藁人形に口づけを

タケノコのコ

第1話 恋せよ藁人形


 「えっと、『まず、一握りの藁を掴み、その下6分の1の場所から折り返します』っと……」

 私は指示通りに藁を掴み、目測する。


 溺れる者は藁をも掴む――

 そんな言葉が頭を過った。

 ふと鏡を見れば、恋に溺れた哀れな女が、泣きそうな顔で藁を掴んでいた。


 傍から見ればなんと哀れで愚かな図なのだろう。

 けれど、止めるわけにはいかない。だって、ことわざとは違うのだから。

 

 万策尽きたのも、助かりたいと願っているのも事実だけれど、私が縋るのは藁じゃない――藁人形なのだから。



 「呪い」のシステムが解析され始めたのは40年前。

 そしてつい先月、呪いの藁人形の呪術システムが解明された。


 詳しいことは分からないが、無意識下で切り離された身体の一部は未だ身体と繋がっていて、その繋がりを使って本体に攻撃する、というものらしい。

 自分が死んでしまったことに気がつかない霊のように、無意識下で切り取られた身体の一部は本体との離別を認識せず、本体の一部であった時と同様に自己の獲得した情報を本体へとフィードバックし続ける。そこでこの機能を利用し、無意識下で切り取った髪などに憎悪や怨恨といった負の感情を注ぎ、本体にストレスとして還元することで、遠距離でもストレス性の疾患を引き起こすことが出来る――などという論文がこの国の最高学府から発表されて以降、世間は大騒ぎとなった。

 メディアはこの話題で持ち切りで、来月には刑法の改正案も提出されるらしい。


 そして、意外なのかそうでもないのか、この騒動にいち早く対応したのが、恋と流行に敏感な女学生。瞬(またた)く間に彼女たちの間で大流行したおまじないの名は、「恋せよ藁人形」という。



 「次は、『先端を結んだ藁を2束に分けて、その間に先ほど作った腕を通します』っと……」

 私は指示通り、黙々と作業を続ける。

 時刻は丑の刻に差しかかろうとしていた。



 彼が私の前から姿を消したのは、つい先日のこと。

 「ごめんね」と告げて彼はいなくなったけれど、突然、しかも手紙で別れを切り出された私の心が受け入れられるはずもなく、ぽっかりと空いた胸の空洞を満たすように涙を流し続けていた。


 そんな私の前におまじないが流れ着いたのが、1時間前。

 彼の手がかりもなく万策尽きていた私は、すぐさま藁を掴んだのである。



 『最後に、意中の相手の一部を、紙で包んでから胴体の中に入れてください』


 最後だけあって、なかなかに難易度の高い要求が突き付けられる。きっとここで挫けてしまう同胞も多いことだろう。

 けれど、そんなハードル、私の愛の前では食後のデザートに過ぎない。

 過去の自分に感謝しつつ、帳箪笥から大切に保管していた包みをそっと取り出した。


 包みを開けば、彼の優しさのように柔らかな雪色の髪が横たわっている。

 一度だけ愛しみながら彼を撫でると、元のように包みなおし、胴体へと埋め込もうとして――――やっとのことで我に返った。



 突然の別れと共に理性も失ったにしても、あまりに愚かな行動をしているのではないだろうか、と。



 「恋せよ藁人形」は、呪いの原理をそのまま恋のおまじないに流用したものだ。呪いのシステムが解析された今、それをおまじないと呼べるのかについては疑問を抱かないではないが、藁人形を大切に愛することでその愛情を本体にフィードバックさせ、無意識下で惹かれるように作用させることを目的とする。


――――だからこれは、本人の意思に関係なく、その感情を歪めてしまう……




 

 ……ということに関しては、問題ないだろう。

 だって、あなたは私のことが好きだから。少なくとも深層心理レベルでは、最低でも爪の先程には、好意を抱いているだろうと信じてる。

 だから問題は、私の現状にこそある。そう、泣き暮らしていたせいで、顔がぐちゃぐちゃなのだ。千里の道も一歩から。私はまぶたを冷やすことから始めることにした。



 フィードバックできる情報量は、中身となる部位によって異なってくる。そのため、痛覚のない髪はその情報量が少なく、視界などもちろん反映することはできない。

 だから、着飾ったところで彼には届かない。わかってはいるけれど、泣き腫らした顔のままで藁人形を完成させるわけにはいかないのだ。だって、あなたが寝ている時でさえ、隣にいるからには可愛くありたいと思うから。






 仕上げに、紅でくちびるを彩り、鏡の前で、にこっと笑う。

 彼が好きだと言ってくれた笑顔を、つくれているだろうか。


 このまま彼のことを想うとまた泣けてきそうだから、私は覚悟を決め、包みをそっと胴体へと埋め込んだ。

 ――どれか一つくらいは彼と繋がっているだろうと信じて。








 「きっと彼が振り向いてくれるまで、きっと君を愛そう」

 そういって私は藁人形を抱き上げると、その頬に口づけを落とした。


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