28話 続・ついに始まった委員会!でも何もできませんでした!

「じゃあまずは自己紹介をしてもらおうか……右の新顔から!はいっ!」


 竹野内先生はやたらドスの効いた声でそう言った。いや、あんたなんでそんな声だしてんだよ。茶目っ気であるというのは私だからわかるけど、他の人たち初対面だからね?威圧されちゃうよ?圧迫面接だよ!


「は、はいっ!自分は1-1の田井中雄介です!よろしくお願いいたします!」


 ほら言わんこっちゃない。スケのやつ完全に委縮してテンパッちゃってるよ。なんか凄いビシィてやたら真っ直ぐ立ってるし。


「それが自己紹介か?田井中、そんなんじゃ自己紹介って言わないよ。他に何かないのかね?」


 ひぇー!まだ続けるんですか?!スケぶるっちゃってるよ?瞳から涙流しそうにプルプルしてるよ!?あなた自衛隊上がりってことで、その表情と声だとやたら威圧感あるんだから自重して!ほら隣の席のかすみんもプルプルしてるよ?!後3組の間中君とか佐々木さんとか、4組の斉藤君と結城さんなんて顔真っ白だよ!ムンクの叫びだよ!!


「じ、じじ、自分は……えー、その……あ、野球好きです!なので野球部にも入ってます!」


 おお!スケ頑張るー。


「野球いいね。活発そうな見た目とマッチしている。他には?放送系は好きじゃないの?」

「え?他?えーと、放送は興味あります!なのでここに入りました!」

「なるほどね。興味はある、で好きではないと」

「い、いいいいいえ!そ、そ、そそそういうわけじゃ……」


 あわわわわ。何この圧迫感!ちょっとちょっとスケもう泣いちゃうよ?!まだ私たち12歳だよ?そんな風に来られたらたまったもんじゃねぇっすよ!お願いだからもうやめたげて!見てられないよ!


「——ていうのは冗談だよ!ごめんごめん!ちょっとした悪戯心だから気にしないで!」


 一転、竹野内先生は朗らかに笑い平謝り。そのおかげでピリピリとした空気が霧散し、生徒達は一様に胸を撫で下ろしていた。無論私も。


 本当冗談キツいすよ先生……。


「改めて……ようこそ1年生諸君!そして良く情報委員会に入ってくれた!ありがとう!これから1年間よろしくね!そしてこの1年間楽しいって思えたならまた是非次も一緒に頑張ってほしい!」


 いつもの竹野内先生は爽やかな笑顔でそう言った。最初からそれしてくれよな……。でもあれ?前世ではこんな茶番はやらなかった気がするんだけど。あれかな、この世界?って完全に前世とは一緒ではないのだろうか。まぁ私が琴音として生きてるのもそうだし、けーちゃんが弟化してるのもそうだし、何より転校予備生の神代君っていう存在もあるし。


 するとこの世界が辿る未来っていうか、今後私の周りで起こることも違う可能性があるってことかな。まぁ、宝くじの番号が違うとしても、そもそもその番号をたまたま覚えてるなんて脅威的な記憶力を持ってない私には関係ないか。つまりなるようになる。ちーと(笑)が使えなくても私自身が頑張ればいいだけって、それ一番言われてるから。


 その後、つつがなく自己紹介は終わり今度は各種の説明に移った。説明と言っても簡単なもので、ミーティング系はこの3-2で行うことや、放送室がどこにあるといったツアーをしたぐらい。機器の説明や次回の活動の際に教えるといったことぐらいだ。


 なのでそれらも含めて初の委員会活動は1時間程度で終わってしまった。


 なんとも呆気ない。早速機器をいじいじしてわーはーしたいと思っていたけれどできなかったよ。まぁ入ったばかりの子にそこまで突っ込んだことをやっても覚えられないもんねぇ。特に最初のインパクトが強すぎてフィルターの無い人からすれば余裕はないと思う。


 ちゅーことで、消化不良な琴音ちゃんです。来週の水曜日にまた委員会活動があるとのことで、楽しみはそこまで取っておけということなのだろう。なんという生殺しかっ!でもでも琴音ちゃんは我慢のできるお姉ちゃんなのです!カップラーメンも3分きっちり待てる子なんですよ?


 え?ブラザーズには我慢できていない?それはブラザーズだから仕方がない。だってくぁいいんだもん。きっと世の弟スキーなお姉ちゃんたちなら共感してくれるはずだ!そうだよね!


 なんかそんなこと考えてたら早くブラザーズに会いたくて仕方がなくなってきた。会いたくて会いたくて震えそう。


 しかーしそんな私に残念なお知らせです。今日は部活動があります。部活動は……ありまぁす。


 私的には学びたいことを学びにいくので何も残念ではないのだけれど、お姉ちゃんとしての私は非常に残念です。日本の得意技、遺憾の意を示してしまいそうです。領海侵犯しちゃう。……うん、それは全然関係ないね。いや、私のお姉ちゃんという領海を私の向上心的な欲求が侵犯してるのであながち間違いではないかも。


 私は自身の中で哲学的なことを考えながら歩を進める。向かう先は言わずもがな美術室です。私が至上の悩みを抱えていようと足が勝手に美術室へ向かってしまうのだ。


 あ、そういえばスケや組長、かすみんはどうしたのかというと……各々の部活動へ向かいました。スケは野球部。組長は剣道部。かすみんはバドミントン部。みんな運動部である。基本運動部は毎日あるからねぇ。


