47話 冷戦、それはロシアとアメリカの戦い……母と祖母は無表情である。
うぇぇ……。
目の前ではお母さんとおばあちゃんが一触即発な雰囲気。明日からはゴールデンウィークなわけで、もう今日の学校が終わってから楽しみ万歳なわけだったのだけれど……。
おもっ。
おっもっ!!
何この空気?!ピリピリしてるよ!電気風呂に浸かってる感じだよ!!
なんでいきなりこうも出鼻をくじかれる感じなんですかねぇ!前世ではこうも何かしらのイベントなんてありましたっけ??……無気力過ぎて気付かなかっただけ??
お母さんはプカーとタバコの煙をくゆらせながらそっぽ向いてるし、おばあちゃんはツーンとして背筋ピーンだし。
……そう言えばこの2人って仲悪かったっすねぇ。事情が事情なんだけれど、間に挟まってる私の気持ちも考えてもらいたい……。
沈黙。
聞こえるのはお母さんのタバコを吐き出す音と、自身の呼吸音。ついでに言えば私の鼓動の音でしょうか。徐々に心拍数が上がっていくのがわかるよ!下手したら背中を伝う冷たい汗の音が聞こえてきそうな程だ。
あれ?今って精神統一の時間だっけ?皆さんお気付きかもしれませんが、私は雑念が多すぎるのでそーゆーの苦手なんですよ。ホント勘弁していただきたい。お寺とかで座禅でも組もうものなら速攻で肩パンされて終わるころには戸〇呂兄みたいなことになっちゃうよね。些細な音も立ててはいけない、そんな感じがするよ。
あ、肩パンって肩にパンチすることじゃなくて、肩にパンって
「ところで琴音さん」
「あ、はい」
永遠に続くかと思われた沈黙の中、自身の妄想世界に旅経っていた私を連れ戻したのはおばあちゃんだ。急に絶対零度の世界に戻されたものだから、私は反射的に若干気の抜けた返事をする。
「5月4日は空いていますか?」
「4日ですか?……えっと」
明日は3日。その日は桜祭りがあるのでNG……あれ?おばあちゃんは来るのかな。あー、それで4日は特に何も予定を入れては無かったはず。またお母さんが秘密裏かうっかりをやらかしていなければだけど。
私はチラッと横目でお母さんを見ると、特に表情には出していないので4日に何か予定が入っているということは無さそうだ。
「特に予定は無いです。なので空いてますよ」
私がそう言うとおばあちゃんは手元のお茶を一口飲み口を開く。
「そうですか。であれば丁度いいですね。その日『着物で歩きましょう会』があります。なので琴音さんも参加しませんか?」
「着物で歩きましょう会……」
私は一瞬キョトンとなるが、すぐにあぁと思い出す。
着物で歩きましょう会。
それは読んで字のごとく、着物を着て歩くというもの。
弘前市って弘前公園もそうだが、その周辺もそれなりに趣のある町並みである。元々城下町ってこともあり、今じゃ現代に残る伝統的建造物保存地区としてそれなりに有名だ……有名だよね?
まぁそんなわけで、着物とか来て歩けばちょっとしたタイムスリップを味わうことが出来るわけだ。そんな体験ができるのがこの「着物で歩きましょう会」である。
若い世代にはそんなに人気は無かったが、着物好きなおじおばちゃま世代には大層人気があり、孫と楽しむためのツールの一つとしての側面もある。私自身も前世で何度か参加したことがある。当時の「俺」は着物なんて着るのは面倒だし、それを着て歩くことに何の意味があるのかとよく思ったものだ。
今だから言えることだが、こーゆーのに意味を求めてはいけないし、もしあるとすれば普段は着れない着物を着て、綺麗な公園を見て、ちょっとした非日常を楽しむってとこだろう。
あるあるだけど、それに気付いたのは大人になってからで、その時には既に着物で歩きましょう会は無くなってしまった。楽しみ方を覚えたら無くなっていて、何とも言えない悲しみとやるせなさを感じたものだ。
しかーし!それを今もう一度楽しめる!あの時とは違う感性で見て体感することができるというのなら……なんて素晴らしい!
