30話 日常とは常日頃だから日常なんだ!つまり普遍的である!

 何かが起こるかのような幕引きをしても、何も起こらない。


 それがお姉ちゃんライフ――。


 そんな風に思ってるのは琴音ちゃんのみです。








 一つ目の行事?でもあるテストが終わり皆一様に落ち着いている。私も同じように「終わったなぁ」みたいな感じで小休憩タイムである。


 しかーし、イベントはまだまだあるんですよね。4月はもうないのだけれど、5月には運動会と1学期中間テストが待っています。運動会はいいんだけどね。みんな大嫌いテストが1ヶ月後に控えているんですねぇ。いやだねぇ。


 私は正直頭は良くない方なので、日々の勉強は欠かさずにコツコツと続けていかなきゃいい点数なんて取れないのよね。毎日少しずつやってかないと覚えられないんですよね。一夜漬けとかほんと無理。一夜漬けできる人は良く一日で覚えられるよね。私は漬物でいったら古漬け。でも好きなのは浅漬けです。白菜とかの浅漬け美味しいよね。あ、ぬか漬けさんちーす。お帰りなすって。


 ちゅーことで今日も今日とてお家に帰ってからやること。それは勉強でーす。ぶーぶー。


 前のテストをやってみて思ったのは、勉強しなくても高得点はよゆーだなってことなんだけど、それはあくまで前座。学年が進めば勿論内容は難しくなるし、私の苦手分野だったところも待っているわけなんですよね。するとその時になってから勉強しても追い付けないわけですよ。だって苦手なんだから。苦手=人よりも理解に時間がかかるわけっすよ。だったら時代を先取りして勉強しなきゃいけないわけだ。人より劣るならば人より努力せよ。努力とか超絶苦手なんですけどね。ブラザーズへの愛が無ければやってられない。


 そんなつまんない話じゃなくて、もっと他になんかないのかって?


 そう簡単に変なことが起こるはずないでしょ。寧ろ普遍的なのが日常ってもんですよ。あのね、アニメみたいに毎日ドタバタ何かしらあるのは、物語上面白くなるからそうなってるだけで、そんなんはフィクションの世界だけですよ。


 まぁ私の存在がアブノーマル、非日常なんですけどね!


 つっても、それ以外はそうそう起こらないのが現実。一日一日が少しずつ変化すれど、気付ける範囲で大きく変化するというのは中々ないだろう。


 あー、今日も帰ってきたらブラザーズはいないし!しかもママンもどっか出かけてるし!こーゆー時に限って一人なんだよねぇ、もう。


 空からブラザーズが降ってこないかなぁ~。姉御!空からブラザーズが!何?!全力で愛でるぞ!!


「本当になんもないなぁ」


 私はシャーペンを鼻と上唇の間に挟めながら呟く。


 マジでなんもぬぇ。平和すぎる。いや平和でいいんだけどさ。


 だけどなんていうの?私自身もやっぱり何かしら起こるんじゃねぇの?と期待はしていたりもするわけで。だってTSしてんだよ?女の子の体に、しかも前世の妹だった者の体に転生?してなんか兄妹関係が逆転してるんだよ?こうもっと、神様の悪戯的な何かが起こるんじゃねぇのって思っちゃうでしょ。だって私自身があり得ない存在なんだもん。


 類は友を呼ぶって言うし、アブノーマルにはアブノーマルが寄ってきてなんか化学変化起こすもんじゃないのけ?


