ミッション13:君藤海李の反撃!!

 はっと息を吸い込んだ瞬間、反射的にぱちっと勢いよく開眼した。


 視界にはなんとなく見覚えのある天井と、甘くも勇ましいビューティーフェイス。私の開眼を認めた直後の一瞬の安堵顔。だがすぐに元通りの冷酷顔を見せ、私を混乱させる。挙句、



「マジうっぜーわ」



 起きだち早々、その悪態ぶりに気圧され、体が硬直している。


 言った直後、自身の後頭部を手荒に乱しているのは、私が愛してやまない異性。君藤先輩である。そしてここは、君藤先輩の自宅ーーーー。


 その後まもなく、追撃が始まった。



「お前、あのエッロいラブホの一室に集団でいたら平和だって思ったの?」



 そのタイミングで私はようやく体を起き上がらせた。真顔で私を射抜く大好きな三白眼。だけど、今はいつも以上に冷酷の象徴と化していて恐ろしい。そして。


「…え?」


(……あれ?いつからだ?私は今日、結愛(あゆみ)くんに連れられてラブホにいて…あゆみくんに頼まれて大勢友達を呼び寄せて…それからワイワイガヤガヤしてたはずでは…?あれ?そのへんの記憶がないのはひょっとして私、その時すでに爆睡しちゃってた!?)


「恵瑠がいて結愛もいる空間で、無防備に寝るなんてアホなの?お前」


(うっわぁ。やっぱそうなんだ…。)


「あの。先輩…?男の子はあともう一人スーミンっていう私の友達もいーーー」

「うるさい」

「…っ!」

「そいつはさておき、お前をちゃんと女として見てる輩がいるのに、危機管理能力が低すぎて呆れる。どれだけ俺がーーー」

「心配してくれたんですか!?」

「うるさい…」


 口を尖らせ、鼻息の荒い君藤先輩は異例すぎて対応に困ってしまう。呼吸を整えた先輩は目を伏せ、まるで拗ねた子供のように言葉を紡いだ。



「お前、わかってねぇの?…最初に会った日から、俺がお前を特別な目で見てたこと」


「え…」


 なんのご褒美だろうか。


 思わず息を呑む。生死に関わると言っても過言ではないほどの激しい鼓動。静まれと願えば願うほど、それは加速して嬉しい困惑を生む。


「私を特別な目で見てた?え、誰が?」


「殺す」


 それはまた、最高の返しを生む。


 あるお笑いタレントさながらの『俺がだよ!』的返しも異例すぎていい。”刺す単(短)語”こそ彼の代名詞と言えるのだ。


『鈍感女は大嫌い』に相当する類義語が、『殺す』だと勝手に理解する私。


 深いため息一つと呆れ顔。そして。


「俺がだよ」


 ここでいただきました。あの芸人さながらの名ゼリフを!と、余裕ぶって心の中で茶化すのはここまで。


「じゃあ君藤先輩は私をどうしたいんですか?なぜ私を誰もいないここに監禁してるんですか?」


 はっきりとした意思を持つ瞳が私を射抜く。



「今日はもう少し、お前といたい。可能な限り」



 いざ言葉にされると、照れくささにいたたまれなくなったが、なんとか立て直し、気丈に振る舞う。


「それ、本気ですか?」

「本気だよ。ムッツリだけの俺じゃ、お前の愛に太刀打ちできそうもない」

「それはつまり、私の強烈な愛に向き合う覚悟ができたってことで合ってますか?」


 さらなる強い意志を持った瞳が、私の瞳の奥まで懸命に射抜いてくる。卑猥な表現だか、その勢いたるや、裸にされそうな勢いに相当すると感じ、身の置き場のない羞恥心に駆られる。



「俺なしではお前を守れない。そのことにやっと気付いた。どんな凶悪な敵が現れても、俺はお前のそばにいる。それで、ちゃんとお前のことを身をもって守ってみせる。そう決めた」



 嬉しすぎて言葉が出ない。


(夢じゃない…ですよね!?!)


