4. 華族の家族
年末に僕の祖父、左門飴也は脳梗塞で倒れた。
あの夜は学部時代からの他大学の茶道仲間と2人でバーに飲みに行った帰りだった。そのときに、帰りの車の中で、ラヂオから流れる速報が今も耳に残っている。
幸い、祖父は発見が早く一命を取り留めた。だが後遺症が残り、議会には欠席している。
前々から祖父は、その息子である僕の
しかし、僕の父親はそれを拒んで陶芸家の道を選んだ。親戚に陶芸家が何人かいるので、その影響からだろう。
祖父は父に政治家になるよう求めるのは諦めて、この歳まで議員を続けた。
3年ほど前の貴族院伯爵議員選挙のとき、当時27歳だった
うちは子爵の家なので、黒田家とは爵位が異なるが、政治信条が近く、共に近い時期に貴族院議員になったこともあり、親しくしていた。
貴族院といえば「偉そうなオッサンの集まり」という印象だったが、黒田さんは27歳で史上最年少貴族院議員であり珍しい存在だった。そのため、テレビジョンでは「王子様議員」だの「イケメン議員」だのともてはやされた。
僕にとっても衝撃的だった。
幼馴染みのお兄さんが、テレビジョンで毎日のように報じられていたからだ。
そして去年の春、同じく幼馴染みで1歳下の
早速、最年少貴族院議員の記録が破られたようで、黒田さんは冗談っぽく悔しがっていた。
祖父も、かつての同僚議員たちと同じように僕に貴族員議員を引き継いで貰いたい、そう願っていることは感じていた。
だとしても、僕は、
「僕は理系です」
窓の外に向けていた視線を、西村さんに戻して、続けた。
「ですから、政治について詳しくないですし、関心もありません。祖父の気持ちも分かりますが、僕には向いてないと思うんです」
わざわざ、来ていただいた西村さんには心苦しい。
だが、政治家に不適任な僕が、祖父の地盤を受け継いで当選したとすれば、そのぶん僕は誰かの「席」を奪うことになる。他の立候補者よりも「僕」が当選すべきだとは思えない。他に向いている人間がいるはずだ。
「お気持ちは固いということですね」
「申し訳ないですが」
不安げな目をした西村さんに、僕はそう返した。
「分かりました。今日のところは帰ります。お気持ちが変わるまで、何度でもお伺いするつもりですので!」
西村さんはパッと作り笑顔をして、
「今日はありがとうございました」
と礼をすると、帰っていった。
案外、簡単に諦めて帰ってしまったなぁ、と思いながら僕は見送る。
「僕よりも、西村さんがやったほうが良いんじゃないですか?」
靴を履く西村さんに言った。
自分でも分かっている。
それが意地悪な質問であることを。
「私は、その、無理なんです。女だから」
「え...」
意外な答えが返って来た。
衆議院なら爵位のない者でも、性別に関わらず出馬できたはずだ。
どういう意味だろう。
「では、また来ますので。覚悟していてくださいね」
そう笑って、西村さんは帰っていった。
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