「ぱる○んて」


 唐突に何が起こるかわからない呪文を唱えてみるが……1、2、3……ぽかん、技を忘れました。じゃないや、何も起こらんわ。この世界魔法ないですわ。


 ふみゅー。やっぱ私自身がおかしくなっている以外は普通の前世と変わらぬ世界ってとこなんだろう。まぁ、既に前世のレールとは違うことがチラホラ起こってはいるんだけれどね。でも、日常が激変するようなことはないっす。残念無念また来週っす。


「しょーもないこと考えてないで、勉強しよう」


 折角買ってきた参考書があるのだ。ここは少し集中して勉強しようそうしよう。何もないと言ったってやること自体は山積みだからね。現実逃避は辞めて目の前を見ましょう。


 ピーンポーン……。


「なんやねん……」


 人が折角集中モードに入るって時に、家のインターホンが空気も読めずに鳴りやがった。お前なぁ、集中するって結構大変なんだぞ!しかもそれが苦手なことだったり嫌いなことならなおさらな!返せ!私の集中突入Maxゲージを返せ!


 若干不機嫌になりながらも、流石に居留守をする訳にはいかないので玄関へと向かう。


 この時間帯に来るって誰よ。ママンの通販のお届け物かしらん?


「ごめんくださーい」

「はーい」

「少しよろしいですかー?」


 玄関の外から呼びかけてきたので、私はそれに返事をする。声の感じは女性。女性で配達って中々見ないよね。ていうか配達員が「少しよろしいですか」なんて言わないだろ。流石にいきなり開けるのは怖いのでのぞき穴から様子を伺う。


 するとどうだ。そこには如何にも普通な女性が立っていた。化粧もしているし小奇麗な感じではあるが普通だ。別に作業着やダンボール、小包を持っているわけでもない。ザ・普通の主婦って感じだ。いや、なんか手提げ鞄は持ってるけど。


 回覧板でも回しにきたのかな?にしては手提げが小さい。ていうかそもそも回覧板で使っている袋が違う。じゃあ保険屋さんか?平日のこの時間だったらスーツを着ているか、もっと身なりもピリッとしていることだろう。じゃあなんぞ?


 私は頭の中で様々な業種を浮かべてみるが、今のこの格好とマッチしそうなものが浮かんでこない。


 普通の格好で警戒心を解こうとするような不自然で自然な柔和な笑顔……。笑顔……?


「あっ……」


 そこで私はピーンと来る。


 アレですわ。これ絶対アレですわ。実家にいた時も、一人暮らしをしていた時も、ある意味お世話になったアレですわ。


 てれれれっれれー。


 宗~教~勧~誘~。


 出ましたわー。ゴキブリの如く至る所に湧く宗教関係さんじゃないっすか。そう言えばそんな存在いましたねぇ。


 こりゃやっちまいましたよ私。完全に油断してましたわ。いや、うちの玄関すりガラス入ってるからのぞき穴見ちゃうと人がいるのバレちゃうんだけどさ。無防備にはーいとか言っちゃいましたよ。あーやだやだ。鍵は閉めたまんまだしそのまんま御引取り願おうかしら。


 本当なんなん?こんなのに私の集中ゾーン邪魔されたのかよ。マジかよ。何かあってくれとは願ったけどこんなの呼んでないっちゅうねん。ぱ○ぷんて唱えたからか。だからこいつが召喚されたのか。せめてそこは「お姉ちゃーん!大好きー!」って言って抱き着いてくるブラザーズを召喚してくらさいよ。こんななんの生産性もない害虫を召喚して何になるんか。


 あ、なんか腹立ってきたんだけど。


 鍵は閉まってる。


 これを開けちゃえばこいつらは厚顔無恥な存在なので無遠慮に体を入りこませてくることだろう。しかーし、チェーンをした状態ならばどうだ。体を滑り込ませようとしたところでチェーンに阻まれ入ることは叶わないだろう。


 つまり何がしたいって?


 そりゃバトルですよ。私の集中ゾーンを邪魔した報いは受けていただく……。


 すかさずチェーンを掛け、一呼吸置いてから鍵を開け扉のノブに手を当て下へ下げる。するとどうだ、女性は途端に逆からノブを引っ張り扉を開けてくる。


 ガッ!