 きっと強い意志を持って二度も私のことを振った君藤先輩が、どういう経緯でそこまでの心境に至ったのだろう。


 私のことを最初出会った日のどのタイミングで特別に思ってくれたのだろう。


 そこは気になりつつも、あえて聞かないでおくことにした。


 経緯よりも、結果を大切にしたいから......ーーーー。


「さすが元総長!屈強な体は健在だって自信があるんですねっ!」

「当然だろ。どんなに強い敵が襲ってこようと、俺が簡単に倒してみせるから心配すんな」


 多分今までは、族時代の自分を封印したかったのではないだろうか。


 だから、”守る=身を引く”だった。


 だけど、あの時代の自分から逃げることをやめた今、”守る=そばで敵を阻害する”に転じた。



「わっ!」


 それからは一瞬だったーーーー。


 再び天井を仰ぎみる。だけど今回は、天井と私の間に、君藤先輩の体が存在している。床ドンならぬ、ベッドドン。


 私の肩を押してともに倒れ、優しくも憂いのある表情で私を見下ろす。微かに目元を隠す前髪も、半端なく色香を助長させている。


(きっ、君藤先輩!神級に尊い!こんな刺激的なシチュエーション、心臓がドキドキしすぎて死んでしまうかも♡)


 そしてーーーー



「大好きだ。俺の女になってくれる?」



 君藤先輩から素直にド直球をいただけるなんて、思いもしなかった。


 感極まった私は泣きながら。


「女。うわぁ〜…なんかすごく総長っぽい告白」

「お前…。泣いて茶化すのはそこまで。ほら、返事聞かせて」


 君藤先輩が乱れた私の前髪を優しく払い、さらに憂いある瞳で私を見下ろし、返事を待っている。


 卑猥な言い方だが、君藤先輩が私を欲していると思うと、胸がくすぐったくなって、今度は顔がニヤけそうになる。そして、案の定その通りになる。その勢いで。


「もちろん!喜んでっ♪大好きです♡」


「もう知ってる。つーかニヤけすぎ」


 図らずもハニカミの笑顔までいただき、ほわーんと私の胸いっぱいに”幸せ”が広がっていく。


 君藤先輩は私に覆い被さるようにして背中に腕を回し、ギューッと抱きしめた......ーーーー。


 同時に私の耳元で、安堵のため息を漏らす。つられて私も幸せいっぱいの吐息を小さく吐いた。


 好きになってずっと夢見てきた、君藤先輩からの告白。


 この人は本物の君藤先輩なの?と疑ってしまうほどの”大事件”と言えるのではないだろうか。


 まだ全部のミッションを成功させたわけではないが、課せられたすべてのミッションを成功させてきた。私にとってとても過酷で、今回は絶対無理!と思ったミッションもあったけれど、なんとかすべて上手くいった。


 そのご褒美がやはり恋愛成就なのではないだろうか。だから自分を労い、あゆみくんには感謝しかない。


 あゆみくんの本当の目的は達成できなかったけれど、君藤先輩絡みのミッションを課してくれたおかげだということは、紛れもない真実なのだからーーーー。


 君藤先輩は未だ私を抱きしめたまま、横にそっと倒れ、私の頬にチュッとキスをした。


「なぜ頬なんですか?」


 嬉しかったくせに疑問も浮かんだ。


「口に…なんて慣れてねぇよ…」


 慣れてそうな顔をしているのに、照れくさそうに私の肩に顔をうずめたものだから。


(キャーッ!!かわいすぎるっ♡♪)


 トキメキ度MAXで、心臓の具合が心配です。


 君藤先輩の艶のある柔らかサラサラヘアーが、シャンプーの香りをほのかに漂わせながら私の顎付近を擽った。嬉しいこそばゆさにいたたまれなくなったが、どうにかこうにか耐え抜いた。


