る所で途切れているが、その途切れた場所には移動中のステフを捉えた画像が重なっている。


「可愛い子ですが、我々と与しないのしたら仕方ありませんね」


 大げさに十字を切って男は祈りの姿勢を取る。だがそこに本当の意味での祈りが込められていると思う者はいなかった。


「話は戻りますが、私達の待遇についてですが……」

「そこはご安心ください。新しい身分に国籍、お望みならば新しい体も用意する準備はあります。ようこそ、アメリカ……いえ、マクファーソンカンパニーへ」


 ミーナの言葉を引き取った男は、柔和そのものの笑顔を浮かべた。

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