 結構な勢いで引いたのだろう。勢いよく扉は開かれるが、それもチェーンに阻まれ腕が入り込むぐらいの隙間しか開かない。女性は開ききらなかったことに目を丸くしていたが、すぐさままた気持ち悪い笑顔を浮かべた。こえぇええ……チェーン掛けておいて良かったぁ。


「あらぁ!こんにちは!可愛らしいわねぇ!お家の方はいらっしゃないの?」


 とってつけた様な問いかけ。


 ふむ、普通に相手するのもいいけれどここは少し弱々しい女の子を演じてやろう。私は眉尻を下げ不安そうな顔をしながら囁くように答える。


「えっと……ママは……今、お出かけ中です……」


 すると勧誘と思われる女性は一瞬ニヤリを笑う。こいつはいい獲物だとでも言わん感じだ。女性は猫撫で声を出し続けた。


「そうなのぉ。私はお母さんのお友達なんだけれど大事なお話があってねぇ。お母さんが戻ってくるまでお家の中で待たせてくれないかしらぁ?」


 おいおいおい。さっきお家の方はいらっしゃらないの?とか言っておきながらお母さんのお友達ってすげぇな。こりゃいい感じに弱々しい女の子を演じられているようだ。もう少し焦らしてやろうかね。


「え……でも私お姉さんのこと知らないもん……お母さんからは知らない人が来てもお家に入れちゃダメって言われてるから……」

「偉いわねぇ!お母さんの言う事をしっかりと守って!でも私は大丈夫よぉ」


 何が大丈夫なのかさっぱりわからないょ?寧ろ頭大丈夫かな?


「え、と……ご用件は……なんですか……?」


 このままでは平行線でちょっと面白くないので自分から燃料を投下してみる。勧誘と思わしき女性はそれを聞いてしたり顏になる。そんな顔したらちょっと聡い子ならヤバいって感じちゃうよ。化けの皮剥がれるの早くないですかね。


「お嬢ちゃんは神共会って知っているかしら」

「しんきょーかい?」


 はい知ってますよ。あの危ない宗教トップファイブに入るところっすよね。でも私はまだ弱々しい女の子なので知らないふりをしますよー。


「そう神共会。そこに入ると幸せになれるのよ。お嬢ちゃんはもっと幸せになりたいと思わない?」


 はい来ました。なんの根拠もなく入会すれば幸せになれるとかいう定番が。そして私はその言葉を待ってたんです。ほいじゃここから始めますか……私の恨みを受け取れ……。


「そこに入れば幸せになれるの……?」

「そうよぉ。だからまずはお嬢ちゃんが神共会に入って幸せになりましょう?そしてその素晴らしさをお母さんやお父さんにも教えてあげるのよぉ」

「私は今でも幸せだよ……?」

「いいえぇ?お嬢ちゃんはまだ幸せじゃないわ。本当の幸せは神共会に入らないと手に入らないのよぉ?」


 相変わらず気持ち悪いなぁ。宗教が悪いとは言わないけど、幸せっていうのは自分の手で掴み取るものだ。何かに縋ったところで、待ち続けたところで幸せはやってこない。大体入会したら幸せになるってなんだよ。


 思わずため息を吐きそうになったが懸命に堪える。さて、弱々しい女の子タイム終了でーす。ここからはオラオラ系琴音ちゃん入りまーす。


「お姉さんお姉さん。お姉さんは私が幸せじゃない、そう言いました?」

「え?ええ……そう言ったけれど」


 神共会の女性は、私が急に弱々しい女の子からハキハキとした物言いになったことに目を丸くしている。まだまだこれからですぜ。


「私は幸せです。大好きな家族と一緒に元気よく暮らせています。そのことを私は幸せだと思っています。つまり私は現状に満足しています。さぁ、私は幸せだと感じているわけで、現状に満足しているんです。では入会する必要性があると思いますか?お姉さんは幸せになるために神共会に入会しなさいと言いましたが、既に幸せな私には入会する必要性が感じられませんよ?」


