物語における「ハレ」と「ケ」
「ハレとケ」とは、柳田國男によって見出された、時間論をともなう日本人の伝統的な世界観のひとつ。
民俗学や文化人類学において「ハレとケ」という場合、ハレ(晴れ、霽れ)は儀礼や祭、年中行事などの「非日常」、ケ(褻)は普段の生活である「日常」を表している。
もともとハレとは、折り目・節目を指す概念である。ハレの語源は「晴れ」であり、「晴れの舞台」(=生涯に一度ほどの大事な場面)、「晴れ着」(=折り目・節目の儀礼で着用する衣服)などの言い回しで使用されている。これ対し普段着を「ケ着」と言ったが明治以降から言葉として使用されなくなった。
「ハレとケ」ウィキペディアより。
物語における「ハレ」と「ケ」。読者にとって物語とは、普段の生活の「ケ」から非日常の世界へ入る「ハレ」である。物語を書く人間は我々の世界における「ケ」を遠ざけ、「ハレ」を与えるのが望ましい。となると、作者は読者が好む「ハレ」を描くために、「ハレ」について考える必要がある。
例えば、物語の起承転結。「起」の部分で読者を日常の生活の「ケ」から作者創作の「ハレ」へとバトンタッチをする。昔話でいえば、「昔々あるところにおばあさんとおじいさんがいた」というだけで、『あ、この物語は今の現在の時間から過去にある話なんだな』と読者は認識し、物語に入室する。
この「ケ」から「ハレ」へとのバトンタッチの始まりは他にもある。ある日男のコが女のコに一目惚れしたボーイミーツガール、ある日突然異能力を手に入れた異能力モノ、ある日目が覚めたら見知らぬ天井だったなど、突然◯◯と遭遇して今までの日常から非日常へと転換する。その遭遇したモノがヒトであり、能力であり、はたまた場所など、主人公は「ケ」から「ハレ」へと変移し、読者もまた「ケ」から「ハレ」世界、作家の思い浮かべる非日常的世界へとついていくのである。
それでは、読者はどのような「ハレ」世界へと行きたいのか。これは読者が読みたいモノに関係し、彼らのニーズに応える必要がある。――と言うと、読者の呼び込み力が強いもの、つまり現在で人気のある、異世界モノ、チートモノ、ハーレムモノという話が出てしまう。
「ハレ」と「ケ」理論で言うと、異世界モノは究極の「ハレ」世界であり、全員そっちを作れという話で結論がつく。こうなると、作り手としてのオリジナルティが狭くなり、物語の多様性は失ってしまう。ひとまずそういうのは端っこに置いておこう。
ここでは、作家が読者をどのように「ハレ」世界へと連れていきたいか考えてみよう。
個人的には、読者がひと目で見て「ハレ」世界だとわかるものと、「ケ」から「ハレ」に入りやすい世界観が一番だと考える。すなわち、「ケ」と「ハレ」のバトンタッチがそれとなくわかり、「ハレ」世界はどんな世界なのかが一言で説明できるのが最良と言うわけだ。
前者の「ケ」と「ハレ」のバトンタッチがそれとなくわかるという手法はどうするか。これは先ほど言ったとおり起承転結の「起」の部分にあたり、「ケ」から「ハレ」へと持っていくモノが必要となる。できれば、そのモノが物語の中心核となるのが望ましい。主人公の物語を動かす動機、中心人物、はたまた主人公が倒すべき敵など、バトンタッチ役が物語を動かすモノならどんなものでも構わない。読者はとりあえず動くものが見たいのだ。
後者の「ハレ」世界はどんな世界なのかが一言で説明できるもの。ここで絶望的なことを言わせてもらうが、ウェブ小説は他のどの媒体よりも物語を説明するには圧倒的に不利な世界である。なぜならば、物語の全体像の手がかりとなる表紙絵のような絵がないからだ。
あるTED動画であったが、一つの絵には文字と比べて、何万、何十万以上の情報量を持つと言われている。一方、ウェブ小説は文字しかなく、読者は文字だけで物語の全体像を掴まなければならない。
それでは読者は何処でこの小説はどんな世界をつかむのか? やはり作品のタイトル名がそれだろう。ここ最近のライトノベルの作品タイトルが具体的になっているのは、読者がこの物語はどんな作品なのかをひと目でわかるようにするための作法と言えるわけだ。ここから読者はタイトルから読みたいなと思わせて、紹介文で自分のニーズに合うか見てから中身を読む。
小説の中身がどんなに最高のエンターテイメントの作品であっても、タイトルが悪ければ読者がつかない。ウェブ小説はヒトを呼び込むコピーライターの力が必要なのだ。
物語における「ハレ」と「ケ」については色々と語ってきたが、おそらくもっと深く考察できると思う。主人公における「ハレ」と「ケ」。主人公入り込んだ「ハレ」世界におけるその世界での「ケ」の世界。考えれば考えると色んな日常と非日常の境目が見ることができる。そういう視点から物語を切り込んでいけば、アイデアの糸口は勿論、娯楽性が高まる可能性もある。
もしかすると、「ハレ」と「ケ」の切り込み方によって、もっと多様性のある作品が生み出される可能性がある、と、言ってみる。
「ハレ」と「ケ」の逆バージョンを書いたら新しいんじゃないの? と思うヒトがいるかもしれない。それは読む方の立場にしたら、けっこう苦痛である。
ツイッターやインスタグラムで自分の情報を飛ばしているヒトは自分の「ケ」を教えているのだろうか? いや、自分の見つけたら小さな「ハレ」を他人に教えているケースの方が多い。彼らは自分の見つけた小さな「ハレ」を大きな晴れに変えたいかもしれない。
こういうところに物語における「ケ」と「ハレ」のヒントがあると思いたい。
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