 そしてなぜか、下校時の胸に引っかかっていたことを唐突に思い出した。この心地いい雰囲気を壊したくなかったが、引っかかったままではモヤモヤする。


「あの、先輩…。さっき他の人と去ってしまったこと、すみませんでしたっ…!」


 少しの間を置き、むくっと顔を上げた君藤先輩は、いつもの無表情を私に向けた。


「あ〜…。もしかしてそのこと、気にしてたとか?」

「一生君藤先輩のことを好きでいますって宣言した私が、信用を失う行動に至ってしまったわけですから、それはそれはとても猛省中だったんです...」


 ふーん(よくある反応)のあと、あっけらかんとこう言った。


「あの直後は正直なんでだよって思ったけど、女は男の力には勝てねぇじゃん。だから別に怒ってねぇよ。ほっとした?」


 その私を覗き込む柔らかな表情は、反則です。


「はい。それはもう!」


 両口角を形よく上げるその意地悪な笑みもまた、反則ですから!


 こうしてまんまと何度も何度も”君藤先輩沼”に落ちて抜け出せないでいるーーーー。


 そう。これはもう一生涯なんだなぁ…と嬉しいため息をつかずにはいられない。


「そこには怒ってないけど」


 そこまで言うと、ギロリと鋭く冷酷な視線を向けてきた。その一瞬のことに、再び背筋が凍る。


 そして再び君藤先輩は上半身を起き上がらせ、それに私もつられた。視線を下降させ、向き合う私の体のある一点を凝視した。訳がわからず、視線の先を追った。


 薄赤く色づいている手の甲のそれ。


「あっ…これ、は…」


「すぐ付けられるよな、お前って…。ここに付けるってことは、恵瑠じゃねぇよな。あいつなら前付けた首とか、エロさを掻き立てる場所にするはず」


「先輩これはっーーー」

「黙って」


 思考を巡らせている。推理探偵のごとく。


「志希が教えてくれたんだ。結愛はお前が妄想の友達だって言ったあのあゆみくんだって。ーーー霊、なんだろ?」

「…信じられない話ですよね。そこまで知られてるのなら、すべてをお話しします。…あっ!でもダメだった。私が話してしまったら、あゆみくんはこの世界から消えてしまう…」

「は?なんだよそれ…」



 その頃、ラブホテル【ジャスミン】でも、結愛の正体を明かした上で、皆にあゆみとしてすべてを打ち明けようとしていた。それはつまり、あゆみによるシークレットミッション実行の時ーーーー。


 由紗が眠っていたベッドは、掛け布団が無造作に飛ばされ、まだ人型に跡がついている。


 由紗が君藤に連れ去られて約30分が経過。余韻を味わう乙女の顔をした女子三人と、よくぞやってくれた感を醸し出す男子三人。


 萌:「やっぱ来ると思ったんだよねぇ。うちのお兄様」


 菫:「嫉妬させたがりの嫉妬深い男だからね。君藤くん♪」


 莉:「でもあれってさ、超絶イケメンがするから絵になるんだよねぇ。お姫様抱っこだよ!?ディズニープリンスたちも顔負けの立ち振る舞いだったよねぇ〜♡」


 萌:「”眠り姫”を連れ去り際に言ったあのセ・リ・フ♪私ったらドキドキクラクラで倒れちゃうかと思っちゃったぁ。義兄なのにね」


 菫:「私不覚にも男にドキッとしちゃった。ニヒルな顔であのセリフをあんなにもエロく言われちゃあお手上げよ。今頃あの愛しのマシュマロおっぱいを…!っくぅ〜っ!!羨ましいっ!!」


 ス:「……今、女子だけの座談会になってんね…」


 恵:「いや、なんなら僕も女子側の意見よ」


 ス:「あっそう…。ん?やっぱショック受けてんね、結愛。好きなユーミン攫われたから当然か。元気だしてウルフルズでも歌おうよ。ガッツだぜにする?バンザイがいい?」


 結:「…スーミンさん。やっぱあんたは素敵な男だね。由紗はいい意味で変わり者のあんたのこと、友達として大好きみたいだよ。俺、由紗とずっと一緒にいて感じたんだ」


 ス:「…え??ユーミンとずっと一緒にいたって…今日が初対面じゃね?しかもお前ってさ、中学ん時からずっと俺のことスミって呼んでんじゃん?何がどうなったらスーミンさんって呼べちゃうわけ…?」