 神共会の女性は私の言葉に唖然としていたが、すぐに気持ち悪い笑顔に戻り負けじと続けてきた。


「いいえ?それは『幸せ』ではないわ。本当の幸せは神共会に入会すると手に入るのよ?だからお嬢ちゃんも――」

「では『幸せ』の定義とはなんですか?神共会に入会すれば本当の幸せが手に入ると言いますが、具体的に何が『幸せ』だと言うのですか?納得できる回答をお願い致します」

「そ、それは……」


 女性の言葉に被せる様に質問する。これだけ幸せを押してくるのだ。きっとこの女性は幸せについてしっかりとした定義をお持ちなのだろう。だが、どうだ。女性は困った様な表情を浮かべ言いよどむ。


「お姉さんは私の幸せを否定しましたよね?では否定に至る根拠を示せと言っているのです。一体何が幸せではないのですか?入会することがどんな幸せなのですか?こんなことを言うお姉さんなら幸せについてきっちりかっちりとした定義をお持ちなのですよね?私もまだまだ無学な学生ですから、是非ともご教授願いたいのですが?」


 私はめっちゃ笑顔で質問攻めをしてやる。するとお姉さんは徐々に顔色を悪くしていく。ふふん、いい気味よ。私の時間を邪魔したその罪は重いのよ?宗教なんてくだらないものに貴重な時間を奪われた私の恨みはお姉さんの考える幸せよりも相当深いわよ。


「あ、えと……」

「あ、えと、じゃわかりません。お姉さん、勧誘に来ているんですよね?つまりは営業の一種ですよね?ならば顧客を満足させるプレゼンをしたらどうですか?私が入会することにより、私や家族に一体どんな利益があるのですか?それをしっかりと提示して頂かないと」

「いや、あの、営業というわけでは……」

「営業ですよ?だって入会して頂くってことですよね?であればそれは立派な営業です。それとも違うのですか?相手の同意を得るのではなく強制であるというのであれば、それは脅迫罪にあたるわけですが……」

「わ、私はただ神共会の素晴らしさをっ!!」

「素晴らしい、それは結構です。で、どうするんですか?」

「ですから幸せになるには入会して頂くのが――」

「お話になりませんね。何度もいいますが、私は今幸せだと感じています。これ以上幸せになるにしてもどうすればよいのか具体的なプランを提示して頂けませんか?」


 神共会の女性は今にも泣きそうな顔になりながらあうあうしている。くふ、虎穴に入らずんば虎子を得ず。確かに敵陣に突っ込んだところは評価しましょう。だけど貴方が入り込んだのはただの虎じゃないわ。アムールトラよ!縄張りに侵入したモノは容赦無くガリガリバリバリしてやるんだから、がルルルルル……。


「あ、そ、そうだわ!この後用事があったのを思い出したわ!ごめんなさいねお嬢ちゃん!お母さんには顔を出せなくてごめんなさいと伝えておいてくれるかしらっ!」


 私の魂の威嚇が通じたのか、神共会のお姉さんは足早に退散していった。くふふふふ、恐れなしたか!たわいない!ていうかお友達設定まだ覚えてたんだ。


 私はお姉さんの姿が見えなくなるまで手を振って見送る。


「はー、スッキリした!」


 これが配達員とか回覧板回しに来た人ならこんなことはしなかったけど、来たのは招かざる客。悪徳危険宗教のお方ともあればこれぐらいの意趣返しは許されるだろう。


 ちゅーか、こんなめんどくさい子供がいるところにはもう来ないだろうから、私は家族を未然に守ったということだ。


 ……徒党を組んでくる……程の頭は付いてないよね?大丈夫だよね?少し不安になってきた……。


 ま、まぁ!私のいいストレス解消になったし深く考えない!過去は振り返らない!前を向いて生きていくのさ!!


 私はそう自分に言い聞かせチェーンを外し普通の鍵をかける。そして部屋に戻りまた勉強を始めるのだった。一つ言えるのは、その後の勉強は大変はかどりましたまる。

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