第1章 面影との邂逅 5
ココウィル・ツヴァイトークは随分と晴れやかな気分で通学路を進んでいる。
天気は晴れて雲一つない青空、風は爽やかにポニーテールを揺らし、早朝の通学路に人気は少なく殆ど独り占め、思わず鼻歌を楽しんでしまうのも致し方無いだろう。
服装は皺一つない紺色のブレザー。髪と胸元はお揃いの赤いリボンで括り、手にした通学鞄を両手で前に下げながら前を向いて歩く姿はすれ違う数少ない通行人に溌剌とした印象を与える。
「ふ~んふふ~ん、ふ~ふ~ん」
但しここまでココウィルが上機嫌な理由は天気などよりも重要な理由があった。
(先輩からメール、朝早く家に来いなんてもうどうしたのってもうもう!」
深夜に軍専用の携帯端末にトーマからのメールが来ていた。内容はレネゲートの残党と思わしき人物を確保したから顔合わせをして欲しい、理由があって自宅に拘束しているので早朝に来て欲しいと言う事だった。
恋心を抱く相手の家に早朝から出向けるきっかけを手に入れ、まさかのレネゲート捜査進展に繋がるキーパーソンまで手に入るとは、恋する少女兼団長であるココウィルにとって素晴らしいご褒美である。
(レネゲートは出来れば軍の本部で拘束したいよね、あの組織はどんな厄介な物を隠し持ってるか分からないし、そうするとトーマ先輩が自宅に拘束した訳が気になるな、どんな理由なんだろ?)
通学なら直進する交差点を左折してトーマの自宅へと進路を変える。
(それから、どうやって先輩に挨拶しようかな。やっぱり定番で満面の笑顔でおはようございます! が一番シンプルよね、でも先輩寝起きかもしれないしドアが開いた瞬間いきなり抱き付いて驚かして起こしちゃおうかな? それともメールで一度外に迎えに来てもらって、それで途中のエレベーターに二人きりで乗ってる時にそっと先輩の手を握ってみて、そしたら先輩も私を意識し出して自然と顔が近づく私達、それから、それから!)
後半から殆どがトーマへの挨拶から自分の願望へとすり替わり、レネゲートについても頭の端に追いやっている思考のまま、やがて見えてきたマンションの前で足を止めた。
(ううん、やっぱり普通に挨拶しよう、私はトーマ先輩が大好きだけど団長でもあるんだし、部下の前ではケジメはつけなきゃ)
自分に言い聞かせるようにうんうんと頷いてから玄関に設置してあるコンソールでトーマの部屋の部屋番号を入力し応答を待つ。
呼び出し音が終わり自動ドアのキーが解除され、ガラス張りの扉が左右にスライドした。
(あれ、応答がないや?)
入居者の部屋からは玄関の様子が監視カメラで確認出来る。普段のトーマなら知り合いであろうとキチンと応答してから扉を解除する筈だ。
(もしかして本当に寝起きなのかな? 先輩だって昨日は夜遅かったんだし、多分そうだよね)
エントランスホールを抜けてエレベーターへ乗り込み、目的の5階のボタンを押す。緩やかな浮遊感を感じながら到着すると角の部屋前でインターホンを鳴らした。
「トーマ先輩ココウィルです、おはようございます」
扉脇に備え付けられたのマイクへ向かい挨拶するとまたもや返答無しにドアロックが解除される。
(あれ、また返事が無いや?)
取り敢えず室内に入る為ノブに手を掛けドアを開く。
「せんぱ~い、おはようございま……」
二度目の挨拶。今度は顔を合わせながらなのだから笑顔で行こうとしたココウィルだったが。
「……す」
扉の先にあった光景に頭の中が真っ白になる。
先ず目に飛び込んで来たのは裸体の女性だった。風呂上がりなのだろうか体からは湯気がほんのり上がり薄桃に染まった肌が艶めかしく、頭を拭くために両腕を上げているため豊満なバストに括れた腰付きから形の良いヒップの滑らかなラインは包み隠さず露出され、同性であっても魅力を感じるプロポーションが惜しげも無くアピールされる。
「あれ、あんた?」
相手もココウィルに気が付いたのか頭を拭いていたハンドタオルを肩に掛けた。
二十歳をやや過ぎたくらいだろうか。オレンジの腰まで届くストレートロングヘアーに透き通る翡翠の瞳はシャープな顔立ちに良く映え、プロポーションと相まって少女の可憐さと大人の色香を併せ持つ危うさを交えた美しさだ。
(美人さんだ、凄くスタイル良いし……ていうか裸!)
一瞬見惚れていたココウィルだが、即座に冷静さを取り戻す。
「おお、お、お姉さん一体だれですか?」
声には程よいビブラートが掛かってしまったのはご愛嬌だろう。
「人に誰って聞く前に先ず自分が名乗ったら?」
謎の美女は余裕顔だ。
「わわ、私はトーマ先輩の後輩です!」
自分の胸を右手で叩きながらココウィル。
「後輩? ヘェ~こんな可愛い娘を朝から呼び出すなんて、ナルホド女に免疫有りか、だから昨日の夜もあんなに激しく出来たんだなぁ」
腕を組みながらしたり顔で頷く美女。
「夜! 激しく!」
一般的に夜や激しいと言ったキーワードから連想出来るのはどうしても如何わしい内容になるのは致し方無い。
むろんココウィルにその様な経験はないのだが、年頃の少女にも自然と想像出来てしまうのだ。
「あわ、あわわ……」
脳内で繰り広げられるトーマと謎の美女による桃色の光景にココウィルはオーバーヒート寸前である。
背後でガチャリとドアが開いた。
「ココウィル、どうしてもう部屋に?」
件の先輩トーマがジャージ姿でビニール袋を下げて帰ってきた所だ。
「せっ先輩の!」
ココウィルは背後に立つトーマへ向かって。
「バカーーーーー!」
振り抜き状に手にした鞄を愛しい人の顔面に減り込ませたのだった。
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