3. 琥珀糖

 大学会館は食堂の近くにある建物だそうだ。

 私は3階に上がり、地図に従い「茶室」があるという部屋の前に向かった。入口は普通の部屋の扉のようだ。


「どうぞ、お入りください。大したお菓子は出せませんがね」


 後ろから声がした。

 振り返ると、笑顔の左門さんがいた。手には塗りのお盆が、その上には


「琥珀糖、ですか?」


「そうです。この前の茶会で、後輩たちが作ったそうで、冷蔵庫にまだ残っていたので拝借しました。甘い物はお嫌いですか?」


「好きです。けど、いいんですか? 左門さんは確か院生で、茶道部は引退されたと聞いたのですが」


「まぁ、立ち話も何だから、茶室へ入りましょう」


「は、はい」


 誤魔化されながら、扉を開けて中に入った。入口は二重になっていて、扉の奥に茶室らしい引き戸があった。


「では、席が整いますまで、楽にしてお待ちください」


 そう言って、左門さんは茶室の裏の方に行ってしまった。恐らく裏口から水屋に行ったのだろう。

 茶室の大きさは4畳半。中央には炉がきってあり、釜も置いてある。床の間には何も置いてない。


 襖が開いた。

 先ほどのお盆を持って左門さんが部屋に入る。


「どうぞ」


 私の前に干菓子盆を置いて、澄した顔で礼をした。慌てて私も畳に手をつく。


「宜しければ、こちらをお使いください」


 干菓子盆の端に置いた懐紙を指して言う。


「ありがとうございます」


 そう言って私は懐紙を取って、干菓子をその上に乗せ、食べた。柚子の皮が入っていて、全体的に柔らかい酸味と柚子の香りがあった。


 左門さんはニコッと笑い水屋へと戻った。


 再び襖が開き、左門さんは礼をして、水指を持って入ってきた。


 お点前が始まる。


 堂々としていて、かつ繊細な所作。

 私も高校生のとき、茶道部にいたから分かるけど、とても綺麗な点前てまえだ。


「どうぞ」


 気が付くと、お茶がっていた。


「はい」


 私は昔に習った所作を思い出しながら、お茶を飲んだ。


「美味しい」


 ふと、そう漏れていた。


「ありがとうございます」


 そう言って、左門さんは私のほうへ向き直した。


「先ほどは、印刷を手伝っていただきありがとうございました。ところで、西村さんはどういったご用件でしたか?」


 そう言われて、私は仕事を思い出した。


「昨年末、お祖父様の左門先生が倒れられてから、先生は復帰の目処がつかない状況にあります」


「ほう。僕にはそこまで、とは見えなかったけどな」


「これから春に貴族員議員選挙があります。あの病状では選挙戦は体力的に厳しいと、そう先生はご判断なされました」


「では、僕は病気で後ろ向きになったいる祖父を励ましに行けば良いのですね?」


「いえ、その、違います。お祖父様は極めて前向きです。

 先生は、左門楽吉さん、貴方に出馬してもらいたい、と仰っています」


「ほう、やはりそう来たか」


 そう、詰まらなそうに言って、窓の外を見た。


 3階ということもあり、見晴らしがいい。秋には銀杏の木が黄金色に輝くことだろう。

 今は冬の淋しげな空が、天を抑えるような雲が一面に広がっていた。

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