10話 お姉ちゃんは良妻になりたい!

 真の悪魔の勧誘「一緒に帰ろうぜ!」を今日も振り切った私は一人で帰路につく。今日の犠牲者は新たにお友達になった一馬だ。彼も進行方向は全く逆なのだが、学校を出て一つ目の信号までは一緒に帰ることができるのでそこまでならということで拉致されたのだろう。まぁ最も真の一緒に帰ろうは真の自宅前で駄弁ることまで含まれるのだから、一馬は今頃捕まっていることだろう。気の毒に。南無南無。


 帰宅方向が一緒のみーちゃんは今日は部活動を見学したいとのことで少し残っていくとのことだったので私は泣く泣く一人で帰ることになったのだ。寂しいよ。


 琴音ちゃんは部活動見学をしなくていいのかだって?私は前回の人生で一通り見ているからね。どんな活動をしているのかって覚えてるし、後は私の決心しだいなので特に見る必要がない。友達を増やすという意味では本当はめんどうでも見に行くべきだったんだろうけど、そこは私の男だった部分が強く出てめんどくささに帰ることを優先してしまった。薄情なやつだよ全く。……うん私だね!


 今日はまだスカートの中は直パンツなので朝と同様ヒヤヒヤしながら帰宅だよ。しかも色気とかほとんどないブリーフタイプみたいなパンツなので恥ずかしい。普通に見られるより恥ずかしい。可愛いパンツ履いてるならまだしも……って見せないけどね!女の子って大変、ほんと。


 何とか自宅に辿りついた私はいつも通り自転車をしまい玄関をくぐる。ただいまーと言えばお母さんがおかえり―と返してくれるがそれ以外の声はない。今日は6時限目までなので、小学校組のブラザーズはもう帰ってきているはずなのだけれど……。私は階段を上がり部屋に入るとブラザーズの机にはランドセルが乗っていた。しかしブラザーズの姿は見えない。つまりは学校からは帰ってきてそのまま遊びに行ったということだろう。元気いっぱいなのはよきかなと安心もするしほっこりもするのだけれど。


 お姉ちゃん寂しい!


 帰ってきたのにすぐに愛おしいブラザーズの姿を眺められないなんて、なんて残酷なの!私が部屋に入ってきたら「お姉ちゃんおかえり~!」とか言って抱き着いてきて欲しいよ、私は!なのになのに!帰ってきたら無ですよ!誰もいないよ!お姉ちゃんボッチだよ!


「はぁ……」


 私は帰ってきて早々ボッチになってしまったことにため息をつく。正確にはお母さんがいるのでボッチではないんだけど。それでも帰ってすぐにブラザーズを見ることさえできないというのが私には結構なダメージだ。


 仕方ないので大人しくテスト勉強でもしよう。5教科全部やるとなるとそれなりにいい時間使うからね。ここから2時間ぐらいなら余裕で消えてしまう。




「ふー、今日はこの辺までかな」


 気づけば外は薄らと暗くなっていた。多感なというかあっちゃこっちゃに意識がいっちゃう私にしては珍しく相当集中していたらしい。自身で定めたタスクもすらすらと終わてしまった。時計を見てみれば17時。家について勉強を始めたのが15時半だったので1時間半もの間集中していたことになる。予定では2時間かかるはずだったが30分も短縮できたようだ。私やればできる子。


 そろそろブラザーズが帰ってきてもおかしくない時間だ。後30分頑張ってもいいが……ここはひとつブラザーズに認めてもらうべく行動をしてもいいだろう。


 私はブラザーズを愛している。言うまでもないって?でも大好きなんだもん。何回でも言っちゃうよ。


 でも、ブラザーズの方はきっと違う。おそらく私のことは暴君だとかクソ姉とか思っているに違いない。何故そう思うのか。それは昨日の『お姉ちゃん臭い事件』の際の反応からだ。彼らは私がちょっと付き合ってと言った時非常にいやそうな顔をしていた。更に言えば迷っている間の二人の空気は今聞いておかないと後々めんどーになるといった諦めがあった。つまり彼らの中の私は非常に、誠に遺憾ながら低いということだ。それこそ地面に付くんじゃないかと言うぐらい。


 私はブラザーズにとって理想の姉でありたい。しかしそれとは反転して今の私は理想の姉どころか最悪の姉、もとい災悪の姉といったところだ。そこで私が「おーよしよし!ギューッ!きゃわいい!!」なんてやったところで彼らの心にはなんら響かない。それは私が勝手に自己満足してるだけとなる。人形を愛でているのと変わらない一方通行の愛だ。


 では、どうしたらその根底を覆していけるのか。信頼を勝ち取ることができるのか。


 そこで考え付いたのが料理だ。


 前世の最前線を走っていた時でも、未だ女性が家庭的であるというのは大きなポイントであった。確かに主夫なんて言葉ができるくらいには家庭的な男性も増え、女性がバリバリ働くなんていうのもできてきてはいたが、それでも根本には女性が家庭を守るというのは変わっていなかった。まぁ私は前世から家庭のことは仕事してるしてないに限らず分担してやるべきだと思ってはいたけど、それができない人が多かったというのが印象だ。


 特に今の時代はまだそういった主夫という言葉すら出始めてもいない頃なので、女性が家庭的であるというのは非常にポイントが高い。そして家庭的の代名詞というのが料理だ。


 男を捕まえるにはまず胃袋を掴めというぐらいだ。ブラザーズだってきっと私が料理上手になれば少しは見方を変えるはず!


 晩御飯が美味い⇒弁当が美味い⇒友達から誰が作ったのか聞かれる⇒お姉ちゃんが作った⇒すげー!⇒ブラザーズ鼻が高い⇒お姉ちゃんありがとう!好き!!


