ミッション5:リレーで1位獲得作戦!!

 **


「今さらだけど...」

「何?」


 私は数分前、お風呂で悶々と考えに耽っていた。というか、釈然としない心情を抱えていた。


 お風呂から上がってさっぱりしたにも関わらず、心はいっこうに晴れなかった。よって、自室に戻って早速”私を支配するあいつ”に質問してみた。


「あのさ、ミッションって”14日間ミッション”ーーーなんだよね?」

「まあ、そうだけど?」

「あのさ...”14日間、1日1回の恋のミッションをクリアせよ”...だったはずだよね?」

「由紗さんの言いたいことはこうでしょ?今回の【リレーで1位を取れ】っていうミッションが、”1日1回のミッションクリア”っていう当初のミッション条件に当てはまらない」

「その通りよ!」

「つまり、今回のミッションは練習期間も含め、約2週間もの準備期間を経るわけだから、1日ではクリアできないミッションじゃん的な?」

「本当まさにそれ!実際体育祭は2週間後で、あえて次の日以降に継続せざるを得ない”1日以上継続ミッション”になってるから!」

「いいの、いいの。イレギュラーなミッションもクリアしちゃってよ。その分君藤先輩という努力の賜物を得る結果に繋がるし、貴重な青春の1ページにもなるじゃん」

「...そ、そうだけどさ。あゆみくんの気まぐれに付き合わされてる気がしてなりませぬ...」

「どうとでも言っちゃって。もしも由紗さんが俺を嫌ったとしても、俺は俺の目的を果たすために、由紗さんから離れる気はないから」

「え?」


 それは、あゆみくんが初めて口にした本音だった。


 正直、あゆみくんが地縛霊としてなのか、守護霊としてなのか、浮遊霊としてなのかはわからないが、なぜ私の元に訪れたのか、これまで真相を追求しなかった。いや、正確には追求したかったが、聞くとあっさり拒否反応を示した。だからきっと、今しがたのあゆみくんの本音であろう発言を追求すれば、当然の如くまた拒否反応を示すに違いない。だから私はあえて追求しないことにした。


 けれど、やはり無性に気になるのは、あゆみくんの”目的”とやらだ。


 あゆみくんはその目的を果たすために、定かではないが私に執着し、成功させるまで私から離れないと言った。その声色はとても意思の強さを強調していたように思う。



(由紗の未来は、俺が守らなきゃいけないから。だから......。)



 くやしいかな、そんなあゆみくんの切なる心の声は、私には届かない......ーーーー。




 **


 数日後の朝(いよいよ明日が体育祭本番という、前日の朝)ーーーー


 かつてこんなにも強烈な痛みに毎日悩まされたことがあっただろうか。いや、なかった!と即答できるほど、ここ数日間、異例となる日々を送っている。


 そう。 今まで経験したことのない筋肉痛を味わっているさ中なのです。毎日に及ぶスーミンコーチによるリレー特訓によって、湿布を体のいたる箇所に貼りまくる日々を余儀なくされている事態でして...。


 とりあえず手の届く肩や腕を揉みながら、とぼとぼ歩いていると。後ろから人の気配を感じ、追い立てられているような感覚に陥る。私がのろのろ歩行をしていて邪魔なのかと思い、道路のやや隅へと寄り、道を譲るべくスピードを落としたままの歩行を続けたのだが...。いっこうに背後からの圧迫感は継続しており、追い立てられている。


 朝早いからか、男子が3・4人いるものの、私の異変に気づいてくれる人はいないらしい。


(ストーカー!?怖くて振り向けやしないぃぃぃぃ〜っ!!!)


