第7話 目論見

「っの、馬鹿娘っ!」


 ステフが話し終えるまで黙っていたトッドは、開口一番大声を上げた。

 ハンドルを握り前を向きながら、横目に助手席のステフを強い視線で射る。


「演技でも、その手のやり方はやめろ。俺はな、お前にそんな事させてまで情報得ようなんて思っちゃいない。そんな事を自分の娘にさせるなら他の手を探す」

「でも、相手がトミツならどうしてもあそこで情報手に入れたくて……」

「その意気は良い。SADのメンバーを強襲するのも、まあお前の得手だから問題無い。俺はお前が美人局つつもたせの真似事をしたのが気に入らんのだ」


 情報を得られなかった事については何も言わない。空振りはトッド自身もよくあることだ。そこは運が悪かった、で済ませられる。


「ステフ。お前は強い。だが、まだ子供で、俺の娘だ。俺は娘が体を使って男を引っ掛けようとしてるのを、喜ぶような親じゃないんだ」


 それだけ言って、トッドは口をつぐむ。

 音楽も何もかけていない車内に沈黙が漂い、それに耐えきれなくなったのか、ステフが小さく言った。


「ごめんなさい、ダディ……」


 トッドはそっとステフの頭に手を乗せ、撫でる。その下で小さく、ステフが鼻を啜った。


「もうやめてくれよ。機械化してても、胃が痛くなりそうだ。だが、よくディスラプターやらプラズマカノンなんて持った奴に勝てたな。俺でもちょっと面倒だが、流石は俺の娘だ」