 この流れ完璧である。ふふん、私ってば天才。これで弟たちのお姉ちゃん大好き好き好き計画大成功間違いなしよ。


 というわけで――。


「お母さん。今日は私が晩御飯作りたい!」


 私はお母さんの元に行き提案する。突然のことだったのでお母さんは目を丸くしてこっちを見ている。口元の煙草が落ちそうである。


「突然どうしたの?」


 お母さんは口に咥えた煙草を一吸いし灰皿に置くと怪訝そうな声で言ってきた。まぁそりゃそうだよね。おそらく今までの私はそんなことは言わなかったと思うし。そんな子がいきなりそんなこと言ったって「何言ってんのこいつ?」になるよね。


「いやね。私もそろそろ料理勉強しようかなって」

「あー……なにあんた。好きな人でもできたんだが?」


 好きな人?


 うーん。確かによーちゃんやけーちゃんは大好きだから、好きな人に含まれるかと言われれば……迷わずいえす!と答えれるね!!


「うん!できたというか、ずっと好きだよ!」


 そう言うとお母さんは益々眉間に皺を寄せ私の肩をグッと掴んできた。


「あんた……流石にエッチはやめときなさいよ。今子供できても大変なだけだからね」

「ブフッ!!?」


 は?なんで?なんでそうなるの??私まだ12歳だよ?ありえないでしょそんなの!!ていうか普通に、普通にそういうの考えるのマジ無理だからっ!いくら女の子になったとはいえ私にはミリとは言え、ミリとは言え!男の子だった時の心がまだ残ってるんですよ!!そんな中、そんな、えと、その、え、えええええ、ェッ……だぁああ!そういうの無理だからぁ!!!


「し、ししししないよっ!!私まだ中学生だよ!?そんなのありえないよっ!!」

「いやでもあんたいきなりオシャレさ目覚めたりとか女の子らしくなったじゃない?やっぱりそういう相手がいるからじゃないの?」

「だから好きな子たちは居てもそーゆーのとは違うよ!!」

「好きな子たち……?あんたその年でハーレムってやるね」

「違うよ!いや、違うくないかもだけど!!私が好きなのはけーちゃんとよーちゃんだよ!!」


 ぜぇぜぇ……私は激しい突っ込みをする。


 大声を上げるなんて淑女らしからぬ行動だけど、これは私の名誉を守るためには仕方のないことだった。なんで私が逆ハーレムなんかしなきゃいけないんだよ!嫌だよ!!囲まれるなら女の子かブラザーズじゃなきゃ無理だよ!!


「なんだ啓と遥か。でもまたなんで?」


 何とか誤解は解けたようだ。お母さんは少し残念そうな顔で私の肩を放し再び煙草を口に咥え紫煙くゆらせる。なんで残念そうなのよママン……。


「だって……私嫌われてるみたいだから」

「嫌われてる?あぁ……今までのあんただったらそんでしょうね。だから飯で釣ろうってことか」

「そうだけど!なんかもうちょっとオブラートに包んでよ!」


 私が頬を膨らませながら言うと、お母さんはカラカラと笑い楽しそうだ。むぅ、お母さんは楽しいだろうけど私は真剣なんだからね!ブラザーズを愛でたいのに避けられ嫌われるとかどんな罰よ。なんとしても私は愛する二人からの信頼と愛を取り戻さなければならないんだから!


「それで!一つ相談なんだけど、けーちゃんたちにご飯作ってあげるとしたら何が喜ぶと思う?」

「んー?あの子らだったら無難にカレーとかじゃない?あんたとしても作りやすくていいと思うけど。ていうか今日作ろうと思ってたから」

「あ、そうなんだ。なら私に任せてよ!」

「んー、まぁいいけど。包丁とか大丈夫?」

「へーきへーき!大丈夫だよ!今までだって結構作ってきたもん」

「あれ?あんた作ったことあったっけ?」


 し、しまった!つい一人暮らししてた前世の感じで答えちゃった!今の私はまだ料理もしたことのない女の子だっていうのに!


 と、取りあえず何とか言い訳しないと……!


「あ、いや、そう!夢、夢の中で!最近沢山料理する夢見てたからそれと勘違いしたんだよね!あはは、あははははは」

「夢って……あんた大丈夫?夢と現実は違うんだからね?」

「う、うんそうだね!気を付けるよー!」


 結構酷い言い訳だったと思うんだけど何とか逃れることができたか。私が夢見がち少女っていう不名誉な肩書がつくぐらいですんだ。……電波系少女だよ。


「まぁいいけど……とにかく刃物扱うんだからきぃつけなさいよ」

「はーい!」


 お母さんに許可を得た私は台所へ向かう。


 これでブラザーズの好感度を上げることができるだろう。その為には美味しいご飯を作れないとダメなんだけどね。


 まぁそれも実は今回こうして突発的に料理を作ろうとした動機でもあるんだけどね。


 私は以前の男だった時の記憶をそのまま継承している。つまり知識チート(笑)なわけだ。では、体が変わった今以前に経験した技術や技能というのが継承されているのか。そこが少し疑問だったのだ。なんだかんだ今まではそういうことを試せていなかったので、今回はいい機会だということでこれも検証してみよう、そんな次第であります。


 因みに前回の私はそれなりに料理できたよ!お菓子だって作ったりもしたことあるしね!……ほんとだよ!!ロールケーキとかクッキーとか作ったりしてたよ!


 ま、まぁ!でもこれで私の予想が正しければ美味しいカレーが作れちゃうはずなんだから、それで証明してみせるわ!

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