しかもしかもしかも!私気付きましたの!綺麗な服や可愛い服を着たいというのは女の子にとって、切っても切り離せないものなのだと!つまり、身も心も女の子な私は着物が着たくて着たくて仕方ない!
身も心も女の子だからね!
……だからねっ!!
私はバンッ!とテーブルに両手をつき体を乗り出す。
「はい!是非にでも!」
ここまで約0.5秒。
一瞬の間があったとはいえ、ほぼほぼノータイムでの返答におばあちゃんは若干目を開き上体を反らしている。さっきまでの貞淑さはどこへやらとな。でも目の前に釣り針をこれでもかと下げられていたら食いついちゃうでしょ!金魚だってパクパクよ!
逆にお母さんはと言うと……少しつまらなそうだ。まぁ自分が苦手としている相手のところに自分の娘が嬉々として行こうとしてるのは面白くないだろう。ただ、それでも子供にはなるだけ色々経験させたいと思っていることだろうから、微妙な顔になるというところなのだろう。
「ま、まぁ。では明後日は朝8時に迎えに来ますから、寝坊はしないでくださいね」
「コホン……はい。わかりました」
おばあちゃんは動揺が声にも現れてしまったのか、珍しく歯切れの悪い相槌をうった後、明日の集合について言った。私も少々貞淑さが欠けていたなと剥がれ落ちたメッキを再度張り直し返事をする。
剥がれたものを再度張りなおせるのかだって?大丈夫大丈夫、3秒ルール的な?接着材でくっつけたら何とかなりますよ、えぇ。3秒以上経ってるだろとか思っている諸君。私がまだ3秒経ったと思っていなければ、3秒経っていないんですよ!
……???
「要件はこれだけです。では、私は帰りますね」
おばあちゃんはそう言うと、サッと立ち上がり部屋から出ていこうとする。
おいおいおい。いくら何でもそらないだろ!
居心地は悪いなとは思ったけれど、それでもそれだけで帰っちゃうの?もっとこう楽しいお話とかはしないの?普段顔を合わせることも無いんだし、折角だからもっとお話しでもしましょーよー。って、あぁ、ふざけてる場合じゃない。早く話しかけなくちゃ。帰っちゃう帰っちゃう……。
「お、おばあちゃん!」
話題は無いが、流石にこのままではスーッといなくなってしまいそうだったので取りあえず声をかける。するとおばあちゃんは既に部屋から出る寸前だったが、ピタッと止まりこちらへ振り向いた。相変わらず温度を感じさせない冷たい視線だ。当時の私ならこの視線に委縮して何も言えなくなっていた。だが、こちとら中身はそれなりの場数を踏んできた人生半人前ぞ!多少のことじゃひるまんよ!……話題はないけど!!
「なんですか?」
「え、えっとぉ……」
はい、マイナス1ポイントぉぉ!
呼び止めておきながら「えっと」と言いよどむのは失点ですぞ!おばあちゃんの目がドンドン細くなっていく気がするよ!……じゃなくて!あぁ、もう!こういう時に茶番に走っちゃう私を何とかしてくれ!!話題!とにかく!わだーーーい!!!
心の叫びでスクリームを奏でていたが、そこでキュピーンと天啓が下りる!そうだ!あったじゃないか!割とすぐ直近のベリーホットな話題がそこにさぁ!
私は心の中で左手に装着した例のデュエリストが装備するあれからカードを1枚引き抜き攻撃表示で召喚!!!!
「おばあちゃん!明日、桜祭り、行きませんか?」
そう桜祭り。明日はうちとみーちゃんファミリーで合同のお花見だ。であれば、おばあちゃんも誘うのが礼儀と言うもの。ここで良い孫アッピルしてお母さんとおばあちゃんの仲を取り持ってあげよう作戦だ!
みんな笑顔でみんなハッピー!うぃんうぃんのうぃんですよ!やっぱり何でもそうだけれど、バッドエンド、ダメ、絶対。座右の銘はノーマルよりもトゥルーエンド。トゥルーよりもハッピーエンドの私だ!