 ただでさえ筋肉痛で気が滅入っている上に、ストレスが増すこの突然のハプニング。だけど振り返る度胸もなく、競歩ばりに歩くペースを上げ、校門を通過した。


 一体誰がなぜ!?だけどあの場から逃げたのは自分なのだから、このことはもう忘れてしまおうと思った。


 がーーーー!!。


 放課後。最後のリレーの練習後、寄り道をして帰るスーミントは帰らず、一人で下校中のこと。


 途中からまたも後ろからの圧を感じ、追い立てられている状況に陥っていた。


 これは悪質だと感じた私は、とうとう堪忍袋の緒が切れた。


「ちょっと!いいかげんに...えぇっ!?」


 振り向けば、愛しの君藤先輩がそこに君臨していた......ーーーー。



 ズボンのポケットに両手を入れ、いつものように不機嫌そうな表現で私を見下ろしている。体がぶつかる寸前のせいで(おかげで♪)至近距離のためーーー


 私は欲求を抑え切れず、君藤先輩の胸に飛び込んでいた......ーーーー。



 ここ最近は、リレーの練習に励むべく、アスリート選手なみにストイックな日々を送っていた。今は恋愛感情を一旦捨て、リレーで1位を取ることだけに集中してストイックに打ち込んで努力すれば、おのずと結果がついてくる。そうあゆみくんに力説されたから。


 そして一番辛い、”君藤先輩断ち”を泣く泣く決断したのだった。


 日々の”君藤先輩不足”も我慢の限界だと白旗をあげようと思った矢先、君藤先輩から私に近づいてくれたのだ。よって、久々の先輩補給を勝手に体がしてしまいました...。



「...おい。抱きつかれるの迷惑」

「へ?...あっ!すみません!!君藤先輩だと気付いたら、喜びのあまり反射的に抱きついちゃってました!」


 慌てて君藤先輩の体を解放し、へへへと苦笑する。すると、不機嫌そうな顔がどんどん私に近づいてくる。早鐘はさらに激しく打ち続けていて、心臓の機能が停止するのではないかと心配した。そして、二人の唇があともう少しのところで接触する寸前、ピタリと君藤先輩が静止した。


「あれ?もしかして今、俺にキスされるなんて思った?」


(うっ...。やっぱり私、欲しがってるように見えました??ていうか...。)


「意地悪すぎます...」

「お前との迷惑な噂流されたくねぇから、俺の100メートル圏外を歩け」

「はい?言ってることめちゃくちゃですよ、君藤先輩!私は背後からの執拗なほどの圧迫感から逃れようとしてたんですってば!!」


(ていうかマジで今、キスされるのかと思ったんですけどーっ!!)


 いったい朝といい、この数分間の出来事はなんだったのだろう。君藤先輩はなぜ意味不明な言動をとったのだろう。理不尽に怒られたし!


 なだらかな坂をゆっくりと登る君藤先輩の後ろ姿に必然的に見惚れる私。


(せっかく久しぶりに会えたのに、どうしてあんなに意地悪だったの?理解不能だけど、やっぱり好きだなぁ〜♪)



「またも君は積極的だね」

「えっ?」


 声がした私の隣を慌てて見上げた。


 高山志希先輩のご登場。


「周りにヤローばっかだったから良かったけどさ、海のファンの子に見られたら放課後呼び出し喰らうレベルだよ。アレは」

「そう、ですよね...」


(あ。今...。君藤先輩が言ってたように、志季先輩は君藤先輩を”海”って呼んでた。だけどあゆみくんは断固として”海李”って呼んでたって言い張るし...。よくわかんないや。)


「今度から気をつけます。外では自粛するということで...」

「外では...ねぇ〜」


 危ない!大きな瞳を細め、私に視線を移すその流し目に、不覚にもドクンッと心臓が飛び跳ねた。何やら言いたげなご様子です...。


「海のあの2度に及ぶ意味不明な怒りはなぜ生まれたと思う?由紗ちゃん」

「皆目見当もつきません...」

「だろうね」


 フフッと柔らかく笑うイケメンフェイスが、実に眩しすぎる。


「そんな笑ってないで教えてください!...って、あれ?いつもの君藤先輩軍団の方々は?」

「何そのネーミング、笑える。...あー、あいつらは彼女と下校。ちなみに朝もあいつらはいなかったけどね」

「そうなんですね。だから個人プレイによるストーキングだったんですね」

「そう。海だって個人じゃなきゃ、女の子をあんなにも執拗に追い立てないって」

「そうなんですね…」


 ここ最近の私は、登校時間を10分早めてるから、いつも登校時に会ってた君藤先輩たちに会えなかった。これもあゆみくんの指示。いわゆる”君藤先輩断ち”の一環と称する拷問...。