 結:「そんな感じで俺の事、すべてにおいて違和感しかないよね」


 ス:「まさに終始それ!確かにいつもの結愛じゃない感は否めないね。…ところで君は誰?ユーミンの何?」


 恵:「どうしたの?なんか不思議な会話が続いちゃってるね。僕も聞きたーい」


 結:「そのことなんだけどね。はい、一同俺に注目してー!!」


 由紗以外の女子三人:「ん?何?どうした?」



(由紗以外の人間に自分のことを口外してしまえば、俺は消えてしまう。それが神様との約束。でもそれでいい。どう足掻いてももう未来を変えることはできそうもない。由紗と先輩を引き離す術はないに等しかった。これは弱音じゃない。潔い引き際に直面した今こそ、すべてを受け入れるしかない。この約一ヶ月、俺が由紗に課してきたミッションは、俺の意に反して由紗と先輩の愛を成就させる結果へと導いただけだったように思う。あーあ、不甲斐ないなぁ。俺って!)



 由紗の未来を変えることこそが、由紗のミッションの裏で、自分自身への課題ミッションだったのに......ーーーー。



(でも、先輩が短時間に由紗の良さを凝縮して知れるきっかけ(ミッション)を作れたこと。あの仏頂面で冷酷男に見える先輩が由紗を心底愛し、嫉妬作戦を決行してしまうほど執着しているという事実を知れたこと。そして、由紗と先輩を引き剥がすためにこの世界にやって来た俺にとっては皮肉なことだが、”由紗の幸せ=先輩との未来”だということをまざまざと思い知らされたこと。それはすっごく癪だけど、収穫と言えるのかもしれない。正直、だからもう帰るべきところに帰ろうと思う。これが俺の本心!さあ、自分をこの世界から消すためのシークレットミッション決行!!)