こんな険悪なままなんて私の目の黒いうち許さない!幸いにも今はまだ修正が効くはずだ。前世の時よりも早い段階で動けばそれだけ良くなる可能性は上がる、はず!それに私まだJC1の孫だしね。可愛い孫のおねだりには勝てないのがおばあちゃんと言うものよ!
私は笑顔でおばあちゃんが口を開くのを待つ。いつもの必殺琴音ホーリーセイクリッドスマイルよ。きっと「いえ、行きませんが」とか言ってくるから、そこに私が「なら一緒に行きましょう!みんなで楽しみましょう!」とか言って心をグッと掴むのだ!これでおばあちゃんはズッキューンで、はぅあっ!ですよ!あぁ、私ったら今日も冴えてる――。
「行きません」
――あれ?
一瞬何を言われたのか分からなかった。
「明日は大事な会議がありますから」
「……えっ、あっ……そっか……」
「以上ですか?では今度こそ行きますね。この後も予定が入ってますので」
そう言うとおばあちゃんは足早に去って行ってしまった。
またね、も言う暇もなかった。
ただ、そのまま流れに任せて相槌を打ったら、気付いたら終わっていた。私の脳内シュミレータが演算した結果とはあまりにかけ離れていたものだから、茫然としてしまった。
何だか……少し胸が痛い。
別に、涙が出るとか、そんなんじゃないけど。でもなんか、胸がキューッと締め付けられる感じがした。
確かにおばあちゃんはちょっと怖いし苦手。
でも、やっぱり家族なのだし、おばあちゃんなのだし、もっとコミュニケーションを取りたい。前世ではできなかったことや、やらなかったことを一緒にやってみたい。もっと近づきたいと思った。だと言うのに、こうもあっさりといなくなってしまうのか。
「だはんで。あんたも、あいつ誘うのやめればよかったのに」
お母さんは興味なさそうにそう言うと次のタバコに火を付け口に咥えた。心なしか普段よりもペースが早く見える。ついでに全身が小刻みに揺れてるので足元を見てみれば、小さく、貧乏揺すりをしていた。
なんとなく。なんとなくだけれど、お母さんもおばあちゃんを桜祭りに誘ったのだろうと思う。だけれど、私と同じ様に「仕事」で断られてしまったのだろう。だからこそこうして不機嫌を体で表しているのだと思う。
私自身もショックと言えばショックだけれど……。
それよりもこの二人の溝は結構深いように見えた。まぁそれは前世からも知っていたことだけれど、こうして関わっていこうと思ったからこそ猶更その深さがより見えた、とでも言うべきか。
どうしたもんかなぁ……。
正直、この問題は中々にハードルが高そうだ。今の私じゃちょっとどうしたら良いのか見当もつかない。
私は、未だに締め付けるように痛む胸と、お母さんの不機嫌そうな表情の瞳の奥にある寂しさのようなものが見えた気がして、気分が沈む。
あーだめだめ!!
やめた!やめた!
今はまだ考えても仕方がない。だって今の私じゃわからないんだもん。だったら今出来ることをするしかないでしょ。差し当たっては明日の――ってそうだよ!元々帰ったら何をするつもりだった琴音!
「お母さん!!」
「ん?」
私はもう一つの大事なことを思い出した。
「明日、桜祭り行くんだって?」
「え?あぁ、んだ。あんたもさっきもそう言ってたじゃな」
「私ね、今日みーちゃんに聞いて初めてわかったんだけれど」
「あれ?んだっけ?」
「んだ」
「あー、れー……うっかり」
「うっかりじゃないよ!明日だよ!?明日!?準備どうするの!?」
「準備……あぁー!明日じゃん!!」
「だから明日だって!!!」
「ちょ、急いで準備準備!琴音も手伝って!!」
「勿論やるに決まってるよ!早く早く!」
どうやら桜祭りの件はお母さんのうっかりだったらしい。
うっかりは怖いね!!
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