10. 大西清蔵総務会長

大西清蔵おおにしせいぞう総務会長。

総務大臣、労働大臣を歴任。自由公民党からの信頼も厚い、重鎮の子爵議員である。


選挙区は近畿選挙区であり、同じ子爵議員ということもあり、左門飴也先生とも大変仲が良かったと聞く。連記投票制だから、双方の支持の拡大が互いの支持の拡大に繋がることもあったのだと思う。


さて。


私たちは今、大西清蔵先生に連れられて国会の中の食堂へ来ている。


「腹が減っては戦はできぬ、というだろう? ライスカレーでもどうだ」


そう言って、私たちを国会の食堂へ案内した。まだ少し、お昼どきより早いようで空いた席もあった。

注文を済ませると、大西先生は楽吉さんに話し始めた。


「ここは初めてかい?」


「昔、祖父に連れられて国会に来たことはあるのですが、ここは覚えていなかったです」


「そうだろう。入口で、寿司屋があることに驚いていた様子だったからね。

私は覚えていたよ。幼い君を連れて飴さんが来たことがあったとね。

そういえば、うちの奈良の事務所に来たこともあったな」


「覚えていただき、光栄です。ありがとうございます」


「ふん、まぁ、良い。本題に入ろうか。君は飴さんに似て、茶の道を嗜むと聞いた」


「はい、そうでございます」


「茶会の道具組みはしたことがあるかね?」


「はい。大学の茶道部で何度か任されたこともあります。

あ、個人的にはもっと幼いころから茶道を習ってましたけど」


「なるほど、それは良いことだな」


どこが『本題』なのか、大西先生の考えていることが分からない。

大物国会議員特有の底の知れない話し方。

相手の二手先、三手先、いや百手先まで想定にいれつつ手中に収めるべく、深みから相手を見据える眼。


「半東も出来るかね?」


「はい。茶会での半東も何度か経験があります」


「それは良いな。

選挙前に私と飴さんは、支援者の人間を集めて茶会をする。私の親類には鋳物師いもじが多い。飴さんとこの親類には陶芸家が多い。釜と窯。茶の湯を沸かすものと、それを汲むもの。そういう縁でね。

ところで、君は茶の湯の命は茶碗と釜のどちらだと思うかい?」


大西先生はそれが聞きたかったのか。

つまり、同じ選挙区、同じ子爵の大西先生と楽吉さん。それを茶の湯の同一空間にある釜と茶碗になぞらえているのだろう。


楽吉さんは、少し考え込んで答えた。


「茶の湯の空間において、釜はその文化の歴史そのものです。湯を沸かす釜を客前に出し、そこで点前をする。1つの釜を客人と亭主が囲む文化そのものが、茶の湯の文化だとも言えるでしょう。

ですが、客人と亭主を繋ぐ茶碗も茶の湯の文化の象徴だとも思います。

もっと言えば、棗や、茶杓、柄杓、香合、花入、土風炉、釜敷などの、茶の湯を支えるお道具の全てに価値があり、存在意義があり、どれも欠けてはならない茶の湯の命なのだと思います」


「ほほう。君は面白いことを言うね。

国会議員は皆、自分が一番大事だ。蹴落とし、蹴落とされ、相手の弱みを握り、身を守る。醜いと思うだろう?」


「確か、に、そうですね」


戸惑いながら楽吉さんは答える。


「茶の湯の空間の道具組みも、それと同じだ。だが、一点豪華主義だ。

その茶席の命を、主役を目立たせるために、他の道具は犠牲になる。

政治の世界もそうだ。主役様以上に目立つと、道具から外される。

気を引き締めなさい」


楽吉さんは深く頷き、重い石を除けるように「はい」と言った。


「それと、今回の選挙前の茶会は、君が道具組みをしなさい。

うちの秘書に連絡してくれれば、うちにある道具をいつでも見に来てくれればよい。君がどの釜を選ぶか。楽しみにしているよ。

さあ、そろそろカツカレーが来るだろう」


そういうとちょうど、野菜の小鉢とともにライスカレーの皿が運ばれた。


「選挙に『カツ』ってね。昔ながらのゲン担ぎだよ」


大西先生はそういうと、豪快に笑いながら匙を口に運んだ。

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