54話 ひと際感動を覚える瞬間というのは、ほんと一瞬のできことで
けーちゃんの機嫌もなんとか戻り、次は公園の中をグルグル探索である。と言っても、弘前公園の中はそこまで広くなく、ざっと見るだけで10数分もあればまわれてしまえるくらい。あ、10数分は言い過ぎかも、30分くらい?
しかしそれは何も無い日に歩き回ってである。
今の、思いっきりシーズンインしちゃっている時だと、何処も彼処も、人人人の人だらけ。ちょっとした距離を進むのにも亀さんのようなスピードでしか歩けないのである。田舎の町に一体どれだけの人がいんだよなんて思わなくもないけれど、逆を返せばそれだけ多くの人が弘前市に興味を持ってきてくれているのだと思えばなんとなーく嬉しくなってしまう。
私にとって、この町は大好きな故郷で、関東などに住むよりは遥かに素晴らしいとさえ思っている。言わば弘前市と私は一心同体。この町の良いところを見てくれて、感じてくれて、そして良い感想を貰えると私まで嬉しくなってしまうよね!なんとなく!
「姉ちゃん姉ちゃん!あれ食べたい!」
謎の感慨に耽っていると、我が愛しの弟のおねだりの声が聞こえてきた。声のする方に顔を向けると、よーちゃんがキラッキラとした瞳でこちらを見つめていた。
何この可愛い生物。
思わず抱き締めてしまいたい衝動に駆られるが、お姉ちゃんは大人なのです。何度も同じ失敗などしません。私さんは学ぶ子なのですよ?
「……姉ちゃん手が震えててヤバい」
必死に、そりゃもう必死に内なる衝動を抑えていると、今度はけーちゃんが声をかけてきた。ジト目付きで。
「はっ!ふふふふふるるるるええええてててなななないいいいでででですすすすよよよよ?」
「声まで震えてて思った以上にヤバい感じだった!?」
声まで震えてるとは失敬な。それよりもなんか揺れてる気がするよ?これは地震では?地震でも楽しそうに笑う皆さん、プロの祭人ですね!
けーちゃんはそんな私に警戒してか、私から手を離すとススっとみーちゃんの後に隠れてしまった。みーちゃんはそんなけーちゃんにあらあらまぁまぁと頬に手を当ててニコニコ。
それを見て私は面白くなくてブスーっと。
なによなによ、確かにみーちゃんの方が発育とか雰囲気とか姉っぽいですよ!みーちゃんて、あぁ見えて着痩せするタイプだから脱いだら凄いし!私は……私は……未来に期待……なのです……ほら!うちのママンはスタイル良いし!おばあちゃんもスタイル良いし!何より胸部装甲がバインバインぞ?つまり私もそうなる筈よ!えぇ!
あ、因みにみーちゃんが着痩せするタイプであるソースは、さっきの抱きつきによる感触と体育の着替えの時に見た私の眼です。え?羨ましいって?なら女になりたまえ。女はいいぞー?無礼講で触り放題お互いにキャッキャウフフお花畑よ。
あ、男はノーサンキューなのでお引き取りください。紳士もノーサンキューよ。
「啓一はなんか食うか?買ってやるけど」
お父さんがそんなけいちゃんに苦笑しながら声をかけると、けーちゃんはうーんと悩みながら「あれ」と指さす。それは
「あ、私も食べたい!」
かく言う私もですね、はい、綿あめ食べたいです。砂糖の塊だけどさ、乙女の敵だけどさ。でも綿あめって不思議な魔力があるものでしてね?特にお祭りの時の綿あめって「私を食べて……お食べになって」って語りかけてくるんですよ。見た目が雲みたいで、口当たりもフワッととろけて、一瞬で消えていく。それは泡沫の夢のよう。間違って水の上に落とそうものなら一瞬で消え「こんにちは!」と割り箸が顔を出す、そんな儚いやつなんですよ。
なのに美味しいし、綺麗だし、可愛いし、夢が詰まってるんですよ。つまりですね?カロリーとか糖分とかもフワッと溶けて消えてしまうのです。無いも同然。これが本当のゼロカロリーですね!マーヴェラス!
「綿あめか……でもあれ砂糖の塊だぞ?太るぞ?」
「そんなことないもん!溶けるからゼロカロリーだもん!それに綿あめは美味しいよ!悪魔的だよ!私も食べたいよ!!買ってきてっ!」
「お、おう……琴音もだな……うん、わかった……」
ぱぱん、折角現実を直視しないようオブラートに包んだのに何故そんな事を言うのかっ。これだからデリカシーがないって怒られるのよ!
私の怒りに圧倒されたのか、お父さんはそそくさと綿あめの列に並び、程なくして手に7つの綿あめを持ってきた。7つも持つって器用だな、おい。何気に綿あめってフル状態だとかさばるから持ちにくいんだけどね。そこはまぁ流石父親というか、手がでかいし、気合で?持っている。そんなお父さんを見てるとなんか不憫というか、情けないというか。そうさせたのは私ですけどね!
1つはよーちゃんに、1つはけーちゃんに、そして私に1つとみーちゃんやみーちゃんず妹弟にも一つずつ渡していき、ふぅと一息ついていた。
うん、まあ、そだね。頑張ったよ、ぱぱん。褒めてつかわそう。
ジトーっとした目を向けながらも、私はわくわくとした気持ちで綿あめの包装袋を取る。持ち手になる割りばしにきっつーく縛られた輪ゴムが中々強敵である。
「むっ……」
なんかやたら硬いんだけど?