「あれ?じゃあ今日は少し早めの登校でした?」


 おかげで君藤先輩に会えたからラッキーな私。これは不可抗力だから、あゆみくんにとやかく言われない。


「あ、うん。海がさ、今日気まぐれで早く登校するって言ってきたんだ。他のやつらは朝が弱いから無理って断ったけど、俺はなんとかついて来れた」

「そうだったんですね。...って、話が飛んでしまいましたが、君藤先輩の怒りのわけを教えてください!!」


 君藤先輩がなぜご立腹&意地悪だったのか本当に見当がつかない私は、必死にそのわけを知りたくて懇願した。


「わかった。教える条件として、俺にも教えて欲しいことがあるんだ」

「わかりました。なんでもお答えします」

「この前さ、俺、海と一緒に君が待つ遊園地に行ったじゃん?」

「はい...」


(うわ〜...。嫌な予感しかしない...。)


「ほとんど記憶がないんだよね。海に聞いても俺がいつもよりハイテンションでキモかったって嫌悪感示されて、話が進まないし...。でね」

「はい...」

「俺、ひょっーーー」

「ひょっ!?」

「どうしたの?焦ってるみたいだけど。俺が言いたかったのは、俺、なんらかの脳の障害でさ、短時間の間で記憶喪失に陥ったんじゃないかって思ってるんだ」


 のことが志希先輩にバレたと思い、焦ってしまった。私とあゆみくんに都合のいい解釈をしてくれている志希先輩に、感謝の念を抱かずにはいられない。


「記憶が鮮明に戻った瞬間はベンチに座ってて、頭だけじゃなくて、体がすごく重かったんだよね。時間が経ってたからか、頭痛は少しだけですんだんだけど」

「私たちが知らないうちに頭を強打してたのかもしれないですね…。倒れた形跡はなかったけど、脳が衝撃を受けて、少し違った人格を私たちに見せてたのかも。とても楽しいひとときでしたから、ノープロブレムですよ!でも、再々だと脳が心配になるので、頭には気を付けておいたほうがよさそうですね」

「そうだよね。迷惑かけてないんならよかった。海は別としてね」


(いえいえ...。志希先輩の体を弄んで、本当にすみませんでした!!心から反省しております。ね?あゆみくん!)


「そうだね。志希先輩の体に異変をもたらせてしまったから、反省と謝罪の気持ちもないわけじゃないけど、俺は感謝の気持ちの方がずっと強いかな。だって、由紗さんとデートできたから」


(でもあゆみくん、私のこと本当は好きじゃないんじゃ?)


「好きだよ」


 イケボで『好きだよ』は反則です。君藤先輩には言われたことがないけれど、これはこれで嬉しいものです。


(私のどこが好きなの?この前は、本当は好きじゃないっぽかったけど...。)

「え。そうだっけ?」

(なーんか言い方が白々しい...。秘密主義だよね。あゆみくんって。)

「そんなこと知んねー」

(じゃあ、私のどこが好きなの?)