 結:「まずはここにいるみんなに、俺と由紗の関係を話します」


 恵:「だからキミは、住田くんのダチじゃないのね…」


 菫:「それと由紗ちゃんのことを気に入ってここまで連れてきた健全男子」


 莉:「なんかわかんないけど、菫先輩は黙っといた方がいいと思いますよ」


 萌:「うんうん。なんだか状況的に私もそう思う」


 ス:「俺、ここにいる結愛は本人じゃないって気がしてたんだよね。でも、悪いヤツじゃなさそうだから、こうなった経緯を知りたい。あと、本物は帰ってくる?」


 結:「安心して、スーミンさん。もうすぐ帰ってくるから。大切な友達の体を借りてしまって…心配させてごめん。それと、ありがとう」


 ス:「本人にも伝えとく。俺をスーミンさんって呼ぶってことは、やっぱりユーミンと関係が深いんでしょ。キミ」


 結:「…由紗の周りには寛容で、抱擁力があって、明るく素敵な人たちがいてくれてる」


 恵:「ヤダこの子。泣かせること言ってくれるじゃない」


 萌:「涙腺が弱いのは、年の功ってやつ?」


 菫:「うるさいよ若者!」


 莉:「あ、そっか。菫先輩も年の功の仲間でしたね…」


 菫:「キミらと1、2才しか変わらないのに!?」


 結:「ねぇ、もうぼちぼち俺に注目してくれないかなぁ…」


 全員「スミマセン…」


 結:「摩訶不思議で驚きすぎる、にわかには信じ難い話をするから、心して聞いてほしいんだ。あのね、俺の本当の正体はーーーー」





 **


 君藤先輩にあゆみくんのことを話す気満々だった私は、重大なことを思い出し、口を閉ざしたままだ。


 聞く気満々だった君藤先輩との間に、少々困惑したムードが流れていた時。


 \〜♪♪〜♪♪〜♪♪〜/


 私のスマホの着信音が賑やかに鳴った。


 スーミンからだった。


「スーミン?どうしたの?」


 だが、出てみたら相手は違った。


『俺だよ。あゆみ』

「え…?あゆみくん!?」


 現在まだ結愛くんに憑依中のあゆみくんが、スーミンにスマホを借りたのだと直感した。


 声はあゆみくんの声ではなく、憑依先である結愛くんの声なのは当然のことなのだが、なんとなく寂しさを感じた。


『ねぇ由紗。俺のこと、もう先輩に話してもいいよ』

「…え、でもそれじゃあゆみくんがーーー」

『俺はもうみんなにすべてを話したよ』

「え!?」

『でね、なんか知んないけど恵瑠ちゃんに、あゆみくんっていう由紗の知り合いが、架空の人物じゃないのは知ってたって言われた』


 以前君藤先輩の時と同じく、恵瑠くんの前でも不覚にもあゆみくんと会話をしてしまったことがあった。私のリアルな話し方から、あゆみくんが架空の人物じゃないと、まんまと悟られてしまった。


「架空の人物じゃないと悟っても深掘りしなかったのは、由紗に興味がなかったんだろうね。その時は」

「その時はって…意味深だけどスルーします。で、話戻すけど、実はあゆみくんがみんなに真実を打ち明けるかもしれないって、なんとなく予感はしてたんだ。でも…消えちゃうじゃん…。投げやりになんないでよ」

『違う。…由紗、俺はいろいろ間違ってた。どう足掻いても由紗の未来は変わらないことを思い知ったんだ。変えたかったけど、そんなことはありえなかったんだ。もうこの世界にいる意味がない。だからミッションなんて意味をなさないお遊びってこと』

「まったくいつもあゆみくんは訳わかんないことばかり言って…。でも、ごめん。あゆみくんの大切な人が生き返れないんだよね。このままじゃ…。本当に、ごめんなさい」


 ーーーー泣けてきた。あゆみくんへの罪悪感に苛まれたのと、あゆみくんとの別れを予感したから。


 そして、未だにあゆみくんの正体を知れていないことへの焦燥感にも苛まれたから。


『俺はね、由紗。もうここまできたら、祈るしかないなって思ってる。どうにかして運命を変えてみせるよ。俺の大切な人を連れて行かないでって神様に懇願してもいい。だから由紗は気にしないでほしい。…って、俺が意地悪に口を滑らせたくせに無責任だよね」


 途中、私に課された一連のミッションは、”私の恋愛成就”か”あゆみくんの大切な人の蘇生”か、争点が複雑化していた。これってもちろん、天秤にかけるまでもなく、恋愛成就<蘇生であることはわかりきったこと。だけど、ミッションを自ら失敗に終わらすことはできないと思った。それに、あゆみくん自身気持ちがブレブレで、今回私のミッションクリアに加担してしまっていた。


 どうすることがベストだったのだろう。


「もうここにいるみんなにすべてを話したから、どっちみち由紗が俺のことを公言しようがしまいが、俺は48時間後、つまり、2日後の17時ジャストに消えていなくなる』


 反射的に確認のため、君藤先輩の部屋の掛け時計に目を向けた。本当だ。現在17時ジャスト。狙って電話を掛けてきたのだろうと察した。


「48時間後に、本当にいなくなるの…?」

『そう。それが神様との約束だから。…だからさ、もう先輩に話しちゃいなよ。多分もう先輩に話さずにはいられない状況なんじゃない?いいよ。本当に』

「わかった。言う。…あゆみくん?」

『何?』

「…消えていなくなる前に、また私のそばで声を聞かせてね」

「ま、今日は無理なんじゃない?明日ね」


 ははって笑ってあゆみ(結愛)くんから通話を絶った。


(なぜ明日?今日帰ったら話ができるのに…。)


 君藤先輩は何も言わず、私からの言葉を静かに待っているようだった。その表情はとても穏やかで、優しい眼差しだった。私が話しやすい雰囲気を作ってくれているのだと感じた。静寂がこんなにも心地よく感じたのは初めてだった。


