放課後のすさみちゃん
さし
七夕のミサンガ
七夕のミサンガ(日常編)
「あら
「……いや、普通に登校しただけだよ」
憂鬱な水曜日。
今週もやっと折り返しに差し掛かると言う気怠さの満ちた朝、俺のやる気を削ぐ声が聞こえたので、不躾にそう返事をした。
目を細める
「照れなくても良いのに。人間、素直が一番よ」
「じゃあ俺の発言も素直に受け取ってくれねぇかな?」
「そ、それはつまり、あたしに会えて嬉しいってこと?」
「なんか事実が歪曲されてない?」
「あたしなりに解釈した結果、こう言う結論になったのだけれど、違ったかしら?」
純粋な目をしている。
首を
「なぁ
「あたしに口答えをしないことじゃないかしら?」
「なるほど……ここが世界の中心だったのか」
何時もの様に他愛のないやりとり。
二年への進級とともに始まった、言葉に意味の無いこんな応酬にもそろそろ慣れてきた……と言いたいところではあるけれども、なかなかどうしてそうも上手くはいかないもんだね。
何処と無く、俺はこの前席を陣取るクラスメイトが苦手である。歯医者くらい苦手である。
「でも……宿題はやって来ない、授業中は居眠り、特に親しい友人もいないあなたが学校に来る理由なんて、あたしに会う以外に何かある?」
「なんだその推理力……お前のせいでこの世は冤罪に溢れてるよ」
どさくさに紛れて蔑まれた気もする。
一言でいくつもボケを挟むなよ。ツッコミが追い付かないからさ。
ゲームは一日一時間! ボケは一呼吸でひとつまで!
「判決は裁判官の一存にかかっている様に、あなたの言葉をどう受け止めるのかはあたしが決めることでしょう?」
「確かにそうかも知れないけど、ちゃんと事実関係と法律に則って判決を下すのが裁判のルールだろ」
「真犯人が違うなら、法律を変えれば良いじゃない?」
「最悪なマリー・アントワネットじゃねぇか!」
「被告人、静かにしてください」
「せめて原告にしろ! そんで被告人はお前だよ!」
対立構造がよくわからんくなってるじゃんか。
原始時代の裁判かよ……いや、そんな制度が当時からあったのかは知らんし、多分無い。ウホウホ言ってバナナ食ってるだけだあいつらは。原始人とゴリラを混同してる
「そんな大きな声を出さなくても良いでしょう? もしかしてあたしのこと嫌いなの?
あたしは
あなたには純情な乙女の気持ちがわからないのね」
純情な乙女がどこにいるかは知らんけど、きっと目の前にいる
いくらなんでも小憎らし過ぎる。
「時代が時代なら、あなたを袈裟懸けに真っ二つにしていたところよ。
帯刀令を守る為に西郷どんがもう少し頑張ってくれていたなら……。本当に使えないわね、あの角刈り」
ほらね。
何が片想いだ。本当に好きならこんなこと言わないはずだろ。簡単に殺そうとするんじゃないよ。
そして俺のついでに西郷さんをディスるんじゃない。方々に怒られろ。今後鹿児島の地を踏むことを禁ずるぞ。二度とサツマイモ食うな。
「そう思わない?
「思わねぇよ、
「あ、あたし達、ついに『どん』で呼び合う仲になったのね……」
何だその関係性。親しいのかどうかもよくわかんねぇけど……。
紅潮したその頬を見るに、どうやらただならぬ関係であることに間違いはない。断固否定する!
「そんなこんなで
この言葉は一般的に考えて、何かしらの提案を示唆しているのだろう。つまり『一緒に帰らない?』という意味に違いない。嫌だ。
「どんなこんなだよ……暇じゃない。凄え忙しい」
「今喋ったのは右の顔? それとも左の顔?」
「袈裟懸けに斬ったのにどうして俺は顔面割られてんだよ!」
いつの間に斬られたんだ、俺。確かに刀は抜きっぱなしのこの
斬られた自覚すら与えないなんてどこの剣豪だよ。きっと長州藩出身だろうね。
余談ではあるけれど『袈裟懸け』とは、肩から逆の脇腹にかけて……という意味らしい。だから顔を切られることなどある筈ないのだ。
……なんで自分のツッコミの説明をせにゃなんねぇんだよ、こんな虚しいこともないでしょうよ。
「何か用事でも? お供しましょうか?」
「いや、断る。家に帰るだけだから」
「……それは暇という事とは違うの?」
「か、帰ってからが忙しいんだよ」
まぁ、嘘である。別に帰宅してすることなんてない。
何となくこいつに付き合うとろくな事になりそうにないから適当にはぐらかそうとしているわけです。
「家に帰って何をすると言うの?
どうせテレビを見たり漫画を読んだりして時間を費消するだけでしょう」
「ま、まぁ、そんなところかな……」
わぁ、嘘ってすぐにバレるんだね。
「……正直、傷付きました。あたしと一緒には居たくないということかしら? さっきはあんなに愛してるって言ったくせに」
「ちょっと待て、それだけは断じて否定するぞ。誰が言うかそんなこと」
取り返しがつかなくなる前に時空を正常に戻しておかねば。
「せっかく貴重な青春の一ページを提供してあげようと言うこの心遣いに気付けないなんて可哀想ね……。
放課後に女の子と二人で約束事なんて、高校生男子が最も望むシチュエーションでしょう?」
やめろ、同情の眼差しを向けるな。
なんか俺が悪いことしたみたいな風にするの、ほんとやめてよ。マジで冤罪メーカーだよこの人。
「本当に可哀想なあたし」
訂正しよう、その同情の視線はもはや俺に向けられているものですらいなかった。
あくまで世界は彼女を中心に回っているらしい。
「放課後暇だったあの頃の
想いの馳せ方が下手すぎるだろ。
懐かしまれるほどこいつとの付き合いは長くない。過去の俺について何を知っているというのやら。
とりあえず面倒臭い事この上ない。
「……わかったよ、聞くだけ聞いてやる」
「あら、放課後お忙しい
わざとらしいいじけ方で唇を尖らせながら、下手くそにそっぽを向きつつ彼女は言う。
「放課後、時間が有り余って仕方がないと言うのなら、ひとつしたいことがあったのだけれど……あぁ、お忙しいあなたには関係の無いことよ」
「そんなこと言うなよ、冗談だって」
……あれ? なんか立場が逆転してる気がするぞ?
俺がお願い事するみたいな空気になってないかなこれ。どうかお願い事をしてくださいって言うのもよくわからんなぁ……。
って言うかさ、よくもまあいけしゃあしゃあとそんな口が聞けたもんだ。一周回って感心するわ。
どうしたらそんな残念そうな顔ができるんだ。本当に俺に非があるみたいな気がしてきただろ。
などと言いつつも、最終的に根負けしてしまうのが俺の悪い癖である。心底悔しい。
いつも溜息混じりに苦味を噛んでしまうことを後悔しているけれど、それが分かっていながら仕方無しに言葉が舌を突いた。
「……あぁ、思い出した。そういや今日はたまたま何の用事もないんだった」
「へぇ、奇遇ね。あたしはちょうど
聞いてくれる?」
これを偶然と呼ぶ輩がどこにいようか。悪質なセールスに引っかかった様な気分。
「わかったよ、さっさと言ってくれ」
その言葉に、
「
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