「好きという気持ちに詳細は必要ないと思うけど?」

(女心がわかってないのは君藤先輩と同じだね。)

「君藤先輩と同じ、ねぇ...」


 なんとなく、あゆみくんの声色が若干低くなった気がした。


「ねぇ、聞いてる?由紗ちゃん」

「え!?あー、すみません。ぼーっと考え事をしてて...」


 いつもの私の悪い癖発動…。


「聞きたかったあの遊園地でのことを教えてくれたお礼に、約束通り海が不機嫌だったわけを教えてあげるねって言ってんの」


 私はその大事なことを忘れていたわけじゃないけれど、志希先輩との現世界での会話と、あゆみくんとの心の会話を同時進行していた。よって、なんだか異世界を行き来しているような変な錯覚に陥っていたのです。


「ありがとうございます!ぜひ教えてください!!」

「了解。君不足が招いた結果が、意地悪不機嫌ボーイを生み出してるってわけ」


 教えて貰ったにも関わらず、言ってる意味が理解できない不甲斐ない自分に反吐が出る...。


 君不足。つまり、私不足って何?からかう対象不足とか??


 歩みを進める志希先輩が振り返った。


「あの男の子と熱心に走る練習してるみたいだけど、程々でやめることをお薦めするよ」

「...あの、だけど...彼は私のクラスメイトで、体育祭の学年クラス対抗リレーで1位をとるために、足を引っ張りそうな私のために、コーチを引き受けてくれた大事な友達なんです!このまま練習は続けます!」

「そっか。愛情に飢えた寂しがり屋の単純バカにそれが通じるといいんだけどね」


 ”愛情に飢えた寂しがり屋”といえば、連想するのは君藤先輩でーーーー。


 君藤先輩と二人で過ごせる未来を夢見て、私はどんな過酷なミッションもクリアするつもりだ。だから今回も最終的にクリアできるよう前準備込みの異例のミッションもクリアできるよう努力し、頑張っていると自負している。


 だから、結果次第では君藤先輩にも、私の努力を認めてもらえるだろうと思った。


 遥か先で君藤先輩が歩みを止め、壁にもたれかかっている。怪訝そうな顔で私を見ているように見える。


「あ、俺学校で用事あったの忘れてたから戻るね」

「え!?でも、君藤先輩が志希先輩のこと待ってますよ」

「あー、違う違う。あれは俺のこと待ってんじゃないから大丈夫」

「え!じゃあ誰を…」

「じゃーね、由紗ちゃん。明日のリレー、応援してるからね。バイバーイ!」


 私の問いかけには答えず、手を振り爽やかに立ち去る志希先輩。


 若干恐怖心を抱きながらも、早足で君藤先輩の元に向かう。


「あ、あの…君藤先輩。志希先輩は用事を思い出したそうで、学校に戻られました…」

「だろうな」


(だろうなって…。そうだろうと予測済みだったってことですか?)


「じゃあ君藤先輩は、誰を待ってるんですか?」

「はあ?」


 その負のオーラをまとった呆れ顔に、私は息を呑み、咄嗟に視線を逸らす。


(いや、言葉足らずなとこありますからね。あなたは。『はあ?』とわかりきったことを聞くなと、表情で伝えられても困るのですよ。)


「俺が怖い?」


 思いがけない言葉に拍子抜けした。その声色は、先程からの強圧的な声色とは違って、どこか穏やかだった。


「いいえ。…ただ、すごいオーラに負けました」

「俺が待ってたのはお前。さっきから素直じゃない言動ばっかで悪かった。行くぞ」


 素直にそう告げた君藤先輩は、嬉しい余韻を堪能中の私を置いて、またも先へ先へと歩みを進めていた。


 君藤先輩が私を後ろから二度も追い立てたストーカーまがいな行為や、そのわりに私を遠ざけようとする発言だったり、キスする寸前まで近寄ったり…。先程からの自分のチグハグな言動に言及したのだとすぐに理解できた。


 その後は、明日が体育祭ということもあり、私の家付近まで送っていただき、素っ気なく『じゃあな』と言って帰って行った君藤先輩。


 明日の体育祭は、君藤先輩の勇姿も拝めるし、緊張と喜びが交わった体育祭になりそうだ。


 ところで君藤先輩は、私を送るために志希先輩を巻き添えにして、あんなかわいいことしたのかな。おかげさまで、”君藤先輩禁欲中”の私は、短時間の出来事だったけれど、とてつもないパワーをいただいたのでした。

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