 ほどなく私は、あゆみくんのことを、君藤先輩に打ち明けたのだったーーーー。


 君藤先輩との恋愛成就を願ったことがきっかけで、私の元に幽霊であろう姿なきあゆみくんが訪れたこと。


 14つのミッションすべてをクリアしなければ、恋愛は成就しないという規約があったこと。


 あゆみくんの存在を口外すれば、48時間以内にあゆみくんが消えてしまうこと。


 あゆみくんの本当の目的は、ミッションをクリアさせることではなく、過酷なミッショを課して失敗させ、どういう訳か、ある人物を生き返らせることだったということ。


 そしてそのある人物は未だ明かされていないこと。


 ミッションへの思惑を知ってしまっても、最後までミッションを遂行しようと決めたこと。


 過酷なミッションだったにも関わらず、今現在13すべてのミッションを大苦戦しつつも、奇跡的にクリアしてきたこと。


 あゆみくんは現在、君藤先輩と面識のあった結愛くんに憑依中だということ。


 急ぎ足ではあったが君藤先輩に話し終え、少しの間を経て、先輩がゆっくりと口を開いた。


「…ミッションかぁ。その内容はあえて聞かないでおくけどさ、一番大事なのは、あゆみくんがどこに住んでた幽霊で、なんでお前の元に訪れたのかってことなんじゃねぇの?お前だけに執着した理由を知りてぇな」

「そうなんですよねぇ…。あゆみくんは同い年くらいで、あんなにもイケボな男子なら記憶に残るはずなんですけどね…。本人はヒントに繋がる意味深なことを言って私を振り回すくせに、断固として真相を話してはくれなくて…」


 力なく俯いた視線の先には、赤いキスマーク。そこでふと、あるあゆみくんの発言を思い出した。


「あーっ!!」


 咄嗟に耳を塞ぐ君藤先輩。眉間には深くシワが刻まれていて...。


「るっせーな、てめぇ」


 いつもの”お前”を通り越し、”てめぇ”呼ばわれに肩を竦め怯える始末。


「あ、あの、思い出したんです。結愛くんというか、あゆみくんがこのキスマークをつけた時に言った言葉を」


 何かを諦めたような、どこか寂しげだった結愛くんの顔。



『覚えてて。このキスマークが消える頃、由紗にすべてを話すよ』ーーーー



 まだ赤く色づいているそれを見て、果たしてあゆみくんがいなくなる48時間後までにこの赤い痣は薄くなってくれるのだろうか。以前恵瑠くんに首筋にキスマークをつけられた時は、いつ消えたのか思い出してみた。だけどあの時はその後、同じ場所に君藤先輩によってマーキングのように上書きされてしまった。だから1週間以上2週間未満消えなかったと記憶している。まったく参考にならないのかと思ったが、そうでもない。その時の経験を踏まえて考えてみると、今回の結愛くん(あゆみくん)による吸引行為は前回と比較すると短時間で1回きり。そして比較的薄づきなのだ。だから多分短期間で消えるはずだけど…。


(何この恥ずかしい分析…。)