何これ、私に喧嘩を売っているのかな?
私は輪ゴムに全集中の呼〇でなんとか外そうとするが外れない。
周りの子たちは割と簡単に外し美味しそうにあむあむしているではないか!みーちゃんとか見てみいよ!何よあの幸せそうな顔!とろけているよ!雪見大福みたいで柔らかそうなほっぺに綿あめ付けてあむあむしているよ!あざといよ!!
みーちゃんだけではない。けーちゃんもよーちゃんも美味しそうに食べている。未だ私だけが輪ゴムと格闘しているのである!!おかしくねっ!!?
「ふぁっきん輪ゴムぅ!べりーべりーはぁどらばーばんどぉぉおおお……!!!」
輪ゴムとの攻防は続いている。
くぅきききぃいいと変な音を口から漏らしながら、にっくき悪魔(輪ゴム)から夢(綿あめ)を取り返すべく力を籠める。
前世での職場のチーフが言っていた。
ぱわぁいずじゃすてぃす!と!!!
その言葉の通り、この世界の心理とは正に力。私は今、世界の心理を以てこの悪魔とかつてない程真剣に、かつ、熱い戦い(力入り過ぎて指が熱い)を繰り広げていた。
なんて強いんだ!こいつ!戦いの最中にレベルが上がってやがる!いや、私の力が……劣ってきているのだ!!!
なんてことだ!!このままでは負けてしまう!!
でも、負けない……!
私は負けたりなんてしない!
守るべき家族がいる。守るべき友人たちがいる。色鮮やかな出会いと別れ、そしてつながりが、私に勇気と力を与えてくれる!!!
私の心に熱い炎が宿る。それは光輝き、まるで闇を打ち消す後光の如く燃え盛る!
大丈夫、私は勝よ。
うぉおおおおおおおおおお!唸れ!我がジ・ゴッド・オブ・ディステニー・ブレイク・ライト・ハンド――。
「お、なんだ琴音。そんなわざわざ輪ゴムからやらんくていいんだぞ?」
「――ぁ」
ひょいっ。
そんな軽い擬音が聞こえてきそうな感じで、私の手から綿あめは抜き去られてしまう。
「こういう時はな、この辺を――ブツッ、とやれば簡単に取れるんだ」
スッ。
そして今度は差し出された。
見事に包装袋が剥がされ、無残にも役割を失ってしまったやたら硬い悪魔(輪ゴム)が所在なさそうに割りばしにへばりついている。そこから上を見れば白く輝く綿あめ(夢)が鎮座し、私を食して?と後光を発していた。
「……」
私は無言で受け取り、美味しそうな綿あめを見る。
うん、美味しそうなんだよね。
うん、ありがとうなんだよね。
うん、ぶっちゃけ指が痛かったし、なんだったら爪が圧迫されすぎて痛かったから、凄く助かったんだよね。
でも、なんだろ。
凄くやり切れない。というより不完全燃焼というか。ラスボス戦、苦しんで苦しんで、漸く倒せる!そう手応えを感じた瞬間に横からコントローラをかっさらわれ、トドメの一撃だけをさされた感じだ。
「あれ?琴音?どした?」
諸悪の根源である父親が「やってやったぜ!」とでも言わんかのような絶妙なドヤり具合でこちらを見ている。
「うん……まぁ……ありがとだよね」
「はっはっはっは!どういたしまして、どうだ美味いか?」
私は何とも言えない顔で、パクッと一口頬張る。
予想した通り、柔らかで、優しく、それでいてべたつかない、スッキリした甘さだ。ざらめ糖は〇井のを使用しているのかな?知らんけど。
ただ、そう。
甘いは世界を救うと思うの。
確かに諸悪の根源は非道の限りを尽くしてくれたが、甘いは悪くないのだ。めいくはっぴーわーるどである。
私は綿あめを口でもふもふとしながら周りに目をやる。そうすると、けーちゃんもよーちゃんも、みーちゃんも。皆美味しそうに食していた。その顔は笑顔そのもの。なんというか邪気の感じられない……そう無邪気な笑顔をというやつだ。
きっと脳内は綿あめウメー的なので埋め尽くされ、その他には考えていないのだろう。
「いいなぁ……」
無意識に出てしまった言葉に、私はハッとし口に手を当てる。
とても、とても小さな声だったのと、このお祭りの喧騒の中で誰一人として気付くことはないだろうが、誰かに聞かれてしまったのではと少しひやひやとする。
念のため、目線だけで周りの様子を見てみるが、誰も私の呟きには気付いていないようだ。みーちゃんあたりに聞こえてしまったら根掘り葉掘り聞かれること間違いないだろう。
とは言え、その目線ががっつりみーちゃんと合ってしまったので、咄嗟にスマイルで返しておいたら頬を赤らめて笑顔になってくれたので、セーフ。
全く、何故かみーちゃんは私に対しての勘がやたらいいので気を付けなければいけない。勘が良いガキは嫌いだよ。なおみーちゃんはその限りではないです、ハイ。私はみーちゃん大好きです、えぇ。
はむっと、また綿あめを口に含む。
やさしい甘さが口内に広がり幸せな気分になる。幸せになると同時に、口の中で溶ける綿あめと同様に私の……すらも溶かして消してくれればいいのになんて思ってしまう。
私も、何も知らないわたしであったなら純粋に何も考えずに楽しめたのかもしれない……なんてセンチになりながらもふもふする。
「あまぁー」
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