 美術部とか文学部に関しては毎日はなく毎週何曜日といった感じでヌルヌルなんだよね。どれくらいヌルヌルってヌタウナギくらい。あ、それだとスライムになっちゃうか。スライム可愛い。好き。


 3Fから1Fへの階段を降り切り、校庭が見える窓がある廊下までやってきた。そこで私はふと、校庭に目を向ける。そこには校庭のトラックを陸上部が、そしてトラックの内側ではサッカー部が利用している。私がそこで注目するのは勿論陸上部だ。目を凝らして見てみれば見知った顔が一生懸命練習に励んでいる。


 きっと私もあそこで汗水流すこと未来もあったはずだったのだ。しかし私は美術部を選んだ。あっさり決めたように見えるかもしれないけれど、これでも結構悩みに悩んだ末にこうなったのだ。その選択自体に後悔はない。というか後悔してはいけない。だって自分で選んだ未来なのだもの。それを後悔していたら救われない。だから後悔はしない。


 だけど。


 それでも。


 陸上部に入ってまた羽ばたきたい。空を飛ぶというあの感覚を体験したい。そういった欲求は溢れている。人間は強欲な生き物というだけあり、私の欲求も大概強い。


 目を瞑って想像する。


 私はジャージを着て陸上シューズを履く。そして気持ち強めに紐を締めるのだ。じゃないと飛ぶ時に不安定だし、最悪靴が吹っ飛んじゃうからだ。そして気合十分にアップを始める。


 ストレッチから各種筋トレを3セット。特に背筋をしっかりと鍛え温めるのだ。


 それが済んだら50mを数本走る。


 走り終わったらようやく砂場へと向かう。そこではまず踏切版から大股気味に3歩進みそこに印をつける。次に5歩同じようにし印をつける。その次は7歩。各印をつけた場所からその歩数通りに加速し飛ぶ。加速しきれないと感じたらまた調整して飛ぶ。


 各5セット程したら、今度は踏切版から徐々に加速していき丁度良いと思うところで印をつける。ここにきてやっと本気で飛べるのだ。


 印のある場所から加速していき、踏切版でその加速と体のバネを使い飛び立つ。風をめい一杯振り回した両腕で掴み後方へ押し付けるように。そしてそこを超えた後は体を空中で反らしてから前に折り畳み飛距離を伸ばす。この際のイメージは大げさなバタフライって感じだろうか。もっと言ってしまえば空中で、風の中を泳ぐのだ。フライフィッシュッシュ!


 着地する瞬間はギリギリまで前に伸ばした足で滑るように着地する。着地した足の位置よりも手前にお尻や手を付けてはいけない。踏ん張りに踏ん張って滑り込み、足のラインを超えたところでようやくドスンといくのだ。


 かなりの勢いがある故に靴の中は砂だらけ。下手すりゃハーフパンツの中から下着の中まで砂は侵入してくる。その異物感にうぇぇとなりながらも一時の浮遊感に胸を躍らせるのだ。私は少しの間だろうと鳥の仲間になれたのだと。そしてもっともっと遠く長く飛びたいと欲求を募らせまた飛ぶ。その時にはもう砂に対する嫌悪感とかはもうなくなっている。ただただ風になる自分がいるだけだ。


 目を開ける。


 そこは学校の廊下。硬くて運動するには向かない床。私は誰もいない廊下で端の方に鞄を置く。そして5歩助走で飛ぶ。少しだけの、全く物足りない感覚が私を包む。そしてすぐに着地してしまう。嫌な衝撃が足の裏を刺激する。


 こんなもんじゃない。飛ぶ気持ちよさはこんなもんじゃない。私が体験した風は、想像していた風はこの何十倍も凄いのだ。


 もう一度校庭に目を向ける。


 トラックで走る生徒。マットに向かって背面飛びをする生徒。砲丸を投げる生徒。


 しかし砂のある助走路には誰一人いない。


 ただただポツンと存在だけがそこにある。


 私だったら、私ならあそこで走って飛ぶのに。誰もそこには目を向けていない。


 私は寂しくなる。何故あんなにも楽しくてわくわくする競技を誰もやりたがらないのか。一度で二度も楽しめる最高の競技なのに。みんなは鳥になってみたくないのだろうか。誰もそう思っていないのだとすれば……私は胸の奥がキューッと締めつけられる。


「……飛びたいな」


 今からでも参加したい。そして大会に出て今度こそ鳥になるのだ。多くの雛鳥がいるなか私は確かな翼を持って大空へと飛び立つのだ。たかが4m、5m。されど4m、5mだ。私は――。


 パンッ。


 私は自身の頬を叩く。


 それを諦めてでも私は美術部に入ると決めたのだ。今更揺らいでどうする。後悔しそうになってどうする。私は後悔しないと決めたのだ。自分自身で決めたことなのだ。だったら後は前を見るのみ。後ろなんて見ていられる程時間は余っていないんだ。


「さて!今日もしっかりと描くぞー!」


 今の私は絵に燃える少女だ!折角いるスペシャリストに教えを請いながら自身の血肉としていくのだ!そしてゆくゆくはコンテストに出して優勝する!そこで得た経験値でイラストに反映していくのだ。イラスト投稿サイトに投稿したり、そーゆーところのコンテストに出したりと、とにかくアウトプットしていくのだ!前世で頑張りきらずに後悔したことだから。だからこそ今度こそ後悔のないようにやりきってやる!


 私は気合満々歩き始める。


 やる気に満ち溢れた琴音ちゃんに不可能なことは……あんまりないっ!どんどん突き進んでやるぞー!おー!

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