 当然長ったらしく思考を巡らせている私に、君藤先輩から不審な視線を向けられてしまった。よっていたたまれなくなり、キスマークの経緯を吐露。すると。


「このキスマークの犯人、やっぱあゆみくんだったんだな。…あゆみくんのすべて、俺も知りたい」


 なんだか不思議な気分だった。


 私しか知り得なかったあゆみくんの存在を、結愛(あゆみ)くんを通じて今や君藤先輩をはじめ、友人たちも周知している。


「でも君藤先輩。あゆみくんの声は私にしか聞こえないんですよ」

「通訳頼む」

「え…」

「それか、最後に志希に憑依してもらって話してくれねぇかなあ」


 君藤先輩にもあゆみくんの真相を話すとなった時、果たしてあゆみくんはどのように伝えるのだろうか。


「ところでさあ、お前の恋愛ってもう成就したわけじゃん」


 その照れ恥ずかしいことを淡々と言ってのける君藤先輩に、嬉しすぎる違和感を感じた。それは、数分前までの関係性が突如として変化したことを思い知らせるには十分すぎた。


「は、はい♡これは夢じゃないですよね!まさか君藤先輩の口からそのような言葉を聞ける日が来るなんて」

「黙れバカ…。そもそもあゆみくんからすれば、恋愛成就のためのミッションじゃなかったんだろ?」

「はい。でも、結果私のためだけのミッションにすぎませんでした…」

「うん。成就したからもう必要ないと思うけど、あと一つミッション残ってんのはどうするつもりだろう…」


 現在13のミッションをクリアし、残すところミッションはあと一つ。最後のミッションはいつ決行するのだろう。



「お前、今日俺んち泊まれな」


「え!?うわっ!!」


 突然君藤先輩の手がこちらに伸びてきて、その誘導により、あっという間に再び横たわる二人。


(ええ〜っ!可能な限りお前といたいって、そういうこと!?!)


 思い返せば、最初にここに訪れた時も二人でベッドインしたことがあった。とはいえ、あの時は今と状況も関係性も違っていた。今は、何が起こってもおかしくないし、受け入れるべき状況なのだと覚悟を決める。


 これはもう…ドキドキを通りすぎて死んでしまいそうです!!!


「緊張しなくても大丈夫。今日は一緒に寝るだけで十分。いい?」


「もっ、もちろん…」


 心の準備ができていなかった分、ほっと肩を撫で下ろすも、大好きな君藤先輩のそばで、はたして朝まで眠りにつけるのだろうか。


 だが、嬉しい心配は一旦置いておく。なぜなら、君藤先輩にママへの”今日は帰宅しません連絡”を促されたから。そして、咄嗟に莉茉の家に泊まると言いかけたところで、君藤先輩にスマホを奪われた。少し睨まれ、あろうことか先輩は正直に。


『娘さんとお付き合いをさせていただいております君藤海李と申します。先日お母さんとご自宅前でお会いした者です。覚えてらっしゃいますか?』


 すぐさまママの『もちろん!!!』という力強くも嬉しそうな声が漏れて聞こえてきた。


(母もイケメンに弱いもので...。)


 そして、イケメンに『お母さん』と呼んでもらったことで、舞い上がったのは確実だ。その上この直後、キャーッと口元に手を当て、悶絶するレベルの君藤先輩の言葉が続いた。


『ご心配を承知の上でお願いがあります。必ず明日、由紗さんをそちらに送り届けますので、今日は僕の家に泊まってもらってもよろしいですか?』


 それは心の底からの誠意ある言葉だった。そしてその言葉に、君藤先輩と私が親密な関係になったのだということを、まざまざと思い知る。


 話のわかるうちのママは当然の如く、ある芸人さながらの『どうぞどうぞ』をかまし、終始ご機嫌だったらしい。


 ママへの承諾TELを終え、このタイミングであることを思い出した。


「…まさか先輩、私をジャスミンから連れ去る時、みんなに何か言いました?」

「…は?なんも…」


 目が泳ぎまくっている…。


 さっきあゆみくん(結愛くん)に電話で、『また声を聞かせて』と言ったら、『今日は無理なんじゃない?明日ね』という言葉が返ってきた。今日じゃなくてなぜ”明日”なのかと不思議に思った。


(君藤先輩…ひょっとして!)


 ジャスミンをあとにする際、今日私を自宅に泊めることをみんなに予告したのでは?と、勝手に推測。


 思わずクスッと笑った。


「何笑ってんの?キモい」


 今日はそんな軽蔑な目で見られてもなんのその。


 だって今日は思いがけず、君藤先輩から素敵な言葉をたくさんいただきましたから。(あと積極的なラブ行為も♡)



 そして何より、今日私の恋愛が成就しました......ーーーー。


 その後、私と君藤先輩は、朝まで......


 何事もなく、添い寝で二人して(秒で!)熟睡してしまっていた。


 私の期待と覚悟も虚しく......。

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