 柔らかい金の髪をくしゃくしゃと撫でると、掌の下でステフが少し涙目になりながらも笑った。


「あたし、強いもん。ダディより、ね」

「抜かせ。決着ついてないだろうが」


 釣られてトッドも微笑む。


「話に出た工作員……多分トミツだろうが、お前の何かに気づいた節があったようだが、そこは感づかれてなさそうか?」

「多分……でも、あの口ぶりだとトミツの工作員はあたしが戦ってるとこ見たら、予想はしちゃうんじゃないかな」


 トッドはステファニーと名乗っている少女が何なのか・・・・、全て聞いている。そしてそれがあまり口外できる類のものでない事は重々承知していた。


「感づいたって事は、あいつらの既知の情報にそれらが含まれてるって事だよなぁ。どこでそれを知ったんだか……」


 呟くような言葉に、ステフは何も言わなかった。様々な可能性を考え、組み立て、消していく。

 名前を呼ばれているのに気づかないほど集中していたが、頭の上に乗った手で揺さぶられて中断させられる。


 手を払いのけながら不満げにトッドを見やると、信号待ちで止まった車の中、じっとステフを見つめていた。


「ステフ。お前まさか、一人でどこかへ行こうとか考えてるんじゃあるまいな」


 図星を突かれたステフは、目線を外す。確かにそれも考えていた選択肢の一つにあった。

 養父トッドを守る選択肢としてだ。


「そこまで頼りないかねぇ、俺」


 ため息と同時にトッドは車を発進させる。

 ステフは何か言おうと口を開くが、迷いが言葉を紡いでくれなかった。

 トッドは全力でステフを守るだろう。

 それこそ、命をかけてでも。

 それが嬉しくもあり、申し訳なく思う。

 仕事とは直接関係がない、ステフ個人の理由で養父トッドが無用な危険に直面するのは避けたかった。

 そんなステフの内心を慮ってか、ぶっきらぼうな言葉がかけられる。


「ま、俺がやばくなったら逃げろ。危ない事を分かっていて仕事を引き受けたのは俺だから、お前がそこまで義理立てする事はない」

「ちょ、そんな事出来るわけ――」

「やるんだ。そのケースでの逃げ方は前に教えただろう?」


 慌てて否定するが言下に強い口調でトッドが言う。

 ステフがトッドの養女になった時、どちらかがたおれた時の行動については綿密に話し合っている。

 トッドがたおれ、トラブルシューターを続けていくケースとセカンドバベルからどこかへ逃げるケース。

 ステフがたおれたケースも勿論考えられている。

 その時に必要な物や金は、二人だけしか知らない場所に隠してあった。

 どちらがたおれても、残った方が生き延びられるようにする。

 二人の間で最初に取り決めた事の一つだった。


 我ながら狡い事を言っているな――と、トッドは苦笑する。

 それでも、強く言っておかなければもしもの時に共倒れになる。


「予想外に事がでかくなっちまったが、その分の実入りはあるだろうし、無事に片付けられりゃ良いもん食えるぞ」


 調子を変え明るく言うが、ステフの顔は曇ったままだ。トッドは無精髭の生えた顎を撫でつつ嘆息する。


「ステフ。俺とお前で何回企業の工作員を返り討ちにしたと思ってる? 七大超巨大企業セブンヘッズとやりあうのだって、これが初めてじゃない。そんなに悲観してると、要らんミスが増えるぞ?」


 七大超巨大企業セブンヘッズ二つ同時は初めてだがな――と続く言葉は飲み込んだ。


「ん……そうだね。今考えてもしょーがない事もあるしっ」


 ステフは努めて明るく言うと、気持ちを切り替えるために話を変えた。


「でさ、ミーナはどうする? 七大超巨大企業セブンヘッズに繋がってるのなら、どこかで情報引き出さないといけないけど」

「そこはあれだ。こっちが正体掴んでる事を言って、本当の事を話して貰うさ。その上で、報酬の増額をねじ込む。ミーナが抱えてるものが何か分からんと、危険度が計り切れん」


 あっけらかんとした答えが返ってくると、ステフは少し慌てて聞き返した。


「え、そこで話すの? 駆け引きとかはしないの?」

「俺達が独力でやるにはちょっと面倒そうだしな。どこかで味方を作らにゃならん。ミーナは俺達を嵌めて使い捨てようとしてるだろうが、緊急時に俺達T&Sトラブルシューティングを選ぶくらい頼れるって事は分かってるはずだ」


 荒事慣れしたトラブルシューターは、セカンドバベルに数多といる。

 それら同業他社の情報や評価は逐一拾っているが、人数こそ少ないもののT&Sトラブルシューティングは荒事に限れば贔屓目抜きに指折りと言って良い。


「ミーナは自分がSADやそれに与する者……トミツとは思っていないかもしれないが、SAD以外の勢力にも狙われている事は分かっているだろう。それを当面凌ぐ手段は確保せにゃならん。そこに俺達が付け込む訳だ」


 敵の敵は味方とはいかなくても、一定の利害を共通する立場なら一時的になら手を組めない事もない。

 そこらのギャングやマフィア、環境テロリストや非合法活動部門が大きくない中小企業ならまだ良いが、今回の相手は国をも黙らす七大超巨大企業セブンヘッズ

 味方につけるなら、相応に力がある方が良い。


「話してくれるかなー? どこまでやっちゃっていい?」


 そう言いながら、ステフは小さく助手席で体を伸ばした。どこまでステフ流・・・の尋問をして良いかという事だ。


「俺がやる。あと、何があってもお前は手を出すなよ。もし俺が撃たれても、だ」


 バーでSADに強襲された時のように、ミーナを全力で殺しにかかられてはトッドと言えど止めるのは難儀する。

 セーフハウスの監視機器に干渉出来る機器を持っているのに、護身用銃器の一つも持っていないとは思っていなかった。


「さぁて、質の悪いお姫様はお淑やかに待っているかねぇ」


 セーフハウスに近づくにつれ、車通りが減っていくとトッドは一度車を止めて監視機器を呼び出した。

 未見の時刻までデータを巻き戻していると、視線に割り込むようにステフが顔を突き出してくる。そしてその指は自身の顔を指さしていた。

 何を言わんとしてるか分かったトッドは、頭を撫でながらステフをどかした。


「あー……お前も俺にとっちゃお姫様だよ。モニタ見えねぇから退いてくれよ姫」


 嬉しそうに頬を緩めるステフを視界の端に収めながら、トッドはデータをチェックしてミーナの動きを確認する。


「罠らしい罠は仕掛けてないな。これで仮初めの我が家に帰って、一息つける」


 トミツ技研が敵に回っているとなれば、追跡対策は特に念を入れなければならない。話をしながらも運転中は尾行や監視カメラの動きには注意し、偽造ナンバーも一度変更してある。


「お腹空いたよねー。ちゃんと美味しいもの食べとかないと、仕事中に動けなくなっちゃう」

「……まずは当たり障り無く、だ。食事終わったら本題を俺から振る。分かったな」


 座席越しに後ろを見やるステフの目は、後部座席に積まれた山のような食料を狙っていた。

 うちの姫は燃費が悪すぎだ――食事が確約されて嬉しそう何度も頷くステフを見て、トッドは大きくため息をついた。




 寧は指輪型端末が伝える微振動に、スプーンを持つ手を止めた。

 普通はカップルや家族など複数で食べるような大盛りのパフェを前にして、その殆どを食べているといえど、味わっているところを邪魔をされるのは腹立たしい。


「なんでしょうね、全く……」


 口を突いて出た言葉そのままに、手荒く端末を操作して網膜へ直接情報を表示する。良いニュースであれば溜飲も下がるのだが、表示されたのは真逆のものであった。

 戦闘要員として動かしていた部下の死亡報告と、それに伴うセカンドバベルの警察機構の動き。

 連絡要員が伝えてきた情報はこうしたものであった。


 形良く閉じた口の中で歯が軋る。

 思い描いていた絵図が変えられていく。

 それが溜まらなく不愉快だ。


 自分が扱う部下は、能力も性格も全てにおいて一定以上のものを持っていると自負している。だからこそ装備も行動もある程度個々人の裁量に任せていた。

 戦闘要員が想定外に殺される事など、他の七大超巨大企業セブンヘッズの工作員とやりあうのでなければ、そうある事ではない。


 しかし連絡要員からの情報に間違いはないだろう。

 脳皮質爆弾コーテックスボムの起動時には、工作員一人一人に個別に割り振られた特定の信号が発信される仕組みになっている。信号を感知した場合、該当案件に関わる連絡要員が確認して上司――この場合は寧に――報告する手筈だ。

 工作員の死体を警察に確保されたのは痛いが、取り戻すのも事件そのものを無かったことにする方法も七大超巨大企業セブンヘッズなら事欠かない。

 寧は指輪を嵌めた手を顎の下に当てると、秘話モードで通話を開始する。


「私です。ち=八十五番の件は見ました。補充要員として、ぬ=十八番と九十番を戦闘要員としてこの案件に追加します。また現時点より装備の基準ををCランクからBランクに上昇。警察と報道への秘匿は裁量で。それと私も現場に向かいますので、五分後にこちらへ車を回してください」


 伝える事だけを伝えて通話を切り、深く深くため息をつく。

 問題は二つ。

 一つは寧への評価が下がる可能性が僅かでもある事。工作員と言えど、企業に属する個人である事に変わりなく、部下を上手く使えない上司への評価は芳しいものではない。

 部下を予定外に失ってしまっては、これまで交渉でだけ動いていた寧も直接現場に出なくてはいけない。

 それに遺族がいれば相応の金を出さねばならない。例え工作員であっても業務上での死亡であるならば、遺族が詳細を知る事はないが労災相当として扱われるのがトミツ技研であった。


 もう一つの問題は、器の底に敷かれたパイ生地が適度に黒蜜を吸っているのに、それを味わって食べる時間が無い事だった。


「疲れた脳には甘いものが最高なのですけどね……」


 寧はスプーンでパイ生地を崩しながら零した。

 頭を使う・・・・案件が待っていると思うと、折角のパフェも味気